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ぷにスラ  作者: 空魚企画部/文月ゆうり
学園都市編1
4/20

その4:あめのなかで

 ぼんやり、のんびり、ゆらり、ふわり。

 そんな気分で探索したいお年頃なんですー。

 自由気ままになんて、とってもわたし達らしい!

 だから、行く手を阻まれたくないんですー。

 ぺにょぺにょと目の前に見える掌を触手で叩いても、びくともしない。さずかは、最弱空スライム。その名に恥じないぜいじゃくっぷり! でもそんな種族に忠実なわたしが好きー! 自画自賛ー! ひゅー! さすがはセラくんの使い魔さまだぜー! かっこいー! 誰も聞いてないから言いたい放題ー!


「……えっと、今日は、少しだけ、ぼくと、お散歩しよう」


 わたしから目線をずらしてしどろもどろ。あっちこっち泳いでるおめめが、君の心情を物語っているよー。

 今日は、ほうろうするにはあいにくの雨模様。だから、放課後の自由な時間をゆうこーかつよーしようと、事務員さんのいる総合棟へ生存ほんのーの訴えるがままにお腹をくうくうさせて向かっていたと言うのに。総合棟へ入る直前で止められちゃったんだお! おめめ泳いでるリュオくんに!

 リュオくんはわたしの触手を退けると、そっと……違う! ビクビクしながらわたしの身体を掌に乗せた! もしかしてまだ味見の件が尾を引いてるのー? わたしの美食家根性がこんな悲劇を生むとは! 大丈夫! リュオくんはわたしの主体魔力とちょっと相性が悪かったけど、まずいわけじゃないんだお! ただ、ちょっと、お肉のつもりがお魚だった、みたいな。加糖のはずが微糖みたいな。おさとうとお塩を間違えちゃうレベルじゃないから! だから安心して! あくまでも好みの問題だから! わたしにはちょっと合わないだけで、白スライムには合うかもだし! あ! 黒スライム先輩ならよゆーで、合うよ! 黒スライム先輩の好みは、この学園に通えちゃうくらいの魔力持ちだから! ね! だから元気出して!

 万感の思いでそう励ますと、リュオくんは何故かびくりとした。


「あ、あれ、今悪寒がした……?」


 なんと! それは大変だ! さあさあ総合棟の医務室へ行こう。大丈夫、わたしが案内するお。


「あ、あ、待って、待って、駄目だから、まだ行っちゃ駄目だから」


 あっさり人助けは阻止されましたー。

 リュオくんの手の中で大人しくなる。

 何で入っちゃダメなのー。入り口の磨りガラスの向こう側では忙しそうに大人の人達が走り回ってるのに。


「ちょっと、今は、駄目なんだ」


 それだけ言うと、リュオくんは総合棟に背を向けて歩き出した。雨はもう小雨で、傘さえあれば問題ない。リュオくんは傘を差すと、片手にわたしを持ったまま、中庭の方へと向かっていく。わたしは教育棟からの連絡通路を通って来たんだけど、人間に持って貰ったまま雨の降る中、外の風景を見るのは楽しい。匂いも違うのが面白いし、雨の日は何だがいつもより静かで、世界は大人しくなる気がする。雨の日には少しだけ魔物が大人しくなるとか聞くし、雨は魔物の主体魔力に影響を与えるのかもしれないね。ツィオーネ教授なら、何か知ってるのかもー。わたしには期待しないで欲しいお! わたしに分かる訳がないよ。雨の日はほうろうしづらいとしか思ってないからね。使い魔と野良魔物の違いかも。

 

「…………君は、知らない、よね」


 ちょっとだけおべんきょうモードなことをしていたら、リュオくんがぽつりと溢した。どうしたのかなと、リュオくんの顔に視覚範囲を固定したら、人間には分からないはずなんだけど、感じるものがあったらしい。わたしに慌てて誤魔化しの笑みを向けた。


「な、何でも、ないよ」


 ぬぬぬ。何かあったらしい。リュオくんが悩む素振りをしている。分かるよ。分かりやすいよ。教育棟で何かあったのかな。だから騒がしいのかな。

 リュオくんは嘘をつくのが難しいおのこである。本人は頑張ってるんだろうけど、分かりやすく動揺しちゃう。人間の心が分かりにくい魔物にバレバレとか、リュオくんは大丈夫かな? スライムおねえさんは心配だお。わたし、リュオくんより確実に年下だけどね。スライムだから、人間の年は関係ないよ。今わたしが、きーめーまーしーたー!


「……そっか、そうだよね。君達は、ぼく達とは意思の疎通が、図れないんだ。そっか……」


 じこかんけつですね、わかります。

 どこかホッとした風に、今度は力の抜けた自然な笑顔を見せてくれた。


「ちょっと、ね。失くし物しちゃったんだ。大事な、もの」


 なんと! 大事なもの! リュオくん、大変じゃないですかー! ゆっくりぽにょりんとしてる場合じゃないよ! あれでしょ! にゃんこのにくきゅう……間違えた。にゃんこのおてても借りたいくらいの一大事だと思う。あ! 借りる? 借りちゃう? 空スライムのおててならぬ、触手(おてて)借りちゃう? 出すよ? どばっといっちゃうよ?

 ふんっ! と気合いを入れて数十本の触手をドババと出したら、リュオくんが悲鳴を上げて飛び上がった。わたしを投げ捨てないリュオくんは、紳士ですね。


「な、なな、なに、ど、どうしたの?」


 リュオくんはビクビク、ガクガクと、真っ青な顔で……あ、知ってる。この顔。どん引きって言う顔だ。ずっと前に、移動しようとした時に楽をしようとしてジョイノくんに触手をたくさん巻き付けた時の、ジョイノくんの顔といっしょ! だって、自分で這い寄るよりも、引き摺ってもらった方が早いんだもんよー。あの後ジョイノくんが抗議してセラくんにぷきゅってされたんだお。いつも通りに! 日常茶飯事! ぶれない空スライムだお!

 まあまあ、リュオくん、落ち着いて落ち着いて、失せ物探しならこの迷たんてー空スライムさんにお任せだたお! この間だって、クラスのおのこがこっそり隠し持ってたクッキーさんを見付けたんだよー。美味しかったんだお。あ、これ、セラくんにはナイショだよ。まだバレてないから。まだ大丈夫だから。ね? ね?

 うごうごと触手が中庭の茂みを掻き分ける動作で、リュオくんにも伝わるものがあったらしい。リュオくんは「ああ、そっか」と頷いてわたしの触手を止めちゃう。あれー?


「失くしたのはぼくじゃないから、大丈夫。ごめんね、ちょっと、説明、足らなかった」


 そっかー。リュオくんじゃなかったのかー。それは良かった良かったー……じゃなかったー。結局なくしちゃった人がいるんじゃないですかやだー。

 リュオくんが後ろを振り返った。もう見えないけどその先には、さっきまでいた教育棟の出入り口がある。

 んん? もしかして、なくしたのは、教育棟の人達? 教育棟でなくしもの? なにを? 教科書? ノート? ペン? プリント?

 あれ? あれ? でもなんでリュオくんがそれを知ってるのー? わたしみたいな害のないアイドルスライムすら入れないんなら、生徒のリュオくんもダメなんじゃないの? え? さべつ? これが世に言うかくさしゃかい? せちがらいお。

 リュオくんはまた視線をずらすと周囲を見渡してから、しゃがみこんだ。ちょうど中庭の木々で隠れる辺りで。おお、地面が近い。水捌けが悪いのかでっかい水溜まりがある。


「……これは、ナイショ話、だよ」


 声を潜めて言うリュオくんに、わたしはサササッと触手をしまうと、ぴんっと身体を軽く伸ばした。これは、真面目なお話の予感。セラくんなら、少しでもわたしが不真面目になろうものなら、もんどうむよーでぐわしっされる場面だお。

 聞く姿勢になったわたしに、リュオくんは続けた。


「ぼくの実家は、ちょっと、なんて言うのかな、偉いひとの家でね、色々手広く商売も、やってるんだ」


 しょーばい。お菓子様を作ったりとか?


「取引先のひとつが、この学園都市なんだけど、その取り引きした物がね、小さい物だけど、ひとつだけ見つからないんだよ」


 小さく、他の誰にも聞こえない様に、リュオくんは囁く。

 それは、えっと、大変なの? かな? 小さいもの? たくさん取り引きしたものの中のひとつだけ?


「……分かったのは今朝なんだと思う。たぶん、いつ失くしたのかは、分からないんだよ。ぼくは学園から呼ばれた家人をさっき案内したから、知ってる、だけで。詳しい、話までは、分からない」


 リュオくんが言うには、今は使い魔が我が物顔で入ってきちゃうと、セラくんにも迷惑がかかるかもしれない、らしいよ。人間の事情はよく分かんない。何をなくしたかまでは、言えないみたいだし。面倒くさい大人のじじょーって奴だね。


「でも、あんな小さな物じゃあ、何かを、出来る訳でも、ないんだけど、ね」


 じゃあ、あんまり問題なし? 学園の管理体制云々で慌ただしいだけ? 大きなそしきは、そう言うの大事らしいもんねー。リュオくんのお家もその辺にも関わってるのかな。学園のうんえーなんてスライムには分かんないもんね。

 地面の水溜まりに映るリュオくんの顔は、それでも浮かないまま。


「大丈夫な、はずなんだけど、君は……うん、注意した、方が良い、かな?」


 何で? 何でわたしが注意するの? あれ、危ない? 実は対スライムでヤバいものだったりするの? なくしものこわい!


「君は、自由すぎるから、何かありそうで、こわい……」


 リュオくんの傘の先っちょから滴が落ちて、わたしの身体に落ちた。リュオくんの瞳はわたしをじっと見つめてる。何となく、リュオくんがわたしにこの話をした理由が分かった気がする。

 本当は誰にも話しちゃいけない話だったんだ。今も顔色が悪いもん。でも、わたしに話した。

 この間と一緒で、リュオくんなりにわたしを心配してくれてるのだ。

 使い魔は珍しい。よく知ってるお。

 まあ、心配しなさんなと、リュオくんの手をにぎにぎしておいた。

 リュオくんは弱々しく笑うと、立ち上がろうとする。これでナイショ話はおしまいなんだろう。もしかしたら、ひとりで抱え込むのもつらかったのかな。わたしなら、誰にも言わないしね! どんどん話せば良いよー。

 まあ、だかしかし、待って欲しいお。これで終わりとはまだいかないお。これでもわたしは我慢した方なんだよ。ずっと我慢してたんだよ。でももう無理。キラキラが視界の隅で踊ってて、堪えられそうにないおー!


「え? なに? えええぇぇぇっ」


 リュオくんが狼狽えて叫ぶのと、ズシャアアアアアアッとわたしが地面の水溜まりにダイブするのは同時であった。

 優雅に水溜まりを泳ぐわたしと、跳ね返った水に濡れて呆然とするリュオくん。とってもシュール。

 だって、だって、ずっと真面目なお話だったから我慢してたんだけども、こんな立派な水溜まりがあったら飛び込んでみたいのがスライム心と言うものだお。ずっと視覚範囲の半分は水溜まりに固定していたのだよー。うずうずしてたんだよー。わたし頑張ったー! ドロドロ楽しー!


 まあ、セラくんの元に帰された際に、リュオくんとわたしの惨状から、ぐわしっされた事は言うまでもないお。

 結局、なくしものがどうなったかは分かんないんだけど、学園で騒ぎは起きてないから、大丈夫だったのかな。人間のことは使い魔には伝わってこないから、何とも言い難し!


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