1.プロローグ
「白バラ十束ですね?」
「はい。お願いします」
ここは小さな花屋『イルシオン』。
この店の看板娘であるメレーナ・クレシミエントは、今日もたくさんの花に囲まれて仕事をしていた。
白バラの束を用意しながら、メレーナは常連客のベーテン・ヴュンシェンに尋ねた。
「ベーテンさんはいつも白バラを買ってますけど、誰かへのプレゼント、とかですか?」
「いえ、庭に飾っているんです。なんたって、このスペラーレ王国の国花ですから」
ベーテンは、誇るように言った。
ここ、スペラーレ王国は花や自然に恵まれた国で、植物や農作物などを育てるのに適している。
この国ではそれを生かして、花を育てている人が数多くいる。
メレーナの母、ラウネスもその一人だ。
花を育てることが好きなラウネスは花屋になる夢を実現し、『イルシオン』を経営しているのだ。
もちろん、スペラーレ王国の国花である白バラも大事に育てている。
「白バラが飾ってある庭って、とても素敵ですね」
「ええ。手入れがきちんとされているので、とても綺麗ですよ」
「いいなぁ、見てみたいわ」
メレーナがうっとりとした表情をすると、ベーテンはくすりと笑った。
「きっと近々、見れますよ」
「え?」
どういうこと、と問いかける前にベーテンはお辞儀をして店を出ていった。
「メレーナ、誰か来てたの?」
店の奥から顔を出したのはラウネスだった。
ラウネスは大きな花束を抱えている。
「お母さん、今来てたのはいつも白バラを買ってくれるベーテンさんよ。それより、その花束、どうしたの?」
「あぁ、これ? お客様に届けに行くのよ」
「ふぅん。ずいぶんと豪華ね」
ラウネスが持っている花束は、何種類もの花がぎっしりと詰まっていて、片手じゃ抱えきれないほどの大きさだった。
「今から行くの?」
メレーナはそう口にしたが、ラウネスが何の準備もしていないのを見て今じゃないことに気がついた。
「明日お願いね、メレーナ」
「へ? あたしが行くの?」
メレーナはキョトンと表情を一変させたが、ラウネスは気にする様子もなく楽しそうに言った。
「えぇ、メレーナが行くのよ。王宮にね」
「王宮って、王様だとか王子様がいる、あの王宮?」
メレーナは信じられず、思わず聞き返した。
なぜ、小さな街の小さな花屋の娘がそんなところに行かなくてはならないのかとメレーナは考え込む。
なにしろ、普通の生活をしていれば、王宮だなんて一生お目にかかることが出来ない所なのだ。
「えぇ、あの王宮よ。もしかしてメレーナ、嫌なの?」
「別に嫌じゃないわよ。でも、王宮なんてそう入れる所じゃないのよ。なのになんで……」
「別に気にしなくていいの。明日の朝、迎えが来るからよろしくね」
ラウネスは言いたいことを言い終えると、自室へ戻っていった。
大きな花束だけを残して。
迎えって何なのよおぉぉぉぉおおお!