その2:ひとり遊びと言うらしい
ゆらん。肩が揺れる。ゆらん。わたしのからだが波打つ。ゆらん。指が背を撫ぜる。くるん。お腹すいた。ぽとん。お口に入れられた美味しいもの。
わたしの揺り籠は、いつもいつも、セラくんの肩だけ。
ハッとした。今、夢見てた。わたし、眠ってた。きゃー、はずかしー。
きょときょとして周りを見ると、みんなは黒板に板書された内容をノートに書き取ってる。ここはセラくんの教室。今は、授業中。了解した。
セラくんの肩で居眠りしちゃったらしいわたしは、誤魔化すようにプルプル震えてみた。あれ、なんか、視界がおかしーい。藍色が眼前に広がってるよー。
あ、わかった! ここ、セラくんの背中だ。ふおおお、肩から背中に移動しちゃってた。はずかしー。寝相わるいー。
セラくんの肩に戻ろうとして、ちらりと背後を見る。セラくんの後ろの席のリュオくんと目が合った。正確にはスライムの視覚センサーに引っ掛かった。リュオくんがびくっとした。なんもしないよリュオくんー。
リュオくんに視覚範囲を固定して、にじにじとセラくんの背中の真ん中に移動する。
リュオくんー、ノートの書き写し終わったー? リュオくん、なんか、用ー?
「うぅ……」
なんか、リュオくんが、小さく呻く様な声を出した。なんで身構えてるのかな。なんにもしないのに。
リュオくんは、セラくんとはクラスメートと言う関係で、あんまり話さない。口数が少ない大人しい男の子。
あれだよ。しょーどーぶつ系だお。前にクラスのおにゃのこが、可愛い言ってた。セラくんは天使だけどね!
「あ、あっち、もどって……」
リュオくんが小声でセラくんの肩を指差すから、わたしは仕方なくにょっにょーんと触手をセラくんの肩に伸ばした。二本の細い触手がセラくんの肩にがしりとくっつく。リュオくんがほっと息を吐いた。ごめんねーリュオくーん。授業中だもんねー。真面目にわたしも授業受けるおー。
そのまま、セラくんの肩に戻ろうとして、わたしは天才的ひらめきを得た!
これって、あれだよ。あれ出来るよー。見ててリュオくーん。
わたしをじっと見ていたリュオくんにひらめきを披露すべく、わたし、頑張った。しっかり触手をセラくんの肩に固定したまま、わたしは勢いよく空中に躍り出た。振り子の原理でひーとーりーブランコーーー!!
説明しよう! ひとりブランコとはその名の通りにセラくんの肩にぶら下がってブランコの如くぎゅんぎゅんする事であるー! 背筋がまっすぐなセラくんの肩だからこそ出来る芸当だお! セラくん、かっこいー!
「ぶふっ!」
わたしが空中ブランコセラくんスペシャルを始めた瞬間、リュオくんが吹いた。咄嗟に口を片手で塞いで、もう片手は塞いでる方の腕をつねっている。その不思議光景をわたしはぷらんぷらんしながら見てる。リュオくん、どしたー?
ぷらぷらしつつセラくんの肩から触手をいったん離して、ぐるんっと一回転してからまたセラくんの肩に掴まると言う小技を披露すると、リュオくんはぷるぷる震えた。
わたしは閃いた。人間の世界にはあんこーると言う制度があるんだって! きっと真っ赤な顔をしてぷるぷる震えるリュオくんはあんこーるしているにちがいなーいよ!
わたしの中のさーびす精神が炸裂した!
さあ、リュオくん! 我が奥義を見るが良いですお!
わたしは勢いよく舞い上がると、ぎゅるるんと三回転半ひねりを披露してリュオくんを、どやあっと見上げた。瞬間、リュオくんは盛大に吹き出した。慌てて今度は両手で口を抑えた。
「どうした、クランタ。具合でも悪いのか。顔色良くないぞ」
「い、いえ、そんな……!だ、だいじょ、ぶ、ですから……っ」
担当教諭の心配そうな問いに、リュオくんが両手を振ってあたふたと、否定する。クランタはリュオくんのおうちの名前だよー。
先生の言葉にわたしは慌てた。リュオくん、そうだったの。あんこーるじゃなくて具合わるかったんだねー、だいじょうぶー?
すっかりしゅんと落ち込んだリュオくんに、わたしは元気になってもらいたくて、とっておきのネタを披露した。
セラくんの背中で三角形にびろーんと広がって、マントーーー。
リュオくんは必死に机に突っ伏してぶるぶるした。わたしは失敗したらしい。了解した。しょんぼりとセラくんの肩に戻った瞬間、むんずと掴まれて、にゅるんとセラくんの肩から引きずり下ろされた。わたしはセラくんの手の中にいた。セラくんがじっとわたしを見つめる。わたしもセラくんをじっと視角範囲を固定して見つめ返した。
なんだいセラくん! 授業中だけど遊んでくれるのー? そう期待した瞬間、ぱにゅんとセラくんに叩かれた。なんでー?
「――悪い」
「……え? え?」
授業が終わった後、セラくんがリュオくんに頭を下げてリュオくんを慌てさせた。
そして、そっとノートをリュオくんに差し出す。セラくんのノート、すごーく、きれーらしいよ。よくわかんない。
「さっきの授業、ちゃんと書き写せてないだろ? 使って」
「あ、ありがとう」
「いや」
リュオくんがおずおずとノートを受け取った後、またセラくんにぱにゅんとされた。リュオくんがびくっとした。
だから、なんでー?
授業、あんまり面白くないー。人間もあんまり面白くないんだってー。なんでやるのー?
お昼休みにゴロゴロと中庭の芝生を転がると、お上品な白スライムがひょこりと現れた。お邪魔しますわねーって言ってる。
白スライムは、三年生のジョナサン先輩の使い魔なんだよ。わたしはセラくんの使い魔だけどね! ひゅー! セラくん、ひゅー!
学園の高等科にはちらほら、そんなに多くないけど使い魔さんがいる。使い魔は珍しいんだって。
未だに学園の仕組みがよくわかんない。
さいのーある人間は魔力が体内に分散してるんだって。だからそれを練り上げて明確な力に作り変えて外へと放出する。それが人間の魔法。それを教えるのが学園。わたし達はそんな風にややこしい事はしないのに、人間は大変だ。
白スライムがぷるんと震えると、ぴょんと跳び跳ねた。何かなと見れば、黒スライム先輩のお通りである。わたしもぴょんと跳ねた。スライム同士の挨拶である。主に格下が格上に対してやる挨拶で、格上さんはどっしり構えていればよい。
空スライムが最弱なら、黒スライムはスライム界最強である。わたしの十倍の大きさだから、人間に連れられる時は隣を這って追随するんだよー。
『アマリ、アルジ、メイワク、カケル、ナイ』
おおう、黒スライム先輩からまさかのお叱り。しょんぼり。白スライムがぴっとーんとぶつかってくる。弱いスライム同士の慰めだよ。白スライムやさしー。
ちなみに、黒スライム先輩はスライム界最強なだけに、かしこーいんだよー。喋るの。黒スライムの魔力をへんようさせて、人間の言葉に聞こえるように音にしてるんだって。意味わかんなーい。黒スライム先輩、すげーですよ。
『オレ、アルジ、ツギ、キョウベン、トル。ジャマ、スル、ナイ』
たどたどしい人間語らしいけど、わたし達にはなんて言ってるか伝わってるよー。本来、わたし達は魔力でお話するんだよー。意味わっかんなーい。人間は何でもかんでも意味を持ちたがるから、大変だね。
魔力云々、言語云々、生態云々、全部、ぜーんぶ人間から教えられた。セラくんとたくさんの大人に囲まれて教えられた。
ここの大人に会うまで、わたし、『おかあさん』以外の大人はみんなみーんなこわい人間だと思ってたもん。
黒スライム先輩の主は、ツィオーネ教授って言うんだよ。スライム生態及び魔力変容の解明についての研究の権威で、ロールケーキのスペシャリストだよ。ツィオーネ教授のロールケーキ様をまた食べたいお。
『ツギ、ジュギョウ、マジメ、ウケロ』
ふぉふぉう、とうとう命令頂きました。うっす! 黒スライム先輩、真面目に受けるっす!
びしっと、直立する様に縦に伸びたら白スライムもびしっと、直立した。お揃いー。
黒スライム先輩はそれに満足したらしく、のっそりとその場を去られた。かっこいー! しびれるー!
白スライムとぴとぴとじゃれあっていると、強い視線を感じた。白スライムを隠すみたいにして全身で覆う。
知覚センサーをフル稼働させながら、思う。
――人間、めんどくさーい。
「……と、この様に、わたくしの黒スライム、ミフィリアちゃんの能力は多岐に渡るのです。もしも、野生の黒スライムに出会いましたら、まずは肉類を投げるなどして全力で逃げることです。実戦経験の無い人間は、下手に魔法を浴びせれば、それはそれは美味しい獲物であると、相手に教える事になりますの」
黒板にカッカッと、黒スライム先輩曰く綺麗な字が書かれていく。白魚の手とは、まさにツィオーネ教授とセラくんの為の言葉だと思うよ。
お昼休みの時に黒スライム先輩が言った通りに、次の授業はツィオーネ教授だった。時間割りなんて、わたしには関係ないからね。
教卓には黒スライム先輩――ミフィリアちゃん先輩がいる。ちょっと教卓に近い生徒がびくびくしてる。失礼な。使い魔は怖くないよー。
使い魔になった子達は、みーーんな、主が好きなんだから、主のお願いがなくちゃ悪い事もしないんだよー! ねー! そうだよねー! セラくん!
セラくんの机の上をぴょこぴょこ跳ねて同意を得ようとしたら、セラくんにぺちゃりと潰された。更に机の隅に追いやられた。授業の邪魔をしちゃったらしい。黒スライム先輩からの熱く鋭い視線に、ぴっと全身を伸ばした。またセラくんに潰された。
そう言えば、ジョイノくんが前に、黒スライム先輩の名前が、ちょっとおかしいとか言ってたけど、どうおかしいんだろう。ジョイノくんがわたしをソラコと呼ぶのもおかしいと思うよ。わたしにはセラくんから付けて貰った立派な名前があるんだからね!
「続いて、絶滅が危惧されている白スライムの生態について、そうですね……クリスティナさん、白スライムが何故清水近辺に生息するのか、理由を三つ上げて下さいな」
ひとりのおにゃのこが、席から立って、答えてる。
理由、みっつ? そんなにあるの?
白スライムは綺麗好きで、ぽんぽんが弱くて、きらきらの魔力は綺麗な水を飲まないと無くなっちゃうんだよー。きらきらの魔力は、治癒の力があるんだってー。だから、白スライムの主体魔力は治癒系の白魔法なんだよ。黒スライムは攻撃系の黒魔法だお。
でも、人間には主体魔力ないんだよね。なんでだろー。いっろーんな魔法使えるもんね。セラくんは人間の中でもずっとずっと、すっごーい魔法が使えるから、すっごーいんだお。
「――と、言った点から清水を摂取する事で、主に主体魔力の変容を防ぐ為の自己防衛本能による、生命維持活動だと言われています」
おにゃのこが、白スライムについて小難しい事を言ってる。よくわっかんない。
だから、ぽんぽんが弱いのー。ぽんぽんがー。
「はい、大変よろしいです。クリスティナさん、お座り下さいな。――では、次に未だに謎の多い空スライムについてお話しましょうね。ちょうど、空スライムちゃんもこちらにはいますもの」
ツィオーネ教授がわたしを見て、にっこり微笑んだ。ツィオーネ教授は、可愛い雰囲気のおねえさんだ。ねんれーふしょーらしいから、ねんれーを聞くと、顔にロールケーキ様をぐわしっされるんだって。ぐわしってなにー? ロールケーキ様食べたいおー。
首にねんれーが出るとか言った学園の先生がぐわしっされて、それ以来ハイネックのドレス姿なんだよ。金色の髪は後ろでアップにされてて、後れ毛がせくしーなんだよ。
「空スライムは、白スライムの派生とも言われ、その主体魔力の色を除けば親戚とも言える間柄ですね。しかし最大の違いは、空スライムには主体魔力が」
「アイリーン!」
教室の扉がバーンと開け放たれ、半泣きの叫び声を上げておにーさんが飛び込んできた。ツィオーネ教授が「あらあら」とおめめ、丸くしてる。
「あ、アイ、リー……っ」
おにーさん、落ち着いてー。
飛び込んできたおにーさんは、肩で息をして多分お顔は真っ青。なんで多分かと言うと、おにーさんは白うさぎのお面を被ってるから、お顔が見えないお。着ている服は高等部の制服だよー。
「ジョナサン君、どうしたのかしら?」
「あ、あああああアイリーンが! 僕の可愛いアイリーンがっ! か、帰って来なくてっ! 教授なら、何か、ご存知かと……っ!」
あわあわして、手を振り回すおにーさん――ジョナサン先輩を見て、問いかけたツィオーネ教授とセラくんがわたしをじっと見た。うむ、何となく、二人の視線の意味が分かる。覚悟は出来た。存分にやればいいよ。抵抗はすまい。
セラくんがわたしをわしっと掴むと、おもむろに激しく振り回した。ぶんぶんである。
そして。
――ぽちょん。
わたしの中から白スライム――ジョナサン先輩命名アイリーンが、机に滑り落ちる。
「あ、アイリーン!」
わあああん! と泣きながらジョナサン先輩が白スライムに突進して、机から掬い上げて頬擦りをする。
しかし、我らはくーるなスライムである。
それに構わず、にょにょにょと白スライムから触手が伸びて来たから、わたしも触手を伸ばして、白スライムと、いっえーいと言った風にハイタッチした。
「……ソラコ、すまん。意味が分からん」
ジョイノくんが言った言葉に、セラくんとツィオーネ教授とジョナサン先輩以外の人間がふかーく頷くのであった。
意味が分からんとかー! ふっつーに、白スライムをぽんぽんの圧縮空間に入れてただけだもんよー。ねー? セラくんは分かってたよねー? ぷぎゅる。
なぜか、またもやセラくんに潰された。なんでー。