行路新タマル卯月ト我ガ信条ノ終焉 其ノ二
四月になったとはいえ、夜はまだ少し冷える。
新也とはさっき通ったT字路で別れた。あのT字路を左に曲がり、真っ直ぐ行くと永安神社の鳥居の前に出る。別れたと言うことは必然的に俺は右に曲がったわけで、暗く、目測20メートル間隔で薄く地面を照らす街灯の下を、俺は今日の出来事の回想をしながら歩いていた。
〜小二時間前、一層寒クナル道場ニテ〜
「あり得ない…。」 俺は全てを射終えた瞬間、疲労によって痛む妻手上腕を抑えながら、自然とそう呟いた。
俺は大健闘した。"100射87中" 全国でも十分通用する的中率ではないか?13本外したからって、どんなに上手い有段者であっても、全ての矢を当てることはできない、外す時だってある。それを考慮してもこの的中率は自負してもいい数値だ。いやしてもいいだろう。だからってこいつは…。
「矢どころ少し上に中ったか、最後ちょっとだけ気持ちに緩みができちゃったかな?」
神宮 新也、"100射皆中"
「バケモンか、お前は。」
「けどイロドリも3ヶ月前にやった時よりも12本的中数が増えてるよ。努力の賜物だねぇ。」と新也は達成感に満ち溢れた顔でそう言った。
「慰めになってねぇよ。……でも、まぁやっぱりお前にはかなわないな。さすが全国4連覇の選手だ。」
新也は高校における弓道大会、夏のインハイ・冬の選抜大会において、高校1年生の時から個人部門に県代表として出場し、高校3年現在までに計4連覇を果たしている。その甲斐もあってか、こいつは弓道推薦で東京の私立國道院大学に入学が決まっている。全国でも珍しい神道学部がある大学だ。こいつはこいつなりに将来の事を考えているのだと、つくづく思う。
「今年のインハイもお前が個人代表で全国に行くんだろうな。」
「個人枠は一人だけだからね。申し訳ないけど譲る気はないよ。」
「何を言ってるんだ?譲られても気分は全然良くねーよって。」
と言う風に、俺と新也はたわいもない話を、あまりに広い道場の真ん中で、二人、矢に付いた土を拭きながら話していた。
「部員さえいれば、団体戦にエントリーできるのだがな…。」と、俺はボソッと呟いた。
"洛安高校弓道部" 創部50年という歴史を誇り、団体部門全国制覇計9回という輝かしい成績を有する我が部は、現在、危機的状況下にある。
気付いている方も多いのかもしれない。新也の言った「どうせ二人だけだし」や、「あまりに広い道場の真ん中で、二人」などのキーセンテンスから推測するに、そう、現在我が部の部員は、主将:神宮 新也、副主将:天満 色採……………二人だけなのである。
「そろそろ真剣に今後の運営について考えるべきではないのか?これはあまりにもだぜ?」
「おっかしいなぁ、僕が全国で4連覇してるんだよ?10人は入ってくれてもいいんじゃない?0人は論外だって。」 どうやら新也も俺と同じ気持ちらしい。
「俺らが卒部したら部員は0、以降2年間誰も部に入らなかったら生徒総会で廃部になっちまうぜ。マジでどうするよ。」
瞬間、新也の顔がニヤリと笑った。何か考えがあるのか?
「そ・こ・で・だっ!」
やはり考えがあるらしい。さすが主将だと俺は少し感心した。
「なんだ、名案があるのか?」と、俺は素直に聞いてみた。新也の顔はさも自信ありげな顔をして、俺の質問に答えた。
「体育館の上で踊るんだ!」
「……は?」
「だ・か・らっ、体育館の舞台の上で踊るんだよ。」
話の全容が全くもって見えてこない。こいつは昔からそうだ、話す上で主語が無い。俺はふぅっと溜め息をついてから、新也に聞き返した。
「踊る、というのは一体どういうことだ?」
新也は自分の説明の不確かな部分を補うように話を続けた(まぁほとんど不確かだったんだが)。
「今度の、ていうかなんだかんだでもう来週か、新入生部活動プレゼン会があるだろ?」
「あー、そういやもうそんな時期か。」
新入生部活動プレゼン会とは、新入生200余名に対し、部活動に参加している在校生が、自分の部について紹介する会のことだ。
「今年もあれでいいだろ、"1分で分かる射法八節"で。」
「ダメダメそんなんじゃ新入生は喰いつかないよ。」
「ならどうすんだ?的と弓を持ってきて実演紹介でもするのか?」
「それは学校側から禁止されてるじゃないか、『矢が新入生に当たったら一大事だー。』とか言ってさ。そういうのじゃなくてさ、僕は色々と考えてある結論にたどりついたんだよ。」と新也は興奮した様子で語り始めた。
「毎年他の部活の紹介を見てて思ったんだけど、サッカー部とかってさ、決してサッカーの紹介をするわけじゃないよね?」
「ん?」
「ほら…、あいつらって毎年サッカーに関係無いことをして1分間の全てを費やすだろ?去年なんかは舞台上でブルーシートを敷いてさ、上裸になってシートにローションぶちまけて相撲やってたじゃん。」
…確かそのことはよく覚えている。あんまりの衝撃的な紹介に新入生席はどよめき、待機しているサッカー部以外の部員達は爆笑の渦のなかにいた。いや、しかし…。
「もしや、あれをやるとか言うんじゃないだろうな。」俺は不安に思い新也にそう尋ねた。
「やりたいのはやまやまなんだけどね、先生から叱責を受けるから、しょうがないからやめたんだ。」
やりたいのはやまやまだったのか…。俺は心の中で教師陣に感謝した。
「そこでね、色々な候補の中から比較的リーズナブルかつ道具のあまりいらない"踊り"というジャンルにたどり着いたのだ。」
「うむ、ナルホドナルホド…。」と、心にもなく俺は感心している風に見せた。
でも実際悪くはない、確かに射法八節の紹介だけでは、やっている側はともかく、見ている側はとてもつまらないだろう。ただでさえ中学に弓道部のある学校が少ないのだ、弓道に対して硬いイメージを持っている人がほとんどかもしれない。そういう新入生を引き込むには、やはりある程度フレキシブルな感じの紹介にしなくてはいけないのなもしれないな。
ふと、俺は心の中である程度自問自答してから、「いいんじゃないか?踊り。」と、新也に言った。
新也は目をまん丸に開き、驚きを隠せない様子でいた。あらかた俺がこのプランを承諾するとは思ってもいなかったのだろう。しかし、次の瞬間、
「だろ!? いやぁやっぱり話がわかるやつだなぁ!じゃあこれでいこう!な?もう決定事項だかんな!さすが僕の親友だ!恋しちゃいそうだよ!」
……最後の恋しちゃいそうだよはおいといて、「調子のいいやつだ」と俺は呟いた。でも、それがこいつのいいところなのかもしれないなと、ふと、思ったりもする。
音楽は新也が決めると言った。何にするつもりか聞いてみると「越天楽今様」と答えたため、即刻却下した。どこまで伝統芸能に重きを置くんだこいつは…。
俺はボーカロイド曲がいいと新也に提案した。なぜなら俺はボーカロイドが大好きだからである。新也は怪訝そうな顔をしたが、10分程説得して渋々俺の提案を承諾した。伝統芸能好きにとって、ボーカロイドのような現代文化には少し抵抗があるのかもしれないな。
その後は軽く道場を整備して、制服に着替えて帰路に着いた。
〜ソシテ今ニ至ル〜
俺の家は学校から25分程のところにあり、クラスの中でも比較的家近か人間である。
木造2階建て、築40年のこの家の2階に、俺の部屋がある。
俺は重い足で階段を登り、ドアを開けて荷物がパンパンに詰まったエナメルをドスンと床において、そのままベットの上に倒れこんだ。
「疲れた…。」
流石の俺も疲れた。やはり100本射詰めは体に直にこたえる。新也は同じ本数射込んだはずなのに全然疲れた様子を見せなかったな、やはり三つ子の魂百までとは上手く言ったものだ。
「小さい頃からやってる奴はちがうなぁーっと。」俺はベットの上で背伸びをしながらそう言った。
そのうち下から母が「夕飯よー!」っとお声がかかったので、夕飯をサッと食べ、風呂にザッと入った後、俺はベットの上で眠りに就いた。
翌日から踊りの練習は始まった。朝・昼・夕の3回二分け、1日合計3時間を踊りに費やした。
時々ふと「俺は弓道部だよな…?」と思ってしまうことが多々あったが、そんな雑念を捨てて踊りに集中した。主に動画サイトの踊り手を参考にして練習した。新也は終始不満気な顔をしていたが、流石に「越天楽今様」を壇上で踊らせるわけにはいかなかったので、上手くなだめてやった。
当日、体育館は新入生と紹介する在校生とで大いに賑わっていた。弓道部は17番目、もう少し良い順番になりたかったが、まぁ仕方あるまい。
俺の横には新也が今か今かと出番を待っていた。練習の時は不満であったとしても、いざ本番となればこいつのことだ、盛り上げてくれるに違いない…。今のお前の顔はそんな顔している! と、俺は密かに新也に期待した。
ふと、目の前のスポットライトによって照らされている舞台をみると、サッカー部が海パン一丁で全身にありったけのローションを塗ってボディービルコンテストを開いていた。
「…………………。」
サッカー部は紹介を終えた後、教師陣によって連行された。
サッカー部員に神の御加護があることを俺は望んだ。
次は俺たちの番だ。部の存続のため、客観的に見たら陰キャラであろう俺は、舞台の上で新入生200余名を前にし、踊ることになる。 舞台袖にて、俺は16番目の美術部の紹介を見ながら、そんなことを考えていた。
『美術部の方ありがとうございました!では、次はエントリーナンバー17!弓道部の皆さんの紹介でーす!』
司会役の生徒がそう答えた。
俺たちは今、己の信条を捨て、部の存続のために1分間の戦いをする。
「目標は10人だ。行こう!」新也は意気込み、それに応えるようにして「あぁ」と、俺は気を引き締めた。
そして俺たち二人、サンサンと照らされる舞台へ、一緒に足を、踏み出していったのであった。