その19:セラくんと、空(5)
むふー。ご満悦ー。
今わたしは、おかあさんのおひざの上でくつろぎ中。なでなでしてもらえてうっとりよー。
おかあさんのおててはあったかで、柔らかくて、わたし、だいすき。
外は朝からしとしと雨が降ってる。そのせいかわからないけど、今日のわたしは大人しい。ぴょんこぴょんこ、跳び跳ねる練習をする気も起きない。ほわー、おかあさんのなでなで、さいこー。
セラくんも、今日はどこにもお出かけしないで、居間で椅子に座って絵本を読んでる。その向かいの椅子におかあさんは座ってるお。三人でまったりよー。
雨ってふしぎ。お空にはじょうろでもあるのかな。雨ってどこからくるの? なんで、晴れの日と匂いがちがうの? 雲の色もちがうお。なんだか、おもそうな色と形してる。お日様はどこにいっちゃったの? いつもは空を飛んでる鳥さんがいないのはなんで? ふしぎ。世界はふしぎ。
雨の日がくるたびになぞがいっぱい増えていく。おかあさん達に聞きたくても、お話し出来ないからいまだにわかんないことだらけだお。
みょうに眠気があるのは雨のせいなのか、おかあさんのなでなで効果なのか、それとも両方なのか。わかんないけど、どことなく心地よい気がするの。
静か。雨の日はとっても静か。部屋の中はセラくんが絵本のページをめくる音しかそんざいしない。
お外で遊べないのはざんねんだけど、なんとなくこんな日があってもいい気がする。セラくんとおかあさんがいるからかな。ふわふわした気持ちになる。
ぼんやりとおかあさんのおひざをたんのうする。しあわせー。
わたしは赤ちゃんだけど、こんな風に赤ちゃん時代をすごす魔物はきっとわたしくらいのものだろう。わたしは『めずらしい』のだ。
にんげんの親子は、魔物よりもずっとみっせつにすごしてる。ふしぎ。
視覚センサーを働かせて、セラくんとおかあさんを見る。
魔物はしゅるいによっては成体に近いじょうたいで生まれる赤ちゃんもいるらしいけど、わたし達スライムはむぼうびで、よわよわな赤ちゃんになる。できないこと、いぱーいだお。だから、成体になるまでは『おかあさん』の中にいるんだよ。
だけど、視覚センサーだけは別。核のころから視覚センサーはそなわってる。視覚センサーは、視覚範囲内のものを識別する働きがあるんだよー。わたし達弱いスライムのいのちづな。視覚範囲の固定も、おてのものだお。これができないとスライムは生きていけない。せいぞんきょーそーに負けちゃうお。
その得意の視覚センサーで、セラくんとおかあさんを見比べてみる。
たんいせいしょくのわたしは、きっと『おかあさん』そっくりの見た目をしてると思う。だけど、セラくんとおかあさんは似ていて、ちがう見た目をしてる。ふしぎ。
セラくんの顔立ちは、おかあさんによく似てる。だけど、おめめと髪の毛の色はちがう。おかあさんは青いおめめと茶色の髪の毛だから。きっと色はおとうさんに似たんだね。
おかあさんとおとうさんがいて、セラくんが生まれた。せいめいのしんぴ。
わたしは生まれてからずっと、セラくんとおんなじものを食べてきたけど、セラくんとおんなじにはならない。かぞくだけど、ちがう生き物。魔物はあっというまに大きくなって独り立ちしちゃうけど、にんげんの子ども時代は何年もある。大人になるまで十数年かかるんだって。ふしぎ。
にんげんとスライムなのに、仲良しなのがふしぎ。一緒にいられるのがふしぎ。
にんげんじゃないのに、おかあさんの手がきもちいいのもふしぎ。
心がふわふわするのも、ふしぎ。
ふしぎがいっぱいだね。
おかあさんのなでなでなに、うつらうつらしてくるしこうで、いろいろ考える。赤ちゃんスライムでも、いっぱい考えるんだよー。
がいてきのいない環境は、わたしをだらくさせるのかも。野生のほんのーが薄れてる気がするお。ほにゃー。
「ふふ。空ちゃん、おねむね」
なんと! すごーい。おかあさんにはなんでもお見通しなんだお。そうよー。おねむよー。
本当はもうちょっと起きてたいけど、もう、げんかいー。
セラくーん、わたしちょっとねんねするねー。
セラくんを見ると、なにか伝わるものがあったのか、絵本から顔を上げてこっちを見た。なになにー?
「……」
いつもは明るいセラくんが、めずらしく無言でわたしとおかあさんを交互に見る。そして、わずかに逡巡を見せた。どうしたのセラくん。なにか悩みごとー?
「セラ?」
「うん……」
おかあさんに話しかけられても、セラくんはまだ迷ってる風で、本当にめずらしい。
セラくんはチラチラとわたし達を見て、視線も揺れている。やがて、意をけっしたのか、絵本を閉じると脇にはさんで、座ってた椅子から立ち上がった。椅子を持ち上げると、よたよたした足取りでわたし達の方にやってくる。
「ぼ、ぼくも、ここに座る」
恥ずかしそうにおめめをふせて、椅子をおかあさんの隣におくと、素早く座ったお。おかあさんに背を向けて、おかあさんの身体にぴとりと、背中からもたれてくっつく。
セラくんはふたたび絵本を開くと、そのままなんでもない風に読み始めた。でも、おみみが真っ赤ー。まろいほっぺもー。
おかあさんが、おかしそうにちいさく笑う。
「セラもまだまだ甘えん坊さんねえ」
「ち、ちがうよ! ぼく、もう、お兄ちゃんなんだから、甘えん坊じゃないよ!」
「そうねえ。セラは空ちゃんのお父さんで、お兄ちゃんだものね」
「そう! だから子どもあつかいしないでね!」
ぷんぷん怒ってるセラくんだけど、おかあさんからは離れないまま。
んー。セラくんはまだ子どもだよね? 赤ちゃんのわたしからしたら、大きいけど、まだ子どもなんだから、甘えん坊でもいいと思うよー。わたしもおかあさんにもセラくんにも甘えてるし、おっきくなってもずーっと甘えるつもりだよ。
「セラも立派に男の子なのね」
おかあさん、どういうことー? おとこのこは甘えないものなの? 甘えることが恥ずかしいの? なんでー? にんげん、ふっしぎー。
甘えるって、こんなにしあわせなことなのに、セラくんもったいないよー。
「空ちゃんは、ずっと甘えていてね」
まかせろだお。おかあさんのおひざから巣立つ予定はないお。セラくんからも巣立つ予定ないよ。ずっといっしょ!
ううん、でも、セラくんも近くにいるせいか、余計に安心感があって、眠気がおそいくるー。
寝るつもりだったけど、セラくんがきたら話は別よー。セラくんにくっつきたーい。
短い触手をセラくんに伸ばすと、気配をさっちしたのか、セラくんが振り向いた。さっすが、セラくんだね!
「空、どうしたの?」
セラくんが手を伸ばして、わたしの触手をにぎにぎしてくれた。てんしょんが一気にあがる。どうしてセラくんに触れられるとこんなに嬉しくてしあわせなんだろ。おかあさんのなでなでとはまたちがうしあわせ。
魔物であるわたしは、にんげんを全部理解するのはすごーくむずかしい。でも、それでも、セラくんをもっとたくさん知りたい。セラくんのかんがえかたや、気持ちを知りたい。わたしのこと、すきですかー!
どうしてこんなにセラくんがすきなんだろう。どうしてこんなにそばにいたいんだろう。わかんない。ふしぎ。すごくふしぎ。わたしは、わたしがよくわかんない様子。でもいいよ。まだまだ赤ちゃんですからな。
「空?」
ふしぎそうに首をかしげるセラくんに、少しでもわたしの気持ちを知ってもらいたい。むりだってわかってるけどね。赤ちゃんでも、それくらいわかるんだよ。
触手をぽにゅぽにゅと動かして、セラくんの手にじゃれつく。セラくんに伝われ、わたしの甘えたい気持ちー!
「寝なくていいの? 遊びたいの?」
遊びたいか遊びたくないかと問われたら、遊びたい。ねむねむだけど、遊びたい。セラくんと遊びたい。これが、じれんまかー。
わたしのおねむじょうたいが伝わったのか、セラくんは触手をにぎにぎしながら、こてんと首をかしげた。やだなにそれー。かわいー。すごくかわいー。
「雨が止んだら遊んであげるから、今は寝ちゃいなよ。ね?」
優しく言い聞かされて、わたしの遊びたい心が折れそうになる。
ううー。あとで遊んでもらえるのなら、今はがまんした方がいいのかな。
ちょっとがまんしてみようかと、ためしに大人しく眠るわたしを想像してみたけれど、みょうにウズウズして跳び跳ねたいような気分になった。実際は、今日のわたしは跳び跳ねられるじょうたいじゃないけれどね。魔物にがまんはむずかしいおー!
「そうね。今日は雨は止みそうにないけれど、晴れてお出かけ日和になったら、お母さんも一緒にお外に行こうかしら」
微笑んでそう言ったおかあさんに、わたしはぴょっと跳ねた。
なんですと! おかあさんもお外にいくの? 一緒? 一緒に遊んでくれる?
普段とはちがうことが起ころうとしていることに、わたしのわくわくが高まっていく。止まらない止められないお。
セラくんもわたしとおんなじだったらしく、ぱあっと顔をよろこびに輝かせる。
「ほんとう! おべんとう作ってくれる?」
「作るわよー。セラの好きな卵のサンドイッチ」
「やったあ!」
セラくんは両手を上げておおよろこび。絵本のそんざいは忘れさられたらしく、床にとさりと落ちていった。だめだお、セラくん。物とわたしはたいせつに! 世の中のおやくそく!
でもでもおかあさんとセラくんとお外かー。楽しみだお。サンドイッチってなんだろー。スープよりおいしいもの?
「そうそう、クッキーも作りましょう。空ちゃんには、初めてのお菓子ね」
「わあ、よかったね。空!」
おかし? おかしってなに? おかあさんが作るってことは食べ物? わたし、食べてもいいの? はじめての食べ物がいぱーいだね。
なんだか眠気がとんでいきそう。わくわくが止まらない。
静かな静かな雨の日は、もしかしたら晴れの日を楽しみにするためにあるのかな?
わたし、またひとつ学んだお! えらい? かしこい?