第19話 「作戦」
月明かりが照らす砂漠を駱駝で進んでいく。
纏った外套が、夜の砂漠の寒さを防いでくれていた。
出発の前にエドモンドとクライヴが「女性の荷物は持つ」と言ってくれたおかげで肩が軽い。
そのとき、ディアンもなにか言いたげにしていたが。出遅れってしまったので仕方ない。
王都の城門の外は、王都へ来たとき以来だ。
あのときには王国と帝国が休戦中で、ましてや自分たちが戦うなんて思ってもみなかった。
だけど、ディアンとも、こうして王都へやって来たから出会うことができた。
すべて祖母に感謝しているし、わたし自身、王都へ来てよかったと心から思っている。
もちろん、この先の未来に対する不安が全くないわけではないが。
すると、ディアンが自身の乗っている駱駝をこちらまで寄せてくる。
「エレナ、戦えるか?」
「……うん。わたしはわたしのできることをする、つもり……足は引っ張りたくない」
「エレナになにかあっても俺が守るからな。安心して自分の職務を果たせ」
「そんなこと言って、自分もクロエさんの指示ちゃんと聞きなよ……? ディアン」
「はは、わかってるって」
ディアンのこの「はは」という笑い方、久しぶりに聞いた気がする。
何故だか、この笑い声を聞いて落ち着いている自分がいた。
ディアンは何故、ここまでわたしを助けようとしてくれるのだろう?
本当に、"自分がお助け隊だから"という理由だけか?
いくら考えても、彼の心理はわからなかった。
すると、また後方から声が聞こえる。飄々とした男性の声。エドモンドだ。
「それでクロエ隊長、王都を出る前に聞いたけど……。向こうに着いてからの予定はどうなってるんすか?」
クロエさんはわたしたちの前方に駱駝を走らせていた。
「隊長……? そうね、まず郊外に着いたら、こちらに協力を得ることができた盗賊の仲間と合流するわ。その人たちに取引現場の場所を聞いて、所定時間に襲撃……。ってところかしら」
「上手くいくんすかねー……」
「そのためのあなたたちでしょ」
「へへっ、冗談っすよ。わかってますって」
エドモンドは相変わらず緊張感を感じさせない様子だ。
わたしたちより先輩だが、仕事慣れしてるのか?
それともこれがエドモンドの性格なのか。
どちらにしろ、その軽く見える態度には少なからず不安を感じる。
「……到着は深夜か……」
日の光を見せない星空は不安をかきたてる。
今まで住んでいた故郷は平和だった。
だけど、こうして村を出てから数々の危険を知ることになった。
今まではもちろん帝国のことなど頭になかったし、ましてや戦争のことなど知る由もなかった。
かつてのわたしは村の外に関心があまりなかったため、それらのことを誰かに聞いたり、調べたりすることがなかった。
「不安なのか」
背後から声をかけられる。
低く澄んだ響き。
彼は後頭部のあたりで結んだ、長い尾のような黒髪を揺らしながら、駱駝をこちらへ寄せる。
「えっと……。クライヴさん、でしたっけ」
「あぁ。聞くところによればこれが初仕事らしいな」
「はい……。まだなにもわからなくて……」
「名はエレナと言ったか。不安なのも無理はない……。俺も初仕事の前夜は不安で眠れなかったものだ。ましてや対帝国抵抗部隊……、などという特殊部隊に入れられては、俺の比ではないだろう」
"特殊部隊"。
やはり通常のお助け隊ではなく"対帝国抵抗部隊"という名称がつけられているあたり、特殊部隊なのだろう。
本当に、何故わたし如きが対帝国抵抗部隊という大層な部隊に入れられたのだろうか。
祖母がそうさせたというが、王都に来て以来、幾つかの超人を見てきた。そうして、わたしの力がこの部隊に向いているとは思えないのだ。
ルキウスさんはわたしのこの力について、"今は未完成だが、真の力が存在する"と言っていた。
ならば、早急にその真の力というものを習得したいものだ。
方法など、まるでわからないが。
「その、クライヴさんも超人なんですか……?」
「当たり前だろう。超人であることはお助け隊に入隊するための前提条件のようなものだ。君も適性判断を経験しているだろう」
「は、はい」
「俺は"従属の超人"────、とでも言っておこうか」
従属の超人?
超人を呼ぶときの呼称はその能力を表す単語を加えて、〜〜の超人と呼ぶようだが、クライヴは力の対象者を自分に従属させることができる超人なのだろうか。
わたしが少し考えていると、その様子を見たクライヴは口角を僅かに上げながら言う。
「まぁどんな力かはそのうちわかる。君はどんな超人なんだ?」
「わたし、ですか……?」
このクライヴという男、一見無口そうに見えるが案外喋る。人は見かけによらないとはこのことか。
「ちょっとー、クライヴ。エレナちゃん? 困ってるじゃーん」
背後からエドモンドの声がする。彼は、クライヴの横に駱駝をつけた。
「そ、そうなのか? すまん……」
「大丈夫ですよ」
クライヴがその体格に似合わず、申し訳なさそうに肩を縮めるのでわたしは笑顔を見せた。苦笑いに見えたかもしれないが。
「えっと……それでわたしは"燃焼の超人"で、火を起こせます」
『火?』
エドモンドとクライヴの声が重なる。
「火って、あの熱いやつっすか?」
「はい」
「あの、燃えるやつだよな」
「そうです」
彼らは、二人で顔を見合わせる。
「……強いのか?」
「いえ、そんなに……」
月夜の冷たい風が沈黙を運ぶ。
「いや、でもシャーロットさんの孫なんすよね。きっとすごい力が眠ってるんすよ」
エドモンドが気をつかったように言った。
というかわたしの祖母は対帝国抵抗部隊だけでなく通常のお助け隊にも名が知れているのか。
対帝国抵抗部隊は特殊部隊と言っても然程極秘というわけでもなく、割とオープンな扱いなようだ。
「おばあちゃんってすごい人だったんですか?」
「すごいもなにも、そりゃあ」
エドモンドがそこまで言いかけると、わたしたちの眼前にいたクロエさんがこちらを振り向く。
「十分打ち解けたみたいだし、作戦の確認、いい?」
クロエさんはまるで、わたしの祖母の話をさせないように割り込んだように思えた。
わたしの思い過ごしだろうか。
王都を出る前、駱駝を運ぶ前に本作戦に参加するわたし、ディアン、エドモンド、クライヴにはクロエさんから作戦の説明があった。
「まず郊外へ着いたら、こちらに協力を得ることに成功した盗賊の仲間たちの合流するわ。盗賊というか……自警団ね。やっていることは盗みだから盗賊と変わんないけど」
王都で作戦を聞かされたとき、自警団の話を聞いた。
盗賊業を働く者たちは、あくまで自警団の一端。
棟梁の交代により、自警団が二分されたようで、片方は我々が協力を得た一派。そしてもう片方が今回我々が確保する者たち。盗賊業に手を染めた者たちをこの手で捕らえる。
わたしが拳を強く握りしめると、クロエさんがそれを見ていたようだった。
「わたしが指揮をとるからには全員生きて帰すよ」
生きて帰す、か。
おそらく、というか確実に戦うことになるのだから、誰も命を落とさないなんて保証はない。
その現実が、生命の脅威がすぐそこまで迫っていると思うと、胃の中に重いものが溜まる感覚を覚える。
「ありがとうございます」
時間というものは過ぎ去るのが早いようで、郊外へ着くまでにそれ程時間を感じなかった。
郊外にこれといった外壁などはなく、郊外のある地域へ近づくにつれて民家が点々と姿を現してくる。
もっとも、廃墟のようなそれらには人が住んでいるのか見当がつかなかったが。
ただ、鉄線を組んだ柵のようなものが郊外全体を囲んでいるようだ。
駱駝を柵の外側につけ、わたしたちは柵の開いた箇所から郊外へと足を踏み入れていった。
「みんな、外套を被って」
「ん」
「エドモンド、どうかした?」
エドモンドが漏らした声をクロエさんが拾う。
「えーっと……。確かかどうかわかんないっすけど……」
エドモンドは指先で自身の顎を摩る。
彼は少し躊躇する素振りを見せてから、わたしたちに顔を上げた。
「ここの真下に、でかい地下空間があるっす。人もたくさんいる」
「ん、報告ご苦労様。自警団たちがそこに潜んでる可能性も高いわね……。どこから地下空間に繋がってるかわからないし、みんな、警戒するのよ。ただ、今回、わたしたちに協力してくれる人たちは地上に活動拠点を持っているから、今の所地下空間には入らないわ」
クロエさんは話しながら腕を組み、自身の唇の前に手を持ってくる。
クロエさんが話し終わるのと合わせて、ディアンが足元で砂利を踏む音が響き渡る。
「んで、俺たちに協力するっていう奴らとはどこで落ち合うんだ?」
「あぁ、それなら、もうそこまで来てるみたいっすよ」
エドモンドがディアンの言葉に対してそう返した。
「流石ね。音波の超人、エドモンド……。その音波による探知能力を持つ」
「お、その通りっす。まぁ索敵だけじゃないっすけどね」
「それはおいおい見せて頂戴」
「了解っすー」
それから暫くもしないうちに、二人の男性がわたし達の前に現れた。
二人は身に纏った黒い外套の、頭部を覆い尽くしていた布を払う。
わたしたちもそれにならう。
肩につくほどの長めの黒髪を、全て後ろに流している細目の男性。
そしてもう一人は定期的に切っているのであろう短い金髪の男。厳つい顔をしている。
二人共、外套の上からでもわかるが、身につけた背広がはち切れそうなクライヴと、同じくらいの屈強な体格を彼らは持っていた。
歳は三十から四十くらいだろうか。その顔からは、貫禄さえも感じさせる。
これが自警団の人間か。自警団というのは王政の統率が行き届かない郊外などの無法地帯で、自衛、そして治安維持・改善を目的とする団体のことらしい。
初めて対面する組織の者達の気迫にわたしは圧倒され、足が竦むようでいた。
会釈をすると、クロエさんはわたし達の前に出、二人と握手を交わす。
「あなた達が今回わたし達に協力してくれる自警団の仲間ね。わたしはクロエといいます。国家安全保障支援部隊隊員、クロエです。部隊では教官をやっています。今回の作戦の隊長よ」
「お待ちしておりました、クロエ様。わたし共は前棟梁の息子、ヘンリー様の側近です。わたし共があなた達をご案内させていただきます。ヘンリー様がお待ちです」
単発の厳つい男の方がそう言うと、二人は外套を顔を隠すように被り、歩きはじめる。わたし達も同じようにした。
郊外の街は、所々崩れた煉瓦造りの廃墟が立ち並ぶ、なんとも不気味なところだった。
乾いた風に巻き上げられる砂と、砂利を踏む音のみがわたし達を包囲している。
人の存在を感じさせない、無機質な街並みは、わたしの中の、これから訪れる未来への不安を掻き立てていった。
もうすぐ戦闘シーンが書けそうなのでわくわくしてます。