第二話 ペットじゃないよ
アフア嬢、淑女。
帝都随一の品ぞろえ。
消費信者のための消費の大伽藍。
またの名前を、百貨店。
私が知っていたのは、新聞でその存在を読んだからでした。
何はともあれ、世慣れぬ彼女。
買い物をするならば、あそこが良いだろう。
『私』の思惑など、その程度でした。
敢えて言うならば、深い意図もなし。
けれども、というべきでしょうか。
一人と一匹の歩み。
それを妨げたのは、案じ顔の売り子さんでした。
「お客様、その、当デパートはペットを連れての来訪はお断りさせていただいておりまして……」
ぽかん、とした彼女は売り子さんへ思わずとばかりに問うていました。
「ペット?」
ああ、とそこで私は気が付きます。
だからこそ『私』は声を出していました。
「エルダー・アナスタシア。私のことですよ」
なにしろ、と私は苦笑します。
私、アウスグタ・フレデリカ・アレクサンドラは犬なのですから。
たとえ、知性と誇りと名誉を知る淑女であったとしても。
「アフアは、ペットじゃないよ?」
「エルダー、行間を読んでくださいませ。動物を連れてお店の敷居をまたぐな、ということです」
ピカピカのお店に似つかわしくない。
つまりは、そういうこと。
仕方ないですよ、と私は頷く。
「えっ? ……しゃ、喋った!? え、犬が?」
「使い魔なんですよ。アフア、と申します」
ぽかんとしている売り子さん。
アワアワとしている様子は、世慣れぬ小娘もよいところ。
なればこそ、私は万事承知とばかりに再び道理を口にします。
「お店の規則なのでしょう? ご迷惑にならないよう、そこらで待っています。どうぞ、お構いなく」
「アフアはペットじゃない! だから、問題ないでしょ? 行くわよ!」
「ああと、その、あ、ええと」
なんだか、申し訳ないほどに混乱している売り子さん。
そして、『彼女』の頑な態度。
私が、思わず、ため息をこぼしそうになってしまっていた時のことです。
「大変失礼いたしました、エルダー・ウィッチ。お連れ様は、使い魔であらせられますね?」
大変に物腰の正しく、道理をわきまえた声。
その主は、身だしなみの整った紳士でした。
ああ、と私はそこで見て取った事実を一つ追加します。
こちらへ歩み寄ってくる足取り。
一見するだけでは、なかなかわからないレベルではありますが。
注視すれば、何となく私にはわかります。
ちょっと、左足の具合が宜しくないのでしょう。
「ええと、はい、そうです」
「ようこそ、ヴィルテ百貨店へ。私、支配人のトムソンにございます」
よしなに、と一礼されたところで
『彼女』は何と返してよいのかわからずに、
ちらり、と私へ助けを求める視線を向けてきます。
これが、魔弾の射手だとは。
戦場のそれを存じ上げている身としては、なんとも、不思議な気持ちでもありました。
「ははは、これはいけませんね。崩すことをお許しいただけますか」
戸惑いを拾い上げたのでしょう。
その紳士は、まっこと、見事なエスコートを申し出て見せます。
足がお悪いでしょうに。
背筋を凛と伸ばし、
踵を打ち揃え、
衆人環視の中であることすらをも省みず
そのご仁は声を張り上げていました。
「トムソン・ヴィルテ! 後備役第27胸甲槍騎兵連隊の老退役少佐であります!」
「元第116アケラーレ『ルカニア』、アナスタシア・スペレッセです。初めまして、トムソン少佐。どうぞ、アナスタシアと」
ぽかん、としていた彼女の変貌ぶり。
声には、凛然たる意志。
軍人として、魔女として、歴戦の兵だった彼女への復帰。
戸惑う子犬だったような声は、
まるで先導する群れの主へと一変しています。
ああ、やっぱり。
彼女は、まだ、『慣れていない』。
平和に、日常に、そして……『私たち』以外の世界に。
「初めまして、エルダー・アナスタシア。トスベルト戦線で、アケラーレに救われました。足一本で済んだのは、あなた方のお蔭です」
「名誉の負傷ということですね」
「ははは、そうたいしたものでもございません。ああ、エルダー・アナスタシア。大変に僭越ながら、貴女様の箒仲間を私共へご紹介いただければ幸いに存じます」
老退役少佐殿の言葉に、私はすくりと立ち上がっていました。
礼節をもってして、礼節に応じる。
魔女と使い魔。
その関係を知り、敬意を示してくれる。
名誉を知る方、義務に敬意を払う方。
ならば、私もそれに応じるまで。
「私、アウスグタ・フレデリカ・アレクサンドラと申します。どうぞ、アフアとお呼びくださいませ」
「アナスタシアさまに、使い魔のアフアさま、と」
「はい、ミスター・トムソン。エルダー・アナスタシアをどうぞ、良しなに」
「ええ、売り場をご案内いたします、さぁ、どうぞ、『お二方』ともこちらへ」
「アフア! 今、『私たち』だよね?」
淑女として、紳士のお誘いをお断りすることもできますまい。
だから、私は笑って頷きます。
「ええ、では、ミスター・トムソン。どうぞ、よろしくお願いいたします」
トムソン氏、ナイスミドル。