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魔法少女はもう泣かない  作者: 存在X
第三章 『過去から踏み出して』
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第一九話 晩御飯の約束

咲いた花は、やがて、散るといいます。

束ねた箒とて、やがて、解けます。


だけど。


だけれども。


花は、種を実らせ、新しい花を咲かせることができるでしょう。


では、折れた箒は?

解けてしまった箒は?


信じていた『私たち』。

最後の『私たち』は、何を為すべきなのでしょうか?



私は、私。

『私』は『私たち』。


では、『私』であり私である『私たち』はどうすればいいの?


見送るの?

乾杯するの?

背中をどうやって、支えればいいの?










ほぁ、と唇から零れるのは感嘆の音。


壮大な港湾都市を遠望できる丘に立つのは見るからに、お上りさん丸出しの少女。


ただ、その周囲には不自然な間があります。


彼女の背負った慎重に不釣り合いなマスケット銃。

付き従うは、気品ある白い犬。


どこからともなく取り出した双眼鏡をのぞき込み、

バスケットの上に並べた港湾都市の地図へひたすらに書き込みを行う姿は鬼気迫るものがあります。



そんな彼女の背後に、勇気を奮って歩み寄るは一人の紳士です。


「あー。その。よろしいですか?」


「失礼、どちらさまでしょうか?」


一瞬、喋る優雅な白犬に表情を戸惑わせかけたる紳士。


されど、紳士とは紳士な生き物なのです。


得心顔になった彼は、挨拶の言葉を口にします。


「マルケラス市警隊のドーソン警部です。少々、お時間を宜しいでしょうか、使い魔嬢?」


正しい礼儀に対しては、正しい言葉が返されなければなりません。

なればこそ、使い魔嬢も得心顔になり取次の言葉を惜しみません。


「エルダー・アナスタシア?」


「はい、はい?」


双眼鏡から顔を外し、ぽかんとした表情の彼女。


「……失礼ですが、所属をお伺いさせていただいても?」


「所属?」


困惑したように、彼女は数秒瞬き、助けを求める様に使い魔嬢へ視線を向けなおします。

はて、と使い魔嬢が首をかしげるのに合わせ、彼女も首をかしげながら口を開きます。


「見ての通りですよ?」


「は? あの、では、何を為されているんでしょうか……?」


「緊要地形への接近経路をメモしてるんですけど」


ちょっ、エルダーと使い魔嬢が口を挟む間もありません。


「確保ォ!!!!」


その瞬間、周囲に紛れていたマルケラス市警隊がとびかかり、一人と一頭はもみくちゃにされてしまうのです。




掛けられた嫌疑は、スパイ容疑。

もちろん、一瞬で疑いは晴れますが。


なにしろ、彼女は『私たち』の一員。

照会されれば、身元は明らかなのです。


めでたし、めでたしと終わらないのは、世の常ですが。




謝罪のために足を運んだ紳士氏は、もう、この世の終わりかと言わんばかりに項垂れています。


「あっはっはっはは!!!!」


「そのくらいに、してもらえると、ありがたいが」


吊るされた黒猫亭に木霊するのは、店長さんの大笑声。

対照的に、紳士は今にも消え入りそうなほど恥じ入っています。



「これは、ドーソン警部。失礼、失礼。つい、おかしくて」


いやだって、と店長さんは笑いをかみ殺しながら口を開きます。


「朝方、散策に出たと思ったら、お茶の時間に市警隊に首根っこ掴まれていたなんて……」


「吊るされた黒猫亭とは、申したものですね。残念なことに、エルダーは真っ黒ではありませんでしたが」


よく分かっていないらしい彼女をさておきましょう。

店長さんと使い魔嬢の口撃に対し、紳士は即座に無条件降伏を決め込みます。


「左様、潔白で在らせられた。いや、ひどい誤解をいたしましたな」


ご容赦を、とドーソン警部は立ち上がります。


「いずれにせよ、お詫びしなければなりませんな」


「ああ、ちょうどいい。警部さん、貴方、顔が効いたわよね?」


「家ので? 退役した奴の方で?」


「そりゃ、あなた、家の方ですよ」


むっ、と顔をしかめつつも敗者である紳士に選択肢はありません。


「なにをせよ申されるのでしょうか?」


「めし」


「は?」


呆気にとられた紳士氏。

対し、店長さんはニヤリとほくそ笑んで見せます。


「マルケラスの名店という名店、連れまわして頂戴な」


「……謀られましたかな?」


ちらり、と視線を向けられた店長さんは悪党さながらに笑みを深めます。


「少佐殿、あなたは、杓子定規君でしたからねぇ」


「『私たち』は相変わらず、かな?」


「いつも、申し上げたはずですよ。巡回は適度に時間をばらしてくださいな、と」


「『私たち』にはかないませんな。よろしい、ご案内いたしましょう」


溜め息を零す元士官の紳士さんは、邪悪な魔女に対し諦観と共に頭を垂れます。


彼女に対し、恭しく申し上げるのは、お誘いの言葉。


「ミレディ。ディナーをご紹介させていただけますと幸いなのですが」



悪い魔女に嵌められたドーソン元少佐の未来に幸あれ。

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