第4話 「散策」
「うぅ……。人に酔いそう」
王都に訪れてからおおよそ一時間経過していた。なおも道は続く。
まず驚いたのは人の数だ。さすが人口が三百万人の都、実際に目の当たりにすると尋常じゃない数字だということがわかる。王都には至るところに緑や水路があるようで、城門の外よりは気温が低くなっている。
砂漠の旅のおかげで灼熱の日差しには耐性がくついたつもりでいたが、この人の数のせいで体調が優れない。
ここではじめて、「あぁ、わたしは人ごみが苦手なんだろうな」と実感する。
「大丈夫かエレナ。俺につかまるか?」
ディアンは振り返ってわたしに手を差し出す。
「余計なお世話」
「ははは、そうか」
わたしがそう言うと彼は手を引っ込めた。
出会った当初は壁が破壊された衝撃で、考える暇さえなかったのだが、城門の外から入ってきたということは彼も砂漠の道をやってきたということ。
その割には軽装すぎる。
ディアンが身につけている黒の上衣は肩から袖がなくなっており、首もとは広く開いている。
今の時期は比較的涼しい方なのだが、あの灼熱の大気に触れ続けていれば火傷なりなんなり体が不調を起こす筈だ。
「どうした? さっきから俺を見て。なにか俺の体についてるのか?」
先ほどからずっとディアンを見つめていたわたしに、不思議そうに伺う。
「いや……。ディアンって砂漠の道を通って王都に来たんだよね?」
「お、おう? そうだが」
わたしの唐突な質問に、戸惑いながら少年は返す。
「それにしては薄着じゃない? 砂漠の道をそんな薄着で歩くなんて馬鹿のすることじゃ」
「誰が馬鹿だって? あぁ、そのことなら砂漠の道は歩いたというより飛んできたからな。そんなにない時間砂漠で過ごしてないから大丈夫だ。案外はやく着いたぜ」
「あぁ、なんだそういうこと……。ってディアン飛んできたの!?」
わたしが驚いてで聞き返すと、ディアンはわたしの勢いに少し驚いた様子で続けた。
「まぁ能力を使ったんだがな」
「能力っていったら、壁を破壊した時も能力を使ってたよね? あの時と違う能力を持っているの?」
「ん? 一人の超人が複数力を持っているなんて聞いたことがないぜ。もちろん俺も一つしか能力を持っていない」
「どういうこと? ディアンの能力は空中を飛ぶ能力なんじゃないの?」
今まで、自分や祖母以外の超人と出会ったことがなかったので、他人の能力についてなど考えたことがなかった。ディアンの能力の予想がつかない。
「実際に見てもらった方が口で説明するよりわかりやすいよな。まぁそのうちわかるよ」
「そう……」
暫く歩いていると人気の少ない路地裏に入った。路地裏は大通りに比べて比較的日陰が多く、涼しい。大通りには膨大な人数の住人がいたが路地裏に入った途端、極端に人の姿が消え若干の薄気味悪ささえ覚える。しかし、決して路地裏は外観が荒れているわけではなかった。
人ごみが苦手というよりは都会が苦手なのかもしれない。わたしは初めての王都という地に訪れ、少なからず感じていた不安を紛らわすためになるべくディアンに話しかけるようにした。
「ディアンはさ、なんでお助け隊に志願しようと思ったの?」
わたしは問いかけた。おそらく彼が王都へ訪れることになった最大の理由。
「俺か? 特別な理由はない────わけじゃないが、俺が力を持って生まれたからこうすることにした。もちろん俺が超人じゃなかったら正義のためとか考えることなく、もっと平凡に暮らしてただろうさ」
出会って初めて目にしたディアンの真剣な顔に、わたしは再び硬直し、暫くの間ディアンの後ろを歩くしかできなかった。わたしは会話を終わらせないために次の質問を恐る恐る投げかけた。
「ってことはディアンは過去に能力が原因でなにかあったの……?」
「あのなぁエレナ」
「あっ、ごめん……聞いちゃいけなかったかな……」
あくまでわたし達は今日出会たばかりだ。あまり踏み込むのは避けた方がいいか。
「……ははっ、質問攻めはまいっちゃうぜ。次は俺がエレナに質問していいか?」
ディアンの顔に笑顔が戻り安心すると同時に、申し訳ない気持ちになる。過去の話は控えよう。
「いいよ、聞いても。変なこと聞かないでね」
「聞かねえよ。そういえばさっきエレナは俺の格好を軽装と言っただろう? エレナの格好も砂漠の道を通るには十分軽だと思うんだが」
ごく一般な麻の生地の上衣に黒の上着。
そして故郷で見繕ってもらった絹の下衣。もう全て砂などで汚れてしまっている。確かにこれだけ見れば、些か軽装に思えるだろう。
「あぁ、それなら……」
「?」
「道中に追い剥ぎと遭遇しちゃって」
「追い剥ぎと? そりゃあ大変だったな」
「それで追い剥ぎと争ったときに、わたしの能力で外套が燃えちゃって……」
わたしは「ははは」とディアンのように笑ってみせた。
しかしディアンから返事は返ってこない。
「ディアン? どうかしたの?」
「しっ」
途端にディアンはわたしに背を向け、自らの口元に指先を立て合図した。わたしはそれに合わせて手で口を覆い塞ぐ。
「アニキ! あいつですぜ!」
どこかで聞き覚えのある声がする。それはかなり近い記憶。
間違いない。わたしが追い払った追い剥ぎの、数人のうちの一人だ。
「よぉ。ようやく見つけたぜ。お嬢ちゃんよぉ。よくも俺の愛しい弟分達を甚振ってくれたな」
次に声を発したのは、初めて目にする男だった。
「さっきの追い剥ぎ! ……と知らない人」
「追い剥ぎ!? こいつらがか?」
ディアンが聞く。わたしが返事を返す前に、城門の外で見た追い剥ぎではない方の男が発声した。
「俺のこの能力で仇討ちといこうか! ふっはははは!」
わたしは焦っていた。目の前で臨戦態勢となっているこの男は超人であるということ。わたしは超人と戦ったことがない。超人同士の戦闘を、見たことすらなかった。
「ディアン! あいつ超人だ! 逃げようよ!」
「あぁ!? 逃げる!? んなことできるわけねねぇだろ!」
ディアンは怒鳴った。わたしの望みと違う返答に、追い剥ぎのどうやら兄貴分らしいその男は、待ちきれんと言わんばかりに戦闘の構えをとった。
「かかってきな!」
「あのなぁエレナ! こんな悪党野郎をみすみす放っておくなんて……お助け隊に志願するやつのすることじゃねぇ!」
「ディアン!」
わたしの叫びはもうすでにディアンには聞こえておらず、戦いの火蓋は切っておろされた。
ようやく敵の超人を登場させることができました。
次回ははじめての戦闘回になると思います。