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第2話 「交渉」

 金髪の男は城門の扉の横に設置してある人一人分の小さな扉を指差した。ようやくこの砂漠の暑さから逃れられると思うと安心する。

 建物の中は石の露出した壁にいくつかの小窓が取り付けられ、入り口のおそらく観賞用であろうオリーブの鉢のすぐ側には、応接用と思われる木製の机がある。椅子は四つ。もちろんこれも木製である。そもそも城門の建物内に勤務している兵士が少ないのだろう。


「座りな」




「それでわたしはいつ王都に入れるんです?」


「まあ、待ちな」


「…………」


 建物の中に足を踏み入れてから、それくらいの会話しか交わしていない。部屋の大気が、沈黙がわたしに重くのしかかるように感じた。これはとても気まずい。

 屋内に入れたのはいいが、おそらくそれから小一時間は経っている。

 どちらかが口を開かなければおそらくこのまま沈黙に潰されるだろう。沈黙は嫌いなのだ。まるで人生を浪費しているように思えてしまう。それまでカーペットの模様を見つめていたが、流石に耐え切れずわたしが何か話題を振ろうとした瞬間、男がそれを遮った。


「そういえばお嬢ちゃんはなぜ一人で王都まで来たんだい? 何の目的が」


 ようやく状況が進展しそうなので、待ってましたと言わんばかりにわたしも食いつく。


「目的ですか。それは────」


 そこで深呼吸を挟む。


「"お助け隊"に入るためです」


 お助け隊。又の名を国家安全保障支援部隊。この国で百年前に創立して以来、国の治安を守る集団のことだ。


「お助け隊ねえ、そりゃあまた大層なこった。けれどお嬢ちゃんは見たカンジ……むしろお助け隊に助けられそうに見えるがな」


「どういうことですか、それ」


「さっき焼け死ぬとか言ってたじゃないか」


 今でこそお助け隊などとのどかな呼び方をされているが、かつては隣国との戦争でも活躍している。この国に平和をもたらした存在で、国の兵隊とはまた別のものとして統制されていた。


「わたしはお助け隊に志願するために、一人で村を出てきました。もちろんただの誠意で志願しようと思ったわけじゃないです」


 お助け隊に入ることができるのは一部の資格を持った者のみだ。それは形あるものではないが、わたしの中にしっかりと存在している。いわばそれは力、超能力のようなもの。


「でもお嬢ちゃん、お助け隊の仲間になるにはうんと強くなければいけないんだろう? お嬢ちゃんがそんなふうには見えないぜ」


「……しょうがないですね」


 この男、半信半疑のようので見せつけてやろう。わたしがお助け隊に志願する要因となった資格、力を。

 生まれつきわたしに備わっていた力だが、家族の中ではわたし以外でそれを扱えるものはいなかった。もっとも唯一祖母を除いて、の話なのだが。


「おおおおっ」


 雄叫びをあげたことに特に意味はない。能力を発動する際のかけ声のようなものか。

 それから拳を強く握りしめ力を込めていく。拳に意識を集中させるにつれ、全身から光線のようなものが体内を巡り、拳へ凝縮されるような感覚を味わった。

 この一連の動作を終え、わたしは自身のからだをリラックスさせると、ゆっくりと拳を開く。

 すると、掌の中央にぽうっ、と小さな火が灯った。


「これがわたしの力です」


「えっ?」


 男は多少戸惑ったようだが、理由はすぐに悟れた。


「もちろん本気じゃありませんよ!?」


「あ、ああ、そうだよな。追い返すところだった」


 もうなるべく何もしないでいよう。下手したらもう一度あの炎天下に放り出されそうだ。


「わたしが本気出したらこの建物吹き飛びますよ」


「おぉ怖え」




「わたしの祖母も同じ力を使えたんです。村では神だの悪魔だの言われることはありましたが、わたしは平和に、いや平凡に暮らしていました。お助け隊のことは祖母に聞きました」


 雰囲気で察したのか男は急に態度を変え、真剣な様子で話を聞いていた。そこでわたしが止まると、少し間を置いてから今度は男の方から話してきた。


「へぇー、お嬢ちゃん"超人"ってやつなのか」


「超人? 王都ではわたし達のような人間のことをそう呼ぶんですか?」


「あぁ、超能力が使える人間。略して超人。そのまんまだろ」


 初めて聞いた情報だった。故郷では決まった呼び方はなかったし、思いの外超人に対して好意的なようなので少し驚いた。


「本当、なんのひねりもない呼び方ですね」


 そこで二人とも吹き出す。


「そうだな、まあそれくらい街の人間には馴染みの深い人達なんだよ」


「ますますお助け隊に入りたい気持ちが強くなりました」


 大分この場も和んできた。もうそろそろ現状が動けばいいのだが。そう考えるとわたしの気持ちを読み取ったかのように扉────私が入ってきた反対方向、つまり王都側に通じる扉が開いた。それも勢いよく。


「遅れてすまない。支度に手こずってしまってな」


 全身を鎧に身を包んだ、声から察するに男性が現れた。彼も兵士であろう。開いた扉から差し込む日光が、装備された鉄板に反射している。


「ようやく来たか。待ったぜ」


 わたしの背後にいた金髪の男が兵士に声をかける。

 城門の建物の中に入ってからの一時間が、いま思い返すととんでもなく長かったように感じる。ようやくこの場から動けるかもしれないので、そんなことを思いかけるのも必要なかった。

 この兵士がいい知らせと悪い知らせのどっちを持ってきたか。そこに賭けるしかない。もっともここまでの道のりをもう一度戻るつもりはわたしには更々ないのだから。

 通行証を持っていないわたしが悪いのだが。


「単刀直入にいえばお嬢ちゃんには……」


 わたしは手に汗をかいていたが、暑さのせいのものかわからなかった。


「おうちに帰ってもらうことになるな」




 絶望した。実は故郷からここまで来るのに二ヶ月ははかかった。故郷で仕立ててもらった外套は、道中に追い剥ぎに遭遇したし、争った時に能力で燃えてしまった。

 食糧ももう残っていないので帰ることは不可能。

 いま兵士が入ってきた扉の反対側にある砂漠側の扉が、文字通りあの世への入口となっているわけだ。


「困ります! 折角ここまで来たのに王都へは入れないんですか!? それにこの砂漠の道を戻るなんてできませんよ!」


「仕方ないだろう。こちらとしてもお嬢ちゃんを王都に通すために取り合ってみたんだが……」


 と、金髪の男。さらに後からやってきた兵士が後に続く。


「ダメなものはダメなんだ」


「そんな……」


 わしは喉の奥が引きつる感覚を味わった。


「そうですか、王都に入れるように取り合ってくれて感謝します。ありがとうございました」


 終わった。二ヶ月もの旅は、王都の城門を終着点にして幕を閉じた。

 そう思えた。




 次の瞬間。

 耳を刺す轟音とともに、全身武装した兵士の方を見ていたわたしの、右側の建物の壁が弾け飛んだ。


当初は第1話分として投稿するつもりでしたが、長いと感じたので分けました。

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