その5:クラスメート
基本的に、使い魔は暇なのである。
こんなにかわいくてぷにぷにしたアイドルなわたしですが、毎日毎日アイドル活動を行っている訳ではないのだよ。
日夜人間界に溶け込もうと、セラくんと授業を受けてー、左から右に流してー、一人遊びしてー、セラくんにぷきゅってされてー、セラくん素敵ー! をひたすら主張してー、黒スライム先輩に挨拶してー、白スライムとひゃほーいしてー、ほうろうしてー、お菓子様をもらってー、おにゃのこひゅー! とかやってー、あれ。
なんと言うことでしょー。これっぽっちも暇じゃないお! やることいっぱい! なのに何でわたし、暇とか言ってんのー! 言わずもがなでジョイノくんのせいー! ジョイノくんが昨日わたしを暇スライム呼ばわりしてたからだー。 ジョイノくん、ぎるてぃ!
わたしは勢いよく、お昼休み、教室で談笑中のセラくんとジョイノくんとリュオくんに突っ込んで行った。ほあー!
「いて、いや、痛くないけど、やめろよ、ソラコ! 何でいきなり叩いてくんだよ!」
「……」
「セラも黙ってないで止めろよ!」
「ま、まあまあ……」
ぽてぽてぽてと、触手乱打攻撃に、ジョイノくんも音を上げた。やったー! 空スライムが優位に立ったお! ぽっにゅぽにゅにしてやんよ!
「何だ、何でそんなに元気なんだよ」
暇だからさ! 忙しいけど、暇だからさ!
ジョイノくんにむんずと掴まれて、わたしはそのままセラくんに返却された。セラくんはそっと、制服の胸ポケットにわたしをしまう。やーめーてー、しまわないでー。まだ終わらないのー。
しまわれたわたしに、ジョイノくんは苦笑するし、リュオくんはホッとした顔をする。先日の水溜まりにダイブ事件が尾を引いてると見た。尾が引きっ放しだね。ごめんよー、リュオくーん。
「ソラコの話をしてたのが気に食わないのか?」
ジョイノくんが懸命にポケットから出ようとしては、セラくんに押し戻されているわたしを見てそんなことを言う。
え、なになになに? わたしのお話? わたし、可愛い? お菓子様くれる?
興味津々のわたしに「ああ、これは話聞いてなかったんだな」と、ジョイノくんは呆れ顔。む、失礼な。たまたまわたしは今を生きてなかっただけだお。過去を生きてただけだお。過去のジョイノくんとお話してただけだお。ジョイノくんへの制裁に夢中になっただけー。
「……小さいから、良いって訳じゃねえよなー」
わたしを見ながらしみじみ言うジョイノくん。え? なにー? 小さいアイドルスライムに審議もうしたてー? ぷきゅってするのにちょうどいい大きさですお。
リュオくんもジョイノくんに何か言ってやってーと、リュオくんに触手を伸ばしたら、セラくんが折った。ちょっとセラくん、触手は折るものと勘違いしていないかい? 触手は本体ごと愛でるものだよ?
と言うか、さっきからなんのお話ー。
「……本にあったよ。大型の、魔物、使役したひと、いるって」
リュオくんがわたしにビクビクしながら言う。
大型の魔物? しえき? もしかして使い魔?
「……うわー、マジか。こんなに小せーのだけでも大変なのに、大型とか正気じゃねえよな」
「大型なんて、今はそうそういないからね」
セラくんはジョイノくんに頷く。大変は否定しないのかー。しょんぼり。
でも大型の使い魔かー。スライムでは黒スライム先輩とか、わんこ型とかにゃんこ型とか、比較的小型の使い魔しか知らない。鳥さんとかもいるけど、小鳥だしねー。前にご主人にプレゼントするとかで、お花をくわえて飛んでたー。押し花にして栞にしてくれたらしいよ。
リュオくんが控えめに、何かを思い出しながらさっきの続きを言う。
「ただ……、住居を、その、倒壊されたりして、大変だったみたい」
「それは……」
「経済的にも大打撃だな」
しみじみと三人は頷き合う。
それに比べてわたしの小回りの良さ、こんぱくとさ、愛らしさ、どれを取っても、ぱーふぇくと! こんなすごーいスライム、他にはいないね! 異論は認めなーい。
「まあ、使い魔を得る時は得るんだし、大きさで選ぶもんでもねえし。そもそも使い魔にそんなのは関係ねえもんなー」
朗らかに笑うジョイノくんに、ふと、セラくんの口元が微かに弧を描いた。セラくんは表情が乏しいから分かりづらいけど、これは嬉しそうに笑っているのだ。セラくんが嬉しいんなら、わたしもうれしー!
使い魔の話題をこんなあっけらかんと出来るのも、嬉しいんだと思う。使い魔は珍しいもん。
使い魔と契約者の契約の仕方や、その性質から使い魔自体の性能はあんまり気にされないらしい。使い魔自身の能力が高ければ高いに越したことはないけれど、重視される部分ではない。と、学園の先生が申しておりましたー。ちゃんと授業も聞いてるんだよー。
使い魔は、契約者と魔力を繋ぎ合う。その相性と時期が大切らしいね。
わたしとセラくん、時期とか考えてなかったけども。心の赴くままにー、ガッチリ結んで使い魔契約しちゃったけども。
そもそもわたし達に使い魔契約をりろん的に説明されても、分かんないお。
わたし達は理性じゃなくて本能で生きてるんだもんよー。カーッと来たら、ダーッと走り出す。そんな生き物なのー。
真面目なお話中だってずっと、セラくんの胸ポケットから逃げ出そうとセラくんとの攻防を繰り広げてたし! しゅっ、ひゅっ、しゃっ、と触手を繰り出してもことごとく防がれちゃう。無表情で防がれちゃう。セラくん、すごーい。でも厳しー。胸ポケットから出たいー。
「……まあ、お前らはそれで良いんだよな」
「そう、だね」
ジョイノくんの目が優しい。リュオくんはこくこく頷く。
良い話にまとめられてますけど、わたし達ずっと、ぴしっ、ぱしっと攻防戦してるからね? わたし達の戦いはこれからもだ状態だからね? いい加減援護してよー!
やっぱりスライムは暇してたらダメだお。ちょっかいかけたら最後、ポケットにしまわれるとかどんな怖い話なのー。スライム界の百怪談集に入れるのけってーだね!
なんとかかんとか、セラくんとの攻防戦を脱して廊下に出ると、ぽちょぽちょと進む。忘れてたんだけど、黒スライム先輩に呼ばれてたんだよー。昼休みに、校舎裏にー。まあ! ありもしない胃がきゅっとなりそうな響きー。
「あ、空さん」
む! 突然呼ばれた声に、おにゃのこセンサーが反応したお! 普通に視覚範囲内から声をかけられたけどね!
声をかけてきたおにゃのこは、セラくんのクラスメートだよ。金色の肩までのゆるふわな髪型に、柔和な笑顔のおにゃのこだよ。わたし、クラスメートさんはみんな覚えてるからね! えらーいでしょー。クラスメートさん、二十人もいないけども。お名前も難しくて覚えられてないお。わたし、ざんねーん! そんなわたしも愛しい!
おにゃのこは手に掌に乗るくらいの大きさの箱を持っている。なにそれー。
「む、セラさんは、いらっしゃいませんね?」
キョロキョロと、辺りを見回してからおにゃのこは「ふふ」と笑うと、わたしを空き教室へと手招いた。なになにー、秘密のにおーい。ドッキドキ!
わたしは迷うことなく着いていくー。おにゃのこから良い匂いがしたのだよ。
空き教室に入るとおにゃのこが「しー、ですよ」と唇に指を当てて言った。やだ、なにそれ、カワイー。わたし喋らないから、意味ないけど、可愛いー。
「良かったですよ、空さんがひとりでいて下さって。セラさんがいたら、大変でした」
お? これはドキがムネムネな予感? 当たり? 当たり?
おにゃのこは、にこーと楽しそうに笑うと、「じゃーんです!」と、わたしの前に箱を取り出して、蓋を開けた。
ふ、ふおおおおぉぉぉっ!
箱の中には、白く輝く、ろ、ロールケーキ様がおわしたー! 一切れ分だけど分かるこの輝きは、ツィオーネ教授のロールケーキ様だーーー!
びょんこびょんこと跳び跳ねるわたしに、おにゃのこは嬉しそうに笑う。
「空さんに差し上げます。この間のお礼です」
い、良いのーーー! 本当に、食べて良いのーーー! ふおーーー!
狂喜乱舞してロールケーキ様に飛び付くと、さっそく、ロールケーキ様を咀嚼する。
くうう、この身体に満ちるふわふわした甘さ、香り、たまらんお!
「セラさんには内緒ですよ。無言で睨まれるのは怖いですものね」
ねー? わたしなんかぐわしっされるからねー。
このおにゃのこはお礼として、ロールケーキ様をくれた訳だけど、たぶん、この間迷たんてー気取りで教室をうろちょろしてた時に、おにゃのこが探してた課題の魔法薬入りの小瓶を見付けたから、あれの事かなー? 転がって、教室のロッカーの隙間の奥に入り込んじゃってたのー。迷たんてーが名たんてーになっちゃった瞬間だお。
あの課題むずかしすぎるらしくて、作り直してたら、提出期限に間に合わないんだってー。人間社会は大変!
「空さんのお陰で、優がもらえましたよ」
いやいや、おにゃのこが頑張ったからですよー。わたしなんて教室を這い回ってただけだお。
あの課題はセラくんもジョイノくんも、苦労したみたいだし。
よく、分かんないんだけど、セラくんのクラスは魔法とくしんクラスとかで、魔法に関してとくにゆうしゅーな生徒が集められてるんだって。セラくん、すごーい!
で、魔法関連の授業がとくにむずかしいんだって。本当に大変だ。
学園には学科が細分化されてるみたいで、魔法を剣術にもおうようした科もあるって、ジョイノくんが。ジョイノくんは元々、ちゅうとーぶはそこだったらしいんだけど、魔力の素養が良かったから高等部から転向したんだって。ジョイノくん、なかなかすごいな。
だから、一組は人数が少なめなんだよー。らいばる意識がすごいのかなーとか、思うけど、協力し合わないと課題がこなせないから、仲が良いひと達が多いよー。お菓子様もくれるひと多いよー。
本当は和気あいあいしてる特進クラスは珍しいらしいけどね。
「……空さんのお陰ですよ」
……びっくりした! 今わたしの声が聞こえたのかと!
でも違った。おにゃのこはふふふと笑う。
「空さんのお陰で、特進クラスは毎日賑やかで楽しいんですよ」
そう言うもの? わたし、えらい?
「私、特進クラスで良かったです」
おにゃのこの優しい声に、わたしはおにゃのこをじっと見た。
あのね。
ーーわたしも、セラくんも、あのクラスで良かったよ。
伝わらないだろうけど、そう強く思った。
その後、教室に戻ったわたしとおにゃのこは。
おにゃのこはセラくんに無言で睨まれて、わたしはぐわしっされた。
ふたりでしょんぼりしたお。
なんで分かったのー?
そして、すっかり黒スライム先輩の呼び出しを忘れてたわたしは、あとで悲しい目に合った。
何があったかは、ご想像にお任せするお。しょぼん。