第14話 「第二」
「なんでわたしがこんなことしなくちゃなんないのよーー!」
「わがまま言うな。お前も教官なんだから職務は果たせよ」
クロエさんが文句を────というよりは、駄々をこねているのを、あの眼鏡の教官が面倒くさそうに宥めている。
「あとなんで普段と喋り方が違うんだ? 国家安全保障支援部……」
「長いからお助け隊でいいわ」
眼鏡の男がお助け隊のことを正式名称で呼びたがるのには、お助け隊の隊員としての誇りのようなものがあるのだろうか。
いや、彼も途中からお助け隊と呼んでいたのを思い出したので、単に気分でそうしているのか。
しかし、クロエさんはそんな彼をお構いなしに扱っている。
「お助け隊の、未来の部下達にいい顔をしたいってことか? 正直やりにくいんだが。その口調」
眼鏡の男はクロエさんに、あくまでぶっきらぼうに対応する。
あの堅物そうな彼に対しても、クロエは同等の態度でいた。
「わかった! 口調は戻す。これで満足?」
「素直でよろしい」
「クロエはいい子、だからね」
クロエさんが悪戯な笑顔を浮かべると、眼鏡の男も「やれやれだ」といった感じでクロエさんを見ていた。
二人が楽しそうに、言うなれば友のように。いや、もしくはそれ以上かもしれない。そういう感じの会話を繰り広げているのは、先ほどの第一次試験の会場とは別の部屋だ。最初クロエさんが入ってきた扉を潜ると、今までのものとは異なる内装が姿を現した。
先ほどよりは少しばかり面積は狭くなっているものの、それでも多くの人間を収容するのには十分だった。
そこには、第一次試験の際、建物の中へ入れられた人間のうち、約半数がいた。
残りの半数は第一次試験で落ちたのか。第一次試験の内容を考えるに、お助け隊に要される素質である、超人であるなら落ちることもまずないだろう。 超人ではない者が、超人と偽って志願しにくるということもあるのか。
よくよく見ると、残った半数の人混みの中にディアンの姿もあった。
二人のやりとりを見て呆然としていたアリシアは、第一次試験を受けた部屋から移動するときから、わたしの肩を掴んだままだった。
あの二人の仲のよさ、まさか二人はそういう────。
「いや、それはないよね。あの面倒臭そうな男が……」
わたしがそう呟くと、肩を掴んでいたアリシアにも聞こえたようで、すぐさま可憐な声が聞こえてくる。
「きっととっても仲がいいんだね。同じ教官同士だからかな?」
二人がいわゆる"そういう関係"である可能性は考えないのか。振り返ってアリシアの顔を見、そう思う。
しかし、思ったよりアリシアの顔が近くて、わたしは軽く仰け反ってしまった。アリシアは尚も肩に手を置いたままだ。 少し間をおいてから、何かに気づいた様子でアリシアはすぐさまわたしの肩から手を離すと、俯き、言う。
「うわわ、ごめん、エレナちゃん。こうやってするの昔からの癖で……」
わたしは笑って返そうとしたが、アリシアはどこか寂しいような、悲しいような、そんな表情をしていた。
肩に捕まるという行動が、アリシアにとっては特別な意味のある行動なのかもしれない。
わたしは落ち着いて、アリシアを宥める。
「あのう。すみません。試験はまだですか?」
暫くすると、志願者の男性の一人から声があがる。
確かにそうだ。この部屋に足を踏み入れたというもの、あの眼鏡男とクロエさんのやりとりを延々と見せられ、なかなか試験がはじまらない。
そのとき、ようやく眼鏡の男は咳払いをしたあとに、思い出したように口を開いた。
「あー……。では、これより第二次試験を執り行う。第二次試験の内容は簡単だ」
何事もなかったように眼鏡男は続ける。その前に少しの謝罪もないのか、とわたしは思ったが、あの眼鏡男の性格を思うとそれも実現しないだろう。
もっとも、彼とまともに会話を交わしたことすらないのだが。
「二人一組のペアになってもらったと思うが、そのペア同士で戦ってもらう」
「実戦……!? 今から!?」
わたしは思わず声が漏れた。わたしは能力の制御はできるようになったが、実戦で使える保証はまだない。
王都に来てから疑問や不安の連続だったが、たった今不安が一つ増えてしまった。
わたしは直後、思ったとこを口に出したことに気づき手で口を覆った。顔が熱い。
「なんだ……? あっ、お前、昨日の。少し静かに聞いてろ」
眼鏡男はわたしを見────というよりは視線をこちらに向け言った。
「ご、ごめんなさい」
わたしが謝ろうとも、眼鏡の男は気にしない様で続ける。
「それと、俺が第二次試験の教官を務めるヘレスだ。容赦なんてないと思ってくれ」
ヘレスと名乗った男は、黒縁の眼鏡を中指で位置を調節したあと、薄っすらと笑みを浮かべた。
その表情には、なんとなく気迫があった。
「まぁ、今から第二次試験を行うわけだが、その前に伝えておくことがある。第一次試験で約半数を落としたからな。二人組を組み直すぞ」
ヘレスさんの言葉は鎮静剤のように、志願者を一喝した。
いや、ヘレスさんの発言に皆困惑したといった感じだった。
「第一次試験ではなんのために二人組を組んだんだ?」
そう言ったのは群衆の中にいたディアンだ。
「第一次試験を一人一人受けさせるのが面倒だから、ただそれだけだ」
ヘレスさんは、尚も気だるげな態度でいたが、表情からは不機嫌さが伺える。
そはディアンの教官に対しての遠慮のない態度に対してのものだと、おそらくこの場にいた誰もがわかった。
「とにかく、第二次試験では能力を使って実戦をやってもらう。いいな」
横でクロエさんだけが頷く。
クロエさんは大袈裟に首を縦に振った後、ヘレスさんの言葉に続けた。
「あと、この試験は試合の勝ち負けで合否を判断するわけじゃないから。そこんとこ、よろしくね」
ヘレスさんは二人組の組み合わせを指名し整列させた。できあがった隊列を見て、ヘレスさんは言う。
「じゃあ……。今組んでもらった二人組で戦ってもらう。準備はいいか?」
「「はい!」」
わたしやディアンを含め、志願者達は高らかに返事をした。
ふと部屋の隅に目線をやると、わたしの身長の倍程の大きさの扉から、屈強な男と、少女が出て行こうとしているのが見える。
「アリシアちゃん……?」
その少女の背中は、見覚えのあるものだった。
何故あんなところにいるのだろうか。第一次試験は受かった筈だ。それなのに、第二次試験を行う予定の部屋から出て行ってしまう彼女を見て、理由の分からない不信感を感じる。
しかし、少女と男性は振り返ることなく部屋を後にする。
わたしはなにもわからなかったが、すぐに第二次試験に対する不安に、疑問は消えかけてい。
アリシアであろう少女が、遠ざかっていくのに寂しさを感じていたが。
「第二次試験、頑張ろうな」
彼はわたしの側に立ち、声をかけてくれる。
わたしもそれに答える。
「足は引っ張らないでね?」
少し挑発的に。
しかし彼は、曇りのない清々しい笑顔で言ってくれる。
「一緒にお助け隊入るんだろ? 俺はそんなことしねえよ」
「ありがと」
志願者達は、次々と自身の能力をを披露しながら、戦火を散らしていく。
わたしには新鮮なことばかりで、不安もたくさんあるけど、彼とならどんな困難も乗り換えていける、そう思える。
「次に試合を行う者、前へ出ろ」
眼鏡の教官がそういうと、わたし達は部屋の中央へ歩いていく。
わたしは真っ直ぐ前を向いたまま、横を歩く彼に語りかける。
「絶対に一緒に受かって、一緒にお助け隊をやろうね。ディアン」
彼は多分また清々しい笑顔を浮かべていたんだと思う。
彼は、自信に満ちた口調で言った。
「戦闘、開始だ────!」
更新が大幅に遅れて大変申し訳ありませんでした。
「超人」はまだまだ続きます。