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~薄紅色の風吹く頃~ 2話

 儀式までの一週間、ルーミスは旅の準備に駆け回った。

「確かにあのまま旅に出てたら、私すぐにどこかで野垂れ死んでたわね……」

 自転車で旅に出るつもりだったルーミスは、自転車の修理方法や工具の使い方など、覚える事が山のようにあった。

 そしてキャンプ道具、食料品などを鞄に詰め込んだり、旅の準備にはゆうに一週間は掛かってしまった。

 儀式の前日。

 ルーミスは両親とささやかだが、心のこもった食卓を三人で囲んだ。

「いよいよ明日だな……準備は大丈夫なのか?」

 父親のトレスが寂しそうな顔でルーミスに話しかける。

「そんな葬式みたいな顔しないでよ父さん。準備ならお母さんに手伝ってもらったから大丈夫だよ」

 元気に言葉を返すルーミス。

「そ、そうか? ならいいんだ……その、気をつけて行くんだぞ。何かあったらすぐに連絡してこいよ」

「もう、お父さん。どうやって連絡するの? 手紙じゃ届いたときにはもう遅いよ。そうならない為の準備はちゃんとしたから大丈夫だよ!」

 ルーミスは子供扱いされたことに少し腹をたてたが、親の心配が解らないほど子供でもなかったのでそれ以上言うことはなく、当分の間三人で食べる事のできない夕食をその後は楽しんだ。

 そして食事が終わり、ルーミスは自分の部屋に戻って旅の準備を最後にもう一度確認していた時、ルーミスの部屋をノックしてリサが入ってくる。

「ルーミス、ちょっといいかしら?」

 リサの方を振り向くルーミス。

「なにお母さん?」

 リサは手に持った綺麗な細長い布袋にくるまれた物をルーミスに差し出す。

「お母さん、これって……」

 差し出された物が何かを理解したルーミスは、それを見た後、リサに顔を向ける。

「そうよ、これはお母さんの宝物の小刀。御守り代わりに持って行きなさい」

 リサは優しく微笑みながら、しかしどこか悲しげにルーミスに話す。

「ありがとうお母さん。大事にする! 帰ってきたら必ず返すね!」

 首を振り答えるリサ。

「それはお母さんが旅に出る時、私のお母さんに貰った物なの、今度はそれをルーミスに」

 先程までの笑顔がだんだんと曇っていき、今にも泣き出してしまいそうになるのをこらえるリサ。

「今度はそれをあなたの子供に渡しなさい。そしてそれをまた子供に……そうやってどんどん受け継いでいくように……あなたはこの小刀にあなたの記憶を刻んでいくの。わかった?」

 リサに貰った小刀を胸元に抱きしめ、今にも泣き出してしまいそうなルーミス。何とか笑顔を取り戻し、コクリと頷く。

「さあ、もう寝なさい。明日は早いんだから」

「うん、わかった」

 今、リサから貰った小刀をルーミス鞄の中に大事にしまい込む。リサはそれを見届ける。

「おやすみなさい、ルーミス」

「おやすみなさい。ありがとうお母さん」

 静かに微笑み、そっとドアを閉める。ルーミスはリサが部屋を出るとすぐにベットに潜り込む。

「このベットで寝る事も当分ないな……」

 少し寂しくもあるが、それ以上に旅が始まることへの期待感、興奮が上回り、なかなか寝付けそうになかったが、なんとか気持ちを静める。

「タリス、すぐに追いつくから……」

 ルーミスはそう呟き眠りに落ちる。


 正直ルーミスにはこの儀式の意味は全く解らなかった。

 ルーミスと同じ、今年十五歳になる二人と一緒に村の教会を訪れる。

 重く閉ざされた教会の扉を三人は開ける。そこには村人全員が集まっており、ルーミス達の到着を待ちかまえていた。

「ルーミスにサルート、それとミダスこちらに」

 教会の一番奥、正面に立つ神父は三人を招き入れるように話しかける。

 ルーミス達は横一列に並び神父の前に立ち、そして片膝を付いて神父の前にしゃがみ込む。

「それでは、これから旅立ちの儀を始める」

 その言葉で村人達は各々、教会に設けられたら椅子に腰掛け、儀式を見守る。

 神父の後ろにあるステンドグラスからは春の訪れを知らせるような柔らかな光が、それぞれのガラスの色を通して三人に降り注ぐ。

「お前たちもよくわかってはいるだろが、この儀式が終われば、お前達はもう大人として扱われる。だから心して聴くように」

 そして儀式は始まる。

 神父は村に古くから伝わる教典を読み上げ、それに続いてルーミス達三人は、声を揃えて神父の言葉をなぞるように繰り返す。

 それは繰り返し聞かされてきたもので、村の者なら知らない者はいない言葉達。

 だからルーミス達三人もそれを暗記しており、何も見なくても神父と同じ事を言い切る事が出来た。

 そして、一通り教典を読み終わると、三人は立ち上がり、最後の儀式に挑む事になる。

「この三人の若者の旅が幸多き旅にならんことを」

 神父の言葉を最後に教会での儀式は終わりを告げる。

 そして三人は最後の儀式、そう旅立つ時がきたのだ。

 教会の外向かってに三人は歩く。その後に神父、そして村人達が続く。村人たちは教会の外に出て、扉の前で立ち止まり、三人を見送る。

 ルーミス達三人は、振り返ることもせずに村の端まで歩き、そこで三人はそれぞれ別の方向に向かって進み出すことになる。

 村の入り口で三人は一度立ち止まり、ミダスは二人に話しかける。

「ルーミスは自転車で行くのか。サルートは歩きか?」

 ミダスは二人を見る。

「ミダスはどうするんだ?」

 サルートがミダスに話しかける。

「そうだな……とりあえず近くの村か町まで行ってそこからはまた考える」

「ルーミス」

 サルートに声をかけられた時には、ルーミスはもう自転車にまたがり出発しようとしていた。

「なに?」

「お前タリスを探しに行くんだろ?」

「な、なんでそんなこと知ってるの!?」

 サルートとミダスは顔を見合わせる。

「そんな事、村中みんな解ってるぜ?」

 ルーミスは顔を赤らめる。

「まっ、あいつを連れて帰ってこれるのはルーミスくらいだろうしな~」

 ミダスは言うとサルートも「そうそう」と、それに続ける。

「まあ、あいつはかなりの方向音痴だから、いまだに村への帰り道が解らなくてさまよってるんだろ」

「やっぱりそう思う?」

 二人とも同意見のようだ。

『ハァ~』

 三人は同時に溜め息をつく。

「まあいい、俺はそろそろ行くよ。二人とも気をつけて」

 そう言ってミダスは西に向かって歩き出す。

「じゃあ、そろそろ俺も行くかな。じゃあルーミス、気をつけてな!」

 サルートもルーミスに別れを告げ東に向かって歩き出す。

「サルートもミダスも元気で!」

 ルーミスはそう声をかけ自転車にまたがり、ペダルを強く踏み込む。

 荷物が重く、最初はふらふらとしながら走って行くが、スピードに乗るにつれ次第に安定しだし、南に。タリスが旅をしているだろう場所を目指し、ペダルを漕ぎ進める。

 ルーミスが力一杯踏み込んだ分自転車は風を切り、その風に流されるように薄紅色の風はルーミスの後ろに流れ去る。

 そして、ルーミスの旅は始まる。


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