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魔法少女はもう泣かない  作者: 存在X
第一章 『さようなら、旧秩序』
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第三話 きらいな青色

トムソン氏、敏腕ナイスミドル

紳士たるもの、気配りも出来ねば見掛け倒し。

その点で、トムソン氏の気配りは完璧でした。


当世において、かのご仁へ匹敵しうる名雄犬とてどれほどいることでしょうか。


マスケット銃を背負った野戦外套姿の小さな魔女と、

白い犬を紳士淑女の行き交う百貨店の中で

さりげなく気遣いつつのエスコート。


だからこそ、と私は小さくため息をこぼします。


「……青は、お嫌いですか?」


「えっ?」


支配人のそっとした問いかけ。

彼女は、困惑しているようですが……

なんでわかったんだろうかと顔に書いてありますよ。


畢竟、それは、必然なのです。

鈍感な方にはわからずとも

気配りの上手な方には、一目瞭然なのです。


ニコニコと笑ってはいらっしゃる。

けれども、『制服』と同じ色の服を見るだけで彼女の笑顔は強張るのですから。


「エルダー・アナスタシア。お隠しにならない方が、宜しいかと」


「ええと、うん、そうだね、アフア」


ちょっと、と前置きしつつ彼女は告げる。

確かに青色は苦手なんです、と。


「さようですか……でしたらば、少しぐるりと見て回りましょう」


心得たモノなのでしょうね。

一瞬だけ、黙考した支配人氏は機転を利かせたのでしょう。


「こちらはいかがでしょうか?」


「ベージュ……ですか?」


それまでの色とりどりなコーナーをそっと抜け出し

隅の落ち着いた色彩のところへと何気なく足を運んでいました。


明らかに、ホッとしている彼女の様子で支配人氏は明らかに察しているのでしょ

う。


口外しない思慮。

察している賢明さ。


どれをとっても、まったく、なんと稀有なことでしょうか。


「似て非なるものだとか。稲大陸の方からの伝来品でして、いくつか種類がございます」


とり勧めたるのは少女に勧めるにしては、

少しばかり地味に過ぎる色合いのお洋服。


「ハリノキの実で染め上げました榛摺模様がこちら」


けれども、結果的には大正解。


手に取って、ご覧になってくださいと

サンプルの布を勧められたとき、

これまで青色には触れようともしなかった彼女。


「すみません、こちらは? すごくホッとする色合いなのですが」


「魔女の方にご説明申し上げるのはお恥ずかしいのですが、アカシア・カテキューを使いました色にございます」


そんな彼女が

喜々として色のことを

自分から聞き始めています。


「阿仙茶色と申すのですよね?」


「アフア?」


「使い魔になり、色彩に気づくようになって識別が楽しくて覚えていまして」


だからでしょうか。

私も、ちょっとばかり口が弾んでしまいます。


懐かしい、マスターの記憶。


色、色彩、そして四季折々の歌。

あれは、まだ、『私たち』の時代でした。


「ああ、さようでしたか。では、こちらの柴染や訶梨勒などいかがでしょうか?」


「驚きました、こんなものまで?」


「平和の恵みですな。長らく途絶えていた交易の再開は、稲大陸の方でも望んでおられたようでして」


皆さまのお蔭です、と朗らかに笑ってみせる支配人氏。


センスもよし。

気配りも上手。


「いいなぁ……すみません。ちょっと明るすぎないのでオススメのものをいただけますか?」


「ああ、では、先ほどの阿仙茶色のものをお包みいたしましょう」


なればこそ、彼女の相談に支配人氏が取り出したるのは最高のチョイスでした。


絹のそれは、

落ち着いた色彩に加え

大地の柔らかさを感じさせるような手ざわり。


空から恋い焦がれて見下ろしていた、大地のそれ。


しかし、と私はそこで慌てて言葉を継ぎたしていました。

室内着ではないのです、と。


「ミスター・トムソン。申し訳ないのですが、旅装でして。エルダー・アナスタシアはずぼらというわけではないのですが、針仕事が……」


「あ、アフア!? ちょっと! ちょっと!」


「お許しくください、エルダー・アナスタシア」


しかし、と私は顔を逸らしつつ

小さく紡げなかった言葉を心中で続ける。


『貴女さまは、私たちで一番、針仕事がお苦手だったではありませんか』と。


茶化すことはできない。

あの、地上での平穏なただのひと時。

月明かりの下で、お茶を用意して。

円座になって、解れた衣類を修理しつつ。


若い魔女たちが、おしゃべりに花を咲かせる魔女のサバト。

過去の、麗しい一枚の絵。


それこそが、失われた『私たち』の時代。


ああ、私も、どうにも。


迂闊でしたね。

ああ、私としたことが、これは。

色彩の表現、奥深くて調べるのが楽しかったです。

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