第6話 「居館」
到着した目的地には、豪壮な屋敷────城とも呼べるような、そんな建造物が聳え立っいた。
白煉瓦造りの、王城ととても似た設計だった。ところどころに配置されている紋章の描かれた青の垂れ幕が目を引く。しかし、描かれている紋章はお助け隊のものではなく、剣と人の手が交差しており、加えて装飾が施されている。それは王都を象徴するものだった。
「ようやく着いたぜエレナ。ここがお助け隊の拠点だ」
とディアン。
「うわー……。大っきいね」
敷地内に足を踏み入れ、空を仰ぐと、視界には雲一つない大空の中、白い壁面に日光が反射し輝いている居館のみが佇んでいた。
澄んだ空気を拭いこむと爽快な気分になる。いままでの騒動による疲労が、全て吹き飛びそうだ。
「着いたはいいんだけど、どうしよう。中に入れてもらえるのかな……。正面には誰もいないけど」
居館の入り口の扉は両開きになっていて、垂れ幕にあったものとはまた違う紋章が、大きく刻まれていた。
人の姿を模した模様に剣と、それに絡みつくような蔓が描かれている。こちらがお助け隊の紋章なのだろう。
「そこら辺にここの警備をしている人間がいるだろう」
ディアンはそう言うと正面玄関の前を通り過ぎ、建物の右側を覗こうとした。
「おいおまえ達。そこでなにをしている」
突如わたしの背後から、若い男性の声が聞こえる。
振り返ってみるとそこには、胸にお助け隊の紋章をつけた青年がいた。服装は正装のようだった。
暗い赤髪に四角形の眼鏡。どこか気だるそうな表情をした彼は、わたし一回り背が高く、目線はこちらを見下している。
服装は正装のようだった。
「ここはカップルで来るような場所じゃねえんだよ。お遊びで来てんなら帰りな」
「なっ……! カップルじゃないです! 断じて違います」
念を押し、わたしは慌てて弁明した。
「その、実はわたし達はお助け隊に志願しに来た者でして……」
するとディアンが戻ってくる。
「そうそう。ここがお助け隊の拠点なんだろ?」
ディアンの遠慮ない態度に、お助け隊の彼は不服そうな顔をした。
「志願? お前らがか? ……。まぁいい。次の適性判断の日程は明日だ。今日はもう帰れ」
「適性判断? ディアン、適性判断って一体……」
「いや、俺も知らん」
ここまで、色々と助けてくれたディアンにも知らないことがあるんだな、と思うと新鮮な感じがする。
「お前ら、国家安全保証支援部隊に志願する者としてそれくらいも知らないのか? はぁ……」
お助け隊の男が呆れた口調で言った。
「いいか? 国家安全保障支援部隊、長いからお助け隊って言うが、お助け隊ってのはな……いくら超人でも簡単に入れるもんじゃねぇんだよ」
「そ、そうなんですか……?」
お助け隊の男はわたしの言葉に、眉が少し動いただけで返答はしなかった。彼は熱心に語り続ける。
「この国ではな、住民の生活の助けもそうだが、治安の統制もお助け隊によってなされている。つまり文字通りお助け隊はこの国を助ける、そして守っている存在なんだよ。だからそれ相応の"強さ"も持ち合わせていないといけない。」
「と、いうと……?」
「相手が超人でも超人でなくとも、戦いにおいて強くなくちゃいけない」
わたしはここで不安が一つ生じた。先程の追い剥ぎの超人との戦闘でわたしは全く動くことができなかったし、おそらく超人ではなかった方の、追い剥ぎの不意打ちに対して反応することができなかった。そんなわたしがお助け隊に入れるのだろうか。
必ず明日に結果を出さなければ、わざわざ王都へ来た意味がなくなる。
「適正判断は明日のいつ頃からはじまりますか?」
「明日の午前八時からだ。ちなみに明日を逃すと次の適性判断判断は二ヶ月後だぜ」
「二ヶ月後!?」
明日の午前八時までは十七時間。それがわたしに残された猶予だ。
「明日の午前八時ですね、わかりました。絶対に行きます」
わたしが神妙な口調で言おうとも、お構い無しに彼は気だるげそうに返した。
「まぁせいぜい頑張りな」
わたし達は居館の敷地内から追い出された。
「……なんか感じ悪かったねー!」
「そうだな」
わたしの愚痴を聞きながら、ディアンは「はは」と笑う。今は、適性判断が実施される明日に向けて、どこか宿泊する施設を探していた。
「ディアンはさ。会った時からわたしを助けてくれてるけど、わたしはまだなにもディアンにできてないよね。わたしもなにかしたい」
わたし張り切った口調で言った。
「いやいいよそんな。俺はただ人を助けたいからやってるだけだ」
ディアンの、濁りのない表情と表現するべきか。その表情には下心などはなく、本心で言っていることが容易にわかった。
「でもそんな、悪いよ。せめて一つ! 一つだけなにさせてよ……?」
「うーん。……それならさ、明日の適性判断」
ディアンは少しの間悩んだ末そう言った。
「うん」
ディアンは続ける。
「絶対一緒に合格するって約束してくれ」
ディアンは清々しいあの笑顔でわたしに手を差し出し、告げた。
わたしの返答は決まっている。
「もちろん!」
わたしはディアンの差し出した右手を、少し勢いをつけて握った。
「あっ、じゃあ今日泊まれる宿、わたしが探すね!」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫!」
大丈夫とは言ったがなんの根拠もなかった。どう見ても頼りなさげなわたしに、ディアンは心配そうな様子でいた。
三十分ほど白煉瓦造りの建物が立ち並ぶ大通りを散策していたが、なかなか宿が見つからない。
というかそもそもどの建物が宿泊施設なのかわからなかった。わたしの馬鹿。
「ディアン、ごめんもう一度助けを求めていい?」
申し訳なさを最大限に表情で表すつもりで、ディアンに言った。
「あ……? あぁ」
「宿ってどんな看板がついてるの」
ディアンは半ば呆れた様子で、「ははは」と苦笑いした。
今回でようやくお助け隊の拠点に到着しました。