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魔法少女はもう泣かない  作者: 存在X
第三章 『過去から踏み出して』
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第二十話  泥のディナー

ディナーのお誘い。


それは、礼儀作法に則らねばなりません。

丁寧なお誘い、丁重なお返事、そして何より思いやりが欠かせません。


古いマルケラスの血脈に列なるドーソン警部は、これらの理非を弁えし紳士でした。


なればこそ、古式ゆかしくディナーの招待状を彼は手配します。


『お店もよろしいです』が、と恐縮した書き出しで招待状は謡います。

古き家門の名に誓い、マルケラスのおもてなしを我が一門の名で、と。


続けて招待状は謡います。


音を奏でる舞台は、歴史。

積み重ねれられしは、人の営み。

家門の誇り、一族の伝統。


器となりしは、瀟洒な民家。

古き良き家、そは、注がれる。


注がれるは不思議な音色。

広がる庭に宿る新緑の息吹。

再生への喜び、歓喜の歌。


それは流れる潺の軽やかな調と相まるシンフォニー。


歴史ある一族によるディナーのご招待とは、かくまでも拡張高いものです。


なればこそ、使い魔嬢も食事のお誘いをよしとしたはずでした。

ガーデンで囲む、簡素ながらも親密で素敵なディナーでしょう、と。





それが、どうしたことでしょうか。

案内された庭先を見るなり、彼女が叫ばなかったのは殆ど奇跡でした。


素晴らしい家屋とは裏腹に、庭は『庭』と形容することすら憚られる代物です。


泥だらけ

穴だらけ

ひどい悪臭。


美しかったであろう庭の影も、形も、そこにはありません。


「ミスター・ドーソン?」


自ずから使い魔嬢の声色には、隠しがたい猜疑心と不信感が浮かび上がってしまいます。


「これは、どうしたことですか?」


放たれたのは、糾弾の声。


「ご説明、いただけますか?」


「はて? ご説明? 一体、いかがされましたかな?」


平然とした紳士の態度に躊躇いは何一つとしてありませんでした。

信じられません、とばかりに使い魔嬢は口を開きます。


こんな、こんな、光景。


「私、誤解していましたかしら?」


失望もあらわに使い魔嬢は糾弾の声を放ってみます。


「店長さんより『ディナー』だとお伺いしていたのですが」


「ええ、最高のディナーをご用いたしました」


紳士、淑女の交わりだと思っていただけにアフア嬢の忍耐力は限界でした。

白い毛並みを泥に震わせつつ、微かに立ちこめる悪臭に鼻を顰め、

アフア嬢は吼えんばかりに侮蔑の言葉を紡ぎます。


「最高? マルケラスの最高とやら、随分と驚きに満ちておられます事」


美しかった庭とやら、今は見る影もなし。


帰りましょう、と彼女に思わず使い魔嬢が声をかけようとした瞬間のことです。


「……ああ、これは、どうにも誤解があるらしいですね」


「誤解?」


ええ、とドーソン氏は肩をすくめて言葉を継ぎたします。


「渋る執事、庭師を押し切って趣向を凝らしたつもりですが」


ぽかん、とした使い魔嬢はそこで初めて周囲を見渡します。


泥だらけの大地。

わざわざほじくり返した芝生は、きっと、庭師が端正に仕上げていたそれでしょう。


切り倒された樹木の歴史は、どれほどでしょうか。

執事ならずとも、一族の歴史、思い出を誰もが知っていることでしょう。




全て、破壊されていました。


壊れた世界です。


……そして、ついぞ、忘れたかった世界でもありました。



誰かの家を障害物として打ちこわし、畑を塹壕に変え

思い出も、歴史も、伝統も、すべて無残に打ちこわし


顧みられることもなく

思われることすらなく


全てが、無造作に壊されていく世界でした。



箒も例外ではありませんでした。

一本、また一本と折れていく空。


だからこそ、夜だけが『私たち』の世界でした。

『私たち』は、やがて溶けるまでのひと時を過ごしていました。


空に溶けてしまった『私たち』を思い、

次に溶ける『私たち』になることにおびえ

紺碧の空を心から憎んでいました。


月夜の帳、壊れた世界。


「あなた方とのディナーです。失礼ですが、趣向と礼儀を凝らしたつもりですが」


「……うん、アフア、そうだと思うよ」


黙然としていた彼女は小さく同意の声をこぼします。


「これで、いいんだと思う」


一人と一匹の『私たち』が知るディナー。

それは、いつだって泥と月明りの元です。


一人の退役軍人もまたルールを知っていました。

だからこそ、『私たち』と彼は礼儀作法通りにやらねばなりません。


交わされるべきは、互敬の囁き。

紳士、淑女なれば、マナーは大事です。


「第15連隊『マルケラス』。誉れ高き黄金の名誉」


「第116アケラーレ『ルカニア』。星は9つ、折れた箒が23本」


軍人と『私たち』のお作法。

名誉、仲間、そして哀悼。


「我らが戦友の思い出に」


「『私たち』に」


リハビリがてら、ぽつぽつと

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