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ぷにスラ  作者: 空魚企画部/文月ゆうり
学園都市編1
7/20

その7:ぜつゆる

 突然だけど、人間には、予防接種なるものがある。

 わたし達とは身体の造りが違うから、人間の病気とかよくわかんないお。

 とりあえず、怖い病気にならない様に、弱い病気の元を人間の身体にいれて、抗体を作るらしいよ。それでおちゅうしゃ、ちくって。ちくって。する、んだ、よ。


「あら、あらあらあら、空スライムちゃん、ダメねえ。緊張しちゃってる」

「すみません」


 セラくんが白衣の大人のおんなのひとに謝って、わたしのがちごちに固まった身体に触れる。戻るものかー。がちごちならば、針も通るまい。負けないおー。

 ふかっとした布の敷かれた診察台で、わたしは懸命に戦っていた。学園の敷地内にあるこの特別医療棟にセラくんに連れて来られてから、ずっと。

 今日は、年に一度の『魔妨接種』の日である。すっかり忘れていた。

 わたし達魔物は、野に放たれている間は、魔力の元である魔素にさらされて生きている。ただの魔物なら、それで良いんだよ。魔素が多いと、わたし達の心臓とも言える主体魔力の魔力量が過剰になったりする。一定量なら普通の状態なんだけど、多すぎると「ぐあー!」ってなる。「やってやんよ!」になる。

 つまり、ハッスル状態になって暴れてしまうのだ。

 人間は『バーサーカー』って呼んでる。かっこいい!

 バーサーカーになると、周りの声も聞こえない。

 あぶないよー。こわいよー。いくら言っても聞こえない。弱いスライム達は隠れるしかないね。空スライムなんか一瞬で『ぷきゅっ』てなるね。

 魔物はただでさえ、魔力の多い生き物をほしょくするから、人間には余計に怖い生き物に見えるだろうね。わたしも怖いお。

 人間の討伐隊とか、高濃度魔素地帯によく派遣されるらしいよ。見たことないから、分かんないけども。

 で、もちろん、わたし達使い魔も『バーサーカー』になるかのーせーがある訳ですよ。

 人間の側にいるのに、バーサーカーになったら目も当てられない大惨事!

 そこで取り出したるは、『魔妨接種』。

 魔素の過剰摂取を妨害するお薬ですな。

 人間と使い魔が手に手を取って、キャッキャウフフするための平和的夢のお薬ー。


 なんて思えるかこんちくしょー! と隣のミケレさん家の使い魔の狼くんも言ってた。痛い怖いご主人裏切り者ってメソメソ泣いてた。尻尾巻いてた。きゅんきゅん言ってた。それ見たミケレさん、ハアハア言って悶えてた。わんこ可愛い言ってた。


 で、わたしですお。

 今はわたしの話ですよ。

 わたしも、当然のように、ビシッとおちゅうしゃされる訳ですよー。

 確かに、わたし達スライムは痛覚はほとんどない。ないけど、おちゅうしゃは違う。おちゅうしゃは別次元。あの針を見てほしい。あのキラキラ怪しげに光って、先っちょから滴り落ちるお薬の液体。なんか、もう、ぞわぞわするー! あんな細いもので何をしようと言うのー! わたしに刺すんだよー! 知ってた!

 セラくんがずっと身体を撫でてるけど、むりむりむりむり。

 あのお薬もいただけない! 身体の中で広がってぞわぞわするのがやだー。もう、冷たいんだか、にょろにょろしてるんだか分かんないのがいやー!


「君の為なんだから」


 知ってるよー! 知ってるけど、それとこれとはどうにもならない深い溝があるんだよ。あああ、やだやだやだやだやだやだやだー!

 なんで、このよには、おちゅうしゃが、あるのー。

 野に居ればおちゅうしゃとは永久に無縁なのになー。セラくんと離れるのはいやだから、今のナシですよー。ただの愚痴ですお。みんなのアイドル空スライムだって時には愚痴も吐くし、お菓子さまを求めて徘徊もするんだよ。常識だよ。きっと魔物事典の空スライムのページにもそう書いてある。間違いない。

 涙なんか出ないスライムですが、触手を伸ばして泣き真似しつつずるずる……今のわたし、がちごちだった! だからごりごりとおちゅうしゃから遠退こうと後ずさると、セラくんの手がそれを阻止した。あくまー! セラくんのあくまー! 天使なあくまー! セラくんきゅうきょくてんしー!


「……頑張ったら、クッキー、あげるよ」


 ぴくんっと、思わずがちごちからもとのぽにゅぽにゅに戻るところだった。あぶない、あぶな……


「ババロア」


 びょんっと、わたしは跳ねた。ごにょんと着地した。ふわふわ布が無ければ、固い診察台にぶつかるところ……なんだと、わたしのがちごちぼでぃの一部が軟らかくなってる、だと……? なんでー!


「ミシェラさんの作ったババロア、特別に、あげる」


 瞬間、わたしのがちごちぼでぃは、みるみる内に溶けて、いつもの軟らか空スライムになっていた。

 み、ミシェラさんの、ババロア。

 ミシェラさんは事務員のおねえさまの名前で、様々なお菓子様を生み出す神さまである。わたしには神さまとしか思えない。神さまなんか信仰していない、むしろ敵対すべきわたし達だけど、神さまの意味くらい知ってる。

 とうとい存在なんでしょ! お菓子様を生み出すおねえさまはとうといと思う。だから、神さまとは事務員のおねえさまのことだと見つけたり!

 あああ、ババロア。ババロア様。ババロアだいおう様。食べたい。すごく食べたいおー!

 想像しただけで、身悶えしてしまう。魔法で冷やしたつめたーいババロアだいおう様は、すごーーーく、おいしいんだよー! きゃー! ババロアさまー!

 ぐでんぐでんになったわたしを、セラくんがぐわしっと掴んだ。


「今です先生」

「了解よ! セラちゃん!」


 先生がウィンクした瞬間、おちゅうしゃがキラリ光ったのが見えた。

 ま、待って、待って、待って、ちょっと待って!

 あ、ほらほらほら、わたし空スライムじゃないですよ! 見て見て見て! ほら、にゃんこの形になるから! 空色だけど、形はにゃんこだから! わたしにゃんこですお! だからおちゅうしゃ待って! にゃ、にゃーにゃーにゃー…………あーーーーーっっ!


 わたしの叫びなんて聞こえないかのようにーー実際に聞こえてないけどね!ーー、無情にも針がぶしゃあっとして、わたしの中にお薬が注入されていった。待ってって言ったのにひどい。

 入ってきた液体のせいで、身体がブルブルする。すっごいブルブルする。気持ち悪いー。おあああ、止まんないー。

 ブルブルするわたしを掌に載せて、ぺこりとセラくんは先生にお辞儀した。


「ありがとうございました」

「んー、良いのよー。空スライムちゃんは、白スライムちゃんや黒スライムちゃんと違ってあの手この手で逃げようとするから、楽しくって」


 ブルブルするわたしを先生は言葉通りに楽しそうに見つめている。なんと言うどえす。

 先生の白くて長い指がつんっと、わたしの身体をつついた。なにそれ、色っぽい。


「でも、魔妨薬を注射しちゃったから、しばらくは甘いもの禁止よ?」


 ブルンッ! わたしの全身が衝撃の言葉に一際強く震えた。

 な、なななななななななんで!


「あら? 空スライムちゃん、去年も注射してるのに、忘れちゃった?」


 わたしの様子に、先生が困ったように首を傾げる。

 あれ、あれあれ、去年は、どうだったっけ? 身体がブルブルすることくらいしか覚えてないおー!


「あのね、空スライムちゃん。魔妨薬はちょっと繊細な性質で、食べ物に気を付けないと、効果が薄れちゃうの。んー、コレ、去年もお話ししたんだけど」


 そうだった? お、覚えてない。ブルブルしか。


「それで、学園指定の使い魔ちゃん用の食べ物しか、摂取しちゃいけないのよ? んー、個体差があるから、十日は我慢してね」


 言われた瞬間、わたしはブルブルしながらへなへなとセラくんの掌に崩れ落ちた。

 十日、十日も、お菓子様とさよなら……。なんで、わたしが、いったいなにをしたと言うの……と言うか、あれ、だって、さっき、セラくんが……

 弱々しくセラくんに視覚センサーを向けると、何かを感じ取ったらしいセラくんはふいっと視線を逸らした。とっても、気まずそうに、見えた。


 だ、騙されたーーーーー!




 傷心のわたしはブルブル震えたまま、セラくんによって特別医療棟から連れ出された。ちなみに、特別医療棟の何が特別かと言うと、わたし達使い魔用の医療棟だからだよ。いらない、そんな、特別。

 ブルブルし続けるわたしに、すれ違う生徒や先生の視線が集まり、ジョイノくんに至っては声を上げて笑ってた。おのれ許すまじ。ジョイノくんのお風呂が黒スライム風呂になる呪いをかけてやるお。

 更に傷付いたわたしに、通りすがりのリュオくんがアメちゃんをくれようとしたのに、セラくんが「食べられないから」と断ってしまった。アメちゃーーーん!

 アメちゃんは食べるものじゃないよ。舐めるものだよ。言い張ったけど、セラくんは聞いてくれない。セラくんも魔物語話そうよー。

 寮に戻ったわたしは、わたし専用の籠ベッドに潜り込んでふて寝するのだった。

 夢の中では、クッキーさんとチョコチップクッキー様とロールケーキ様とアメちゃんとババロアだいおう様が、エン・シュガリアンを囲んで踊り狂っていた。これはきっと古来よりお菓子界に伝わるとうとい儀式に違いない。

 きっと明日の夜には、ジョイノくんのお風呂も黒スライム風呂になってる。わたし信じてる。




 悪夢の魔妨接種から数日後、わたしはスライムの集い(今命名した)に参加していた。

 いかに魔妨接種がひどいものであるかをびゅんびゅんびょんびょん跳び跳ねてーー黒スライム先輩の全長より跳んだーー、熱弁したら白スライムはきょとんとしてた。解せぬ。

 痛くないのに何で? だって!

 おちゅうしゃと言うだけで悪だと思う。

 黒スライム先輩は、わたしを触手でぽんぽんした。


『チュウシャ、ガマン、スル、ヨクナイ』


 わたしはまさかの同意にびっくりして、跳び跳ねた。

 黒スライム先輩も、おちゅうしゃが嫌いなのかなー。

 我慢が良くないと言うことは、もしかして黒スライム先輩は、おちゅうしゃしてない? なんで? 抜け道があるのそうなの?

 尋ねたわたしに、黒スライム先輩はどっしりと構えて答えてくれる。


『ゲンリョウノ、マコウセキ、ノミクダセバ、イイ』


 魔抗石ーー魔素を退ける力があって、魔妨薬や学園の鉄壁の材料になってる大きな黒い石ーーって、未加工品じゃ意味ないんだよ? 加工前で効能得るためには塊じゃないとダメなんだよ? スライムからしたらあんな大きくて硬い石なんか、バリバリ飲み下せて魔妨以外の影響が出ないのなんて大型魔物だけじゃないですかやだー。スライム界じゃ黒スライム先輩だけじゃないですかやだー。……やだー。


 …………来年も、おちゅうしゃ、けってーかあ。ぐしゅ。


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