~風、甘く香る頃~ 5話
あの夜から数日たっていたが、あの日からセルロイとルーミスの関係が何か変わったというようなことは無かった。少なくとも表面上は。いつものように何も無かったかのように、軽口をたたくセルロイ、それに少し怒ったように返すルーミス。
しかし、セルロイはどこかふっと遠くを見るような表情をする時があった。その度にルーミスは黙ったままでいる事しかできず、いたたまれない思いを抱き続けた。
何日か経った夜の事。セルロイは、またルーミスの寝ている時にキャンプを抜け出し、暗闇の中に消えていく。
「また来たのか? 何度来ても答えは一緒だぞ」
闇の中の人物に話しかけるセルロイ。
「殿下、どうかお戻り下さい! もう、我々の力では内戦を回避する事は難しくなってきております。どうか、どうか国にお帰り下さい」
闇の声は必死にセルロイに訴えかける。
「何だって!? あのバカ兄貴達、ついにそんな事になろうとしているのか!」
闇の中の男は黙って頷く。
「まあいい。今更あんなバカ兄貴達の所に俺が帰った所で何ともならないだろう。だから、諦めてお前も帰るんだザラーム」
ザラームと呼ばれた男は、なおもセルロイに話しかける。
「殿下、このままでは民達が内戦に巻き込まれ、多くの人命が失われます! 更にこの期に乗じて他国がラントルースに攻め込んでくる可能性も十分に考えられます! そうなってしまえばまたこの大陸は戦乱の世界に陥ってしまいまう可能性も十分に有り得ます! どうか、どうか殿下、その前に早く国にお戻りください!」
黙り込み、ぐっとこらえるように俯きしばらく考え込む。そしてセルロイは、ようやく顔を上げ、ザラームに話しかける。
「わかった……俺が戻って何とかなるとも思えないが……戻ろう」
表情は見えないが、ザラームからは明らかに気を緩めたようだった。
「殿下。では、早速国にお戻りください」
「ザラーム、すまない。明日の朝まで待ってくれないか? ちゃんと明るい所でルーミスにお別れがしたい」
少し考え込むザラーム。
「もう逃げたりはしないさ。俺からのお願いだザラーム、聞き届けてはくれまいか?」
「わかりました殿下。明日の朝、兵と共にお迎えに上がります」
「すまないザラーム」
では、明日の朝に……ザラームはそう言うと闇の中にすっと消える。
そしてセルロイはルーミスの眠る所に戻り、眠りにつく事もせずに、焚火越しに見えるルーミスの姿を見つめている。
「できれば……いや、もうそれは言うまい」
そう独り言を呟き、セルロイはやがて眠りについた。




