第五話 魔女の夕べ
宿舎の古びた鏡をじっと真剣に見つめ
彼女は、丁寧な所作で
銀の髪をゆっくりと梳いていました。
ゆっくりと沈んでいく夕焼けが綺麗な時分。
それが、彼女と一匹にとって一日の始まりです。
「準備よし。身だしなみもばっちりです。お財布も持たれましたね?」
本当ならば、ということを使い魔が思っているとしても。
『昼空の下』で歩こうと語れぬこともあるのですから。
一人と一頭の『私たち』にとって
休暇というものは、いつだって、夕方なのです。
「今日も良い一日にできそうですね」
「アフア、それぐらい大丈夫だよ。私だって、抜けてないんだから」
それにね、と彼女は笑います。
「重たいものは運河を使った船便で送ってるから。ね? ばっちりだよ」
数日位、待っていれば、と彼女が続けるところは明白です。
荷物も、届け先へ届いていることでしょう。
ちょっとばかり、白い犬には『気になること』がないでもありませんでしたが……。
「……はい、エルダー・アナスタシア」
とはいえ、彼女もエルダーとまで讃えられるベテランの魔女なのですから。
きっと、何かの考えがあるのでしょうと一匹は不承不承引き下がります。
「それで、ハンカチはお持ちですか? ああ、ハンドクリームは?」
「ねぇ、アフア。貴女は私のお母さん?」
「使い魔にございますが?」
「敵わないなぁ」
「それで? いかがいたしましょうか。数日、帝都で過ごすのであれば帝都観光の手配でもいたしますが」
一匹が取り出すのは
ヴィルテ百貨店のロゴが入った封筒。
封を開け、取り出したるは小冊子。
「帝都観光案内ガイドというのを、ミスター・トムソンが送ってくださっていますが」
「ははは、なんか、いろいろとお世話になってしまってるね」
「それはもう、あのように立派な方なのですから。世慣れぬエルダー・アナスタシアには、気をもんでしまうでしょう」
子供を見るような、と続けないのは有情なればこそ。
一匹にしてみれば、それは余りにも『分かり切った』真実なのです。
「トムソン氏のお気持ち、私は良く良くわかりますよ」
「ちょっと!? どういうこと、それ!?」
彼女は、一人前。
けれども、歪な一人前。
箒の上しか知らない、アケラーレの魔女。
大地は彼女の知らない世界。
空に溶けていった『私たち』の世界しか、彼女は知らない。
ふわり、と飛んで行って消えてしまいそうにもなれば。
「ああ、今日も夕焼けが綺麗ですねぇ……」
「アフア!? ちょっと!?」
さて、と窓の外を眺め始めるは、優雅な白い犬。
彼女と一匹の掛け合いは、結局、同じ。
いつだって根負けした彼女が、白旗を掲げて棚上げ停戦に至ります。
「それで、ご予定の話ですが」
「うーん、なんか釈然としないけどね?」
まぁ、いいやと彼女は苦笑しつつ
懐から茶色い封筒を取り出す。
「今宵は、先約があるの。ほら、これ。お別れ会の案内よ」
「拝見いたします」
おや、とそこで白い犬は僅かに心を弾ませます。
封筒に押されている消印は、魔女の箒を形どったそれ。
アケラーレの仲間内からのお誘い。
「アケラーレの宴、ですか?」
「そ、魔女のサバト。退役する人も多いみたいだし、旅路に出る前に顔だけ出していくのもよいかなぁって」
ああ、と一匹はそこで悟っていました。
行かねばならないところがあるとすれば
きっと、この宴なのだろう、と。
「では、いつものように……墓地ですか?」
「うん、そうだよ。中央追悼墓地だって」
「仲間うちでやるって聞いたけどなぁ。110番台の『私たち』は私だけだし、行かないと」
「ええ、行きましょうとも」
魔女らしく、
魔法の少女らしく。
嗤いましょう。
月の下で。
ケラケラと。
笑いましょう。
ルナリアンになって。
クスクスと。
哂いましょう。
例え、涙が枯れ果てたとしても。
仲間を思い、小さく。
お茶とクッキーをお忘れなく。
楽しい、楽しい、おしゃべりの夜。
月明かりだけが、優しい光。
静謐さに、歓声を。
なればこそ。
それは、華やかな饗宴。
笑顔の下の涙を知るならば、
決して踏み入ることのない
神聖にして、不可侵な夕べ。
踏み入るとすれば。
「こらぁっ! 小娘ども! 貴様ら、ここを、どこだと思っている!」
「はぁ?」
「国家のために斃れた愛国者の眠る墓地なんだぞ! 騒ぐな!」
それは、きっと、魔女の逆鱗に触れる愚か者。
「祖国のために倒れた戦士が休んでいるのだ! この、恥知らずどもめ!」
だから。
彼女たちは。
ちょっとだけ。
その日は、攻撃的なのです。
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