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その17:セラくんと、空(3)


 ちゃはー、触手(あんよ)が届かなーい。

 籠の中から懸命に触手を伸ばすけど、いっこうに机に届く気配がない。

 やーん、セラくーん、セラくーん。ひとりぼっち、やだー。セラくーん。

 セラくんを呼ぶけど、しょせんはスライム。わたしの声はセラくんには届かないのだ。しょんぼり。

 今は朝で、わたしは起床した訳なんだけど、セラくんの姿がないことにすぐに気付いたんだお。寝床からセラくんのベッドまるみえだからね!

 かぞくになってからも、わたしの寝床はセラくんの部屋の机の上の籠の中になった。前とは違って、布類が敷き詰められていて、かいてき。だけど不満ー。

 セラくんとぴったりくっついて寝たいのに、セラくんに拒否されたのだ。つぶしちゃうかもしれないから、心配で眠れなくなっちゃうんだって。

 大丈夫よ? わたし、形ないからつぶれても痛くないよ? でもセラくんには伝わんない。ぐすん。

 籠の中で触手をじたばたさせながら、わたしはセラくんを求めて机に降りようとあがく。

 負けるもんかー! ふおー! 赤ちゃんスライムをなめるなだおー!

 短い触手をめいっぱい伸ばして机をめざすけど、やっぱり届かなーい。セラくーん。


「あ! こら、空! だめだよ、あぶない!」


 セラくーん! セラくんだー!

 セラくんが慌てた様子で扉から顔を覗かせた。叱るセラくんだけど、わたしは待ち望んだセラくんの登場にきょうきらんぶして跳び跳ねる。ちいちゃいから、籠から飛び出せないけどね。赤ちゃんスライム、やっぱり不便。

 とたとたとセラくんが駆け寄ってきて、わたしを掬い上げた。セラくーん。おはよー。さみしかったよー。

 セラくんの掌に身体をこすりつけて甘えると、セラくんはくすぐったそうに笑った。しかし、ハッとしたように頭をふると、むんっとせいいっぱいこわい顔をした。かわいいだけだけどね。


「……もう! 空はあぶなっかしいんだから! 籠から落ちちゃったらどうするのさ! 空はちっちゃいんだからね! ケガしちゃうよ!」


 大丈夫だよー。やわらかぼでぃで跳ねるだけだよー。セラくん心配しょー。

 わたしはぽよんぽよんと跳ねながら主張してみたけど、とうぜん伝わんないお。


「空はほんとうに、ぼくがいないとダメなんだから」


 怒っている風だけど、セラくんはどこか嬉しそうにも見えた。セラくん、世話焼きさんだもんね。すごく優しいんだお。わたし、セラくん、だいすき。


「今から朝食だから、空もいこう」


 お。もう怒ってない? おせっきょータイム終了?

 セラくんに連れられて、向かうは居間だよ。おかあさんの美味しい朝食が待ってるお。てんしょん上がるね!

 居間に着くと、おかあさんが料理をテーブルに並べてた。セラくんとわたしに気づくと、にっこりと笑ってくれる。おかあさんの笑顔すきー。すごーく安心する。いやしの笑顔だね。


「空ちゃん、おはよう。セラ、空ちゃんを起こしてきてくれてありがとう」

「おかあさん! もう、空ったら、あぶないんだよー! 籠から落ちそうになってたんだから!」


 セラくんにバラされた! 怒る? おかあさんにも叱られちゃう?


「あらー、空ちゃん、危ないことしたら、駄目よ」


 ね? とおかあさんに、つんと指でつつかれた。ごめんなさーい。でもひとりぼっちでさみしかったのー。しゅん。おかあさんにも叱られちゃったお。


「だいじょうぶたよ、おかあさん。ぼくがちゃあんと叱ったから」

「まあ、えらいわね」


 えっへんと胸をそらすセラくんを、おかあさんは頭をなでて誉める。あ、いいな、いいな! わたしもなでなでされたーい!

 えっへんと、セラくんを真似て胸をそらそうとして胸がないことに気付いた。しかたないから、身体をにゅっと斜めに伸ばしてみたら、セラくんにふしぎそうな顔で見られたお。だめ? これじゃあ、だめ?

 なでなでされないまま、セラくんに連れられて食卓に着く。うわーん、なでなでー。なでなでされたいのー!

 食卓には、黒パンとスープとサラダが二人分と、わたし用の小皿が置かれている。小皿にはスープが入ってるよ。セラくんにテーブルに下ろされると、ぽちょぽちょと小皿の前まで這いずる。わたしの朝食ー。

 湯気の立つ小皿を前にして、わたしはぴしっと身体をたてに伸ばした。待てのポーズである。

 セラくんとおかあさんは両手を胸の前で組むと、静かにカミさまへの祈りの言葉を口にした。これが終わらないと食事が始まらないのー。わたしは祈らないよ! 魔物だからね!


「……ん、空。おわったから食べよう」


 祈りを終えたセラくんはそう言うと、スプーンを手にした。そして、わたし用の小皿からスープを掬うと息をふきかけて冷まし、わたしの前にスプーンを差し出してくれる。わーい! いただきまーす!

 にんげんの口を真似て、身体のまんなかにぽっかりと穴を開けると、そこにスプーンをさしこんでもらう。

 ぬぬー、おかあさんのスープおいしいおー! 幸せー!

 ぷるぷる震えて、幸せをかみしめた。

 そんなわたしを、セラくんとおかあさんは微笑ましげに見つめている。毎朝の光景だお。これが当たり前になるまでうよきょくせつがあったことが、今では信じられないくらい。


 かぞくになってから、まず直面した問題は、わたしの食事だったんだよー。

 セラくんもおかあさんも、スライムは知っていても、その生態までは知らなかった。

 セラくんはにんげんの年齢では五歳。幼児が魔物に詳しいはずがなく。おかあさんも大人だからと言って、魔物と触れあう機会のない村人でしかないから、知識はまったくなかったのだよ。

 セラくん達が暮らすのは小さな村で、最初、おかあさんはそんちょーを頼った。しかし、そんちょーも魔物の知識がなかった。ざんねん。空スライムが無害なのは知ってたけどね!

 ご近所さんも交えて、あーだこーだとぎろんして、結局はしぜんかいにあるものを与えようと言うけつろんにいたった。

 はじめての食事は、近くの森に生えたキノコだったお。とっても、悲しかったのを覚えてる。

 あのね、スライムの赤ちゃんはね、『おかあさん』の魔力を食べて大きくなるんだよ。だから、わたしはセラくんの魔力さえあれば大きくなれるの。

 成体になれば、魔力の混じった獲物を見つけてほしょくするの。最弱の空スライムは、狩りはしないで高魔素地帯に生える植物を食べるんだけどね。

 しっかーし、スライムは雑食であり、なんと味覚まであるのだよ。

 そんなわたしが、おかあさんの料理を前にして、生のキノコを食べる。ひじょーに、ひもじい気分を味わったお。

 そんちょーが倉庫にうもれていた文献から、スライムがなんでも食べると言うきじゅつを見つけて来なかったら、今もあの食生活だったかもしれない。そんちょー、ありがとー!


 で、現在。わたしはおかあさんの料理をたんのうできてる訳なのだよ。ぷふん。


「空、おいしい?」


 おいしいよーセラくん! おかあさん、ありがとー!

 セラくんはわたしに食べさせる合間に、自分の食事もとってる。大忙し! わたしはまだ赤ちゃんスライムだから、自力で食事がとれないのが原因。もうしわけないおー。


「ところで、セラ?」

「なあに、おかあさん」


 不意におかあさんが食事の手を止めて、セラくんを呼ぶ。セラくんはきょとんとしている。


「空ちゃんの名前、いつ付けるのかしら」


 おかあさんの問いに、わたしはぴょんと跳ねた。名前! わたしの名前!

 実は「空」は、わたしの正式なお名前ではないのだよ。ざんてー的に呼ばれてる仮の名前なのだ。


「空の名前?」

「そう、名前。いつまでも空ちゃんじゃあ、可哀想よ?」


 おかあさんは、わたしのことは基本的にセラくんに一任してるの。最初の「愛情を持ってお世話をする」と言う約束を守ってる。と言っても、わたしはおかあさんからも可愛がられてるけどね! あいじょーたっぷりよー。


「うーん、名前かあ」


 セラくんはどうやら乗り気ではないらしい。ちょっと困った顔になる。


「まだ付けたくない?」

「そう言うわけじゃ、ないけど……」


 言い淀むセラくんは、少し考え込むと、何故かほんのりとほっぺを赤く染めて恥ずかしそうにおかあさんを見た。どうしたのー、セラくーん。


「あのね、笑わない?」

「お母さんがセラを笑う訳ないでしょう? セラの気持ち、聞かせて?」


 優しいおかあさんの声音に、セラくんはもごもごと口ごもりながらも、意をけっして口を開いた。がんばれ、セラくん!


「……おとうさんが、言ってたんだけど、ね?」

「うん」

「名前は親がさいしょに子どもにあげるものだから、とてもだいじなものだよって」


 おとうさん。わたしには馴染みのない言葉。セラくんのおとうさんは、一年前にびょうきでなくなったんだって。なくなるって、いなくなることだよ。いやな言葉だお。


「あのね、ぼくは空のーーおとうさんだと思うの」

「セラが?」

「うん。だって、空はぼくが見つけて、ずっとそばにいたから。だから、おとうさんになったつもりなんだよ」

「そうね」

「だから、だからね? 空にはいい名前をつけてあげたいんだ」


 おかあさんを真っ直ぐ見つめて、セラくんは言いきった。

 セラくん! わたしのことをすごく、すごく、大事にしてくれてるの、わたしちゃんと知ってるよ!


「でも、ぼくはまだ子どもだから、知らないこと、いっぱいだから……たくさん勉強して、空にちゃんとした名前をあげたいの」

「セラ……いっぱい考えたのね」


 おかあさんが立ち上がって、セラくんのそばに行くと、セラくんをぎゅっと抱きしめた。


「お母さん、セラが良い子で凄く嬉しい」


 おかあさんはちょっと涙ぐんで、セラくんを誉めた。セラくんは照れている。

 ううむ。わたしもなんだか恥ずかしいお。セラくんにあいされてて、すごーくうれしいのに、身体の中がむずむずする。これがなんなのか、赤ちゃんスライムのわたしにはまだよく分からない。でも、はっきりとした気持ちはあるよ。

 セラくん、おかあさん、わたし、かぞくになってよかったお。二人に出会えてよかったお。

 伝えられないのがもどかしい。

 わたし、しあわせものー! 何度でも言うお。わたし、しあわせものー! 



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