第七話 優しい月光
夜の世界は、時にやさしい。
『私たち』の宴。
月明かりの下で語らうそれ。
アケラーレの『私たち』。
魔女が箒をそろえ
死者を悼み
生者の悲しみを分かち合い
『私たち』の思い出を語る。
そんな場への闖入者は、『許されざる』。
なればこそ、と私たちは無様な醜態をさらし
這う這うの体で逃げ出していった
良識人気取りの政治屋が逃げ出すまで
嬲って進ぜました。
「あら? あら? いなくなりましたね」
「叩きすぎたかしら」
「ゴキブリと同じでしょ。ああいうのは、どうせ、絶えないから」
紳士淑女の皆々様に申し上げるのが
憚られるほどの
惨状であった、と申し上げるのみ。
私も、淑女なのですから。
あまり、はしたないことを
喧伝するものでもございません。
「あー、嫌になるなぁ。ネズミとかなら、使い魔にもなるのに」
「賢いネズミならば、でしょうに」
とはいえ、と私もそこで眉を顰めざるを得ません。
魔女の皆さま方の会話にあるのは
どこまでも、辛辣でむき出しの魔性の嘲笑。
お気持ちは、大変によくわかるもの。
けれども、申し上げねばならないのです。
「失礼ながら、使い魔として申し上げますと、私、ああいうのと同列に並べられたくはございませんの」
口を挟むこと暫し。
ぽかん、とした表情で見つめあっていた
彼女たちは大いに頷いてくれます。
「ちがいないわねぇ」
「ごめんね? どうにも、気がささくれ立っていたみたい」
でしょうね、と私は優雅にほほ笑む。
人には私の表情が分かりにくいのだろうけれども
ゆるんだ雰囲気は伝わったのだろう。
彼女たちも、ケチの付いた宴をやり直すべく
お菓子を並べなおし始めていく。
「ああ、やめやめ。では、改めて。『私たち』のみなさん、『私たち』に」
壇上に登り、音頭をとるのは彼女。
『私たち』の中で
いつでも引っ込み思案だった
あの彼女。
今は亡き我が主人も胸を張ってお喜びになることだろう。
それでこそ、『私たち』だ、と。
「「「『私たちに』」」」
唱和する私たちに交じり、私も月に吠えていました。
きっと、それが相応しいことに思えたのだから
やはり月はどこまでも優しい。
月光の下で、彼女たちの微笑みを見守ること。
「優しいムーンライトが、『私たち』の道べたらんことを」
そんなことを、『私たち』が唱和し終えた瞬間のことでした。
宴の終末に合わせて
一瞬だけ静寂の帳に包まれていた
墓地に突如として響く声。
「動くな! こちらは、憲兵隊だ!」
ぎょっと、魔女たちも固まります。
しかし、夜目の利く私には奇妙なことでもありました。
「貴官らは、完全に包囲されている! 抵抗を辞め、おとなしく投降したまえ!」
メガホンを片手に、こちらへ叫んでよこすのは『一人』の憲兵将校。
夜のとばりに浮かぶのは、憲兵中佐殿だろうか?
「中央墓地、B-3管区に不法に滞在するすべての人間に告げる!」
中央墓地を管理している憲兵さん。
彼らならば、B-3管区が真逆なことぐらいご存知でしょうに
大真面目な顔で、C-3管区の『私たち』へ
投降を呼びかけるさま。
「あら、気を遣わせてしまいましたのね」
私は、思わず破顔一笑してしまいます。
トムソン氏といい、この憲兵中佐殿といい。
どうして、ヒトの大人も、捨てたものじゃない。
「えっと、アフア?」
「エルダー・アナスタシア、憲兵隊は見当違いのところを包囲してくれています」
ぽかん、としていた彼女の表情に浮かぶのは戸惑い。
無理なからぬことではあるのでしょうが
あの憲兵中佐殿のご厚意を無為にするわけにも
いきますまい。
「お味方、ですよ。エルダー・アナスタシア。あの方は、私たちの離脱を援護してくれているのです」
だから、私は簡潔に言葉を結ぶ。
「アフア、周囲にニオイは?」
「あの方以外、ございませんよ。包囲した、という形だけをとられているのでしょう」
そして、ここに集いたるは百戦錬磨の箒仲間。
アケラーレの乙女たちは、事情を解したとばかりに頷きます。
「では、エルダー・アナスタシア。私たちも、大脱走と参りましょうか!」
「ははは、真夜中の大脱走! ちょっと、ワクワクしますね!」
「違いない。大砲も、ナイトウォーカーも居ないんだ。楽しいかけっこと行きましょう!」
さぁ、と誘われば
彼女も心得たりと
杖を月へ捧げる最敬礼。
「うん、じゃあ箒仲間の『私たち』、ごきげんよう!」
「ごきげんよう、『私たち』! また揃う日まで!」
「月明かりが、貴女の道を示してくれますように!」
月明かりの下での、遁走。
ああ、やはりでしょうね。
月は慈悲深い夜の女神さま。
『私たち』の守り神。
第116アケラーレ『ルカニア』を見守ってくれた月光よ。
願わくば。
『私たち』の旅路に幸あらんことを。
政治屋さんの状態については、淑女のアフアさんは口にするのも憚られるのでしょう。
次アタリでやります。