その18:セラくんと、空(4)
「いーい? 空ちゃんが赤ちゃん役だからねー?」
はーい。わたし、赤ちゃんだよー。しょうしんしょうめーの赤ちゃんよー。任せろだお。ばぶー、ばぶー。
短い触手をぴしっと上げて、了承する。うむ、わたし、おっとこまえ!
わたしの返事に、赤ちゃん役を任じたおんなのこが満足そうにうなずいた。セラくんと同じ年ごろのおんなのこだけど、その仕草はちょっと大人っぽくって、おねえさんぶりたいのがよく分かる。かわいいお。
わたしがセラくんのかぞくになってから、半年が過ぎた。本来なら、もう少し大きくなっててもいいはずのわたしだけど、いまだに赤ちゃんのままであるよ。
たぶん、『おかあさん』の体内じゃなくて、外界育ちなのが原因なんだと思う。
まあ、みんなから可愛がられてるから、わたしにはなんの心配も不安もないお。
村の大人達は最初は魔物であるわたしに警戒していたけど、セラくんときゃっきゃうふふしていたせいか、今では受け入れてくれている。元々のどかな村だったし、村人もみんなおおらかなんだよー。
うむうむ、じつにへいわである。
で、今は遊びのお時間なんだお。
村の子ども達はみんな、きょーだいみたいに仲がよくて、おとこのこもおんなのこもよく一緒に遊ぶんだって。
そこにわたしも少し前から仲間入りしたんだよ。やったー。おかあさんとセラくんから許可がおりたのだ。
おんなのことはすぐに仲良くなった。
おとこのこ? あんなやつらなんて、ぺいっ! だお。シャーッ! だお。セラくん以外知ったことじゃないお。会って早々に握りつぶされたうらみは忘れないよー!
おんなのこ達は今日は、村の近くの草原でおままごとやるんだって。だからわたしが赤ちゃん役なんだお。ばぶー。わたし、演技派。遠くの都会にあると言う劇場のかんばんやくしゃも夢じゃないね!
セラくんはわたしをおんなのこ達に預けると、おとこのこ達と一緒に行ってしまった。草原の先にある森で探検ごっこするんだって。おとこのこは冒険をするものらしい。
いいの、いいの。わたしは理解ある空スライム。セラくんの遊びたい気持ちをそんちょーするお。おきざりくらいなんでもないよ。その変わり、帰ったらボール遊びしてね! わたしの元気はありあまっているのだよ。
「さーあ、かあさんの料理をめしあがれ!」
おかあさん役のおんなのこが、木の器をわたしに差し出す。中には村にも草原にもよく生えている草花。
わたし赤ちゃん役なんだけど、にんげんの赤ちゃんはふつーは、おちちを飲むものじゃないのかな。固形物はだいじょうぶなのかな。いやいや、ここはおとこまえな空スライム。おままごとに、やぼなことは言わないお。
ばぶばぶー。もしゃもしゃもしゃ。うむうむ、これはなかなかオツなお味ですな。
「あ、空ちゃん、まって、まって」
「空ちゃん、ほんとうに、食べなくてもいいんだよー!」
「もりもり食べてる」
草花をもしゃもしゃするわたしに、おんなのこ達が慌てて止めに入る。が、そこはスライム。一度食べ始めたら止まらないんだお。もしゃー。
「ええー……、だいじょうぶ、なの?」
「空ちゃん、空ちゃん、おなかいたくない?」
「ぺっしなさい。ぺっ」
おんなのこ達がわたしを取り囲んで心配そうに声をかけてくる。
わたしはビッと触手をたてて、いかに自分ががんじょーであるかをアピールした。ぽんぽんだいじょうぶよー。
そもそも雑食の空スライム。なんでもこいである。ただし、魔力のある食べ物はのぞく! 赤ちゃんスライムが食べたらぽんぽんこわすどころじゃないからね。こわーい。
おんなのこの一人がわたしを掌に乗せて、じっくりと眺めてくる。
「……うん。たぶん、だいじょうぶみたい」
ごめんねー。心配かけてごめんねー。
おんなのこの手を触手でちょんちょんとつっついて、反省の意をあらわす。伝わるかはわかんないけども。いいんだお。じこまんぞく、とか言うやつだお。
触手でつついた際、おんなのこの掌から魔力を感知した。ちいさなちいさな魔力。
これは空スライムの本能で、つい魔力を持つ生き物の魔力をさぐっちゃうんだよ。成体ならせいぎょ出来るんだけど、わたしは赤ちゃんだから本能をせいぎょすることは出来ない。ぶえんりょでごめんよー。
でも、こうやって魔力を探知してからよくわかったことがある。にんげんは魔物と同じで魔力を持っている。
ただし、微弱な魔力なんだけどね。
おんなのこもおとこのこも、村の大人達も、みんなちいさな魔力を持っている。ぎりぎり探知出来るレベルだけど、魔物と違って複数の属性まである。魔物は主体魔力しかないよー。
で、セラくんだよ。セラくんはみんなと比べて、けた違いの魔力を持ってるの。わたしなんて足元にもおよばぬよ。スライムの身体が作れちゃうくらいの魔力だからね。魔物なのに、負けたお。いいんだ。いいんだ。わたし、まだ赤ちゃんだし。愛でられる生き物だもんね。ぷふん。
セラくんはきっと『とくべつ』なんだと思う。くわしいことは、赤ちゃんスライムのわたしにはわかんないけれど。さっすが、セラくん! と言うことなんだと思う。
今のわたしには、まだまだ知識が足らんのですよ。
わたしを掌に乗せたまま、おままごとは続行された。やーん、おーろーしーてー。
これはあれか。わたしがまた何かを食べないように見張ってるのかな。もうしないおー。ゆるしてー。
ちいちゃくしょんぼりしても、降ろしてもらえなかった。ちぇーだお。
「さあさあ、はやく食べな! かあさんは忙しいのよ!」
おお、おかあさん役のおんなのこ、演技に力はいってるね。自分のおかあさんの真似をしてるのかも。
うむ。おままごととは奥が深いものである。他人さまのお宅をのぞいてるような、いけない気分になる。
「もー、おかあさん、うるさいー」
娘役のおんなのこは、不満そうに言う。ねー? と話を振られたから、わたしもぴょこりと跳ねて、ねー? と返した。おんなのこ達には聞こえてないけど。
「父さんは、ちょっと出掛けてくるよ」
おとうさん役もおんなのこ。声を低くしてて気合いが入ってる。おとうさん役はしょうがない。おとこのこは使命感たっぷりに旅立っていったからね。
「あんた! また男衆でさかもりかい! 飲み過ぎてもむかえになんか行かないからね!」
うむ。おかあさん役の、おんなのこのおとうさんはさかもりに行っちゃったのかい? けんかになる? ふーふげんか始まっちゃう? だいじょうぶ? あ、ちがう役を忘れちゃだめだ。ばぶー。
「まあまあ、かあさん落ちついて子ども達が見て……あれ?」
おとうさん役の子が不思議そうな顔で、森の方を見た。みんなもつられて、そちらを見る。なになにー?
「おとこのこ達だ」
え、あ、本当だ! 森の方からセラくん達が歩いてくる。セラくーん! おかえりなさーい!
「なんか、ふきげんそう、だね?」
「もどってくるのが早いし、なにかあったのかな?」
おんなのこ達がひそひそと話している。なにかって、なんだろー。わかんない。森に行ったことないから、なにがあるのか知らないんだよ。
セラくん達を見ていると、セラくん達もわたし達に気づいて駆け寄ってきた。
すかさずわたしはおんなのこの掌から飛び降りて、セラくんに向かってぽちょぽちょとはいよっていく。ちいちゃいから、少しずつしか進めないんだお。はやく大きくなりたーい。すぐにセラくんがひろってくれた。さっきぶりー、セラくーん。
「なにか、あったの?」
「あった、って言うか、これから起こる?」
どこか不満そうにおとこのこの一人が、おんなのこに答えた。それじゃあ、わかんないお。しゃきしゃきせんかーい。
「ケイおじさんが、子どもは森に入るなって言うんだ」
他のおとこのこが補足する。セラくんがどこか不安げな様子でわたしをなでた。
「森のおくで、なにかの動物のつめあとがあったって。危ないから当分は森に近づいちゃだめだって、言われたんだ」
「つめあと……」
セラくんの説明に、おんなのこ達も少しだけ不安そうな顔になる。
ケイおじさんは、たしか、狩人さん。森のおくで狩りをしてるんだよ。森のおくには色んな動物がいるから、子どもは森の入り口までしか入っちゃいけないらしい。わたしは森自体入っちゃいけないんだけどね。いっぴき行動も禁止だお。しょうがないね。ちいちゃいからね。
しかし、つめあと。大型の肉食獣でも出たのかな。こわいね。空スライムなら一撃でしゅんさつだよ。ガクブル。
「ちぇー、今日はもうちょいおくまで行きたかったのによー」
「ばか! ケイおじさんの言うこと聞きなさいよ」
「分かってるっつーの」
おんなのこに注意されて、おとこのこの一人がふてくされた。ちなみに、このおとこのこがわたしを握りつぶした悪ガキである。むきー! まだゆるしてないんだからね!
「今日は、もう、草原で遊びましょうよ」
おんなのこの一人がそう言うと、他の子ども達も仕方がないかとうなずいた。
そうそう、草原なら広いし視界も開けてるし、危険は少ないよー。
おままごとは急きょ中止して、おいかけっこをすることになったお。
じゃあ、わたしの赤ちゃん役はおしまいかー。ばぶー。でもまあ、いいや。おいかけっこでは、セラくんの肩に乗って参加することになったし。セラくんにくっついていられたら、わたしは幸せよー。
でも、意外とばぶばぶ言うのたのしー。どうせ誰にも聞こえてないし、とうぶん言ってようかなばぶー。空スライムさまのお通りだばぶー。
……ちょっと冷静になったら、はずかしー! なしなし! 今のなしだお!