行路新タマル卯月ト我ガ信条ノ終焉 其ノ一
中学における3年間と高校における3年間とでは、高校の方が2,3倍程時が進むのが早く感じられるものである。
高校というのは、それはそれは巨大な料理な訳であって、それら全てを3年間のうちに出来るだけ凝縮して堪能せよと言うのだから、否応無しに濃密な学生生活を送ることになる。中には"陰キャラ"という存在もいるが、彼らは彼らなりに読書やカードゲームなどをして学生生活を充実させているのである。
俺…? 俺は…そうだな…。まぁ自分なりに充実した学生生活を送っている……と思う。
高校入学以来、俺は今、後ろで俺と同じく弓を引いている神宮 新也以外、積極的に友人を作ろうとしなかった。いや決して、入学当初の友達作りの流れに乗り遅れた訳ではない。俺は基本的に人と交流を持つことが苦手だ、というよりも面倒に感じるのである。
友人がいたところで、俺の生活環境上メリットになるものは1つもない。むしろ一人でいる方が気楽な事もある。なんともニヒリズムな性格だろうか…。
自他共に認める親友である新也は、まさに例外中の例外、俺が恐らく親以外でいなくなったら少し寂しいという気持ちになるであろう唯一の人間かもしれない。こいつとはなぜか馬が合う、恐らく性格が真反対にも程があるから、お互いに無い部分と有る部分が上手くかみ合っているからかもしれない。
神宮 新也、俺の小学校からの幼馴染にして唯一の親友、家は地元の永安神社で代々神主を務める名家、神宮家の長男にして28代目の神主になるよう定められた男。幼少の頃より神主としての教育を受けている上、古武道に精通しており、特に弓術においては敵なしと言わんばかりの実力を持ち、我が洛安高校弓道部の主将として部を率いてきた。性格も明るく外向的で、入学当初は"友達100人できるかな計画"というものを発動していたが、たった1ヶ月でそれを達成し、今現在、その延べ人数は新入生を除く全校生徒400人に匹敵する、生徒会長に次ぐ学校では知らぬものはいない人間だ。
俺はそんな新也を一時期羨ましく思った事もあったが、今の俺の生き信条からすれば、こうも思えてくる…。
「疲れないのか?…お前。」
「は?」
俺はつい、その気持ちを口に出した。後ろから新也が注意する。
「会に入っている時に話しかけるなよな。」瞬間、新也は十分に左右に伸び切ったところで離れを出した。
パァン…タァァン…。
道場に弦音と的に矢が当たる音が響いた。しっかりと残心をとって、射位から新也は出て行くと、俺の方を向いて、
「疲れないかって?僕は何本射ても疲れないよ。小さい頃から弓術は体に叩き込まれているからね。むしろ楽しいから射れば射る程力がみなぎるようだよ。」と、さっき俺に注意した時とは打って変わって優しい口調でそういった。
「いや、そういう意味じゃ無くてな。その…、お前の学校生活の事なんだか。そんなに友人がいて、疲れないのかと思ってな。」
「ん?何?そんな事考えながら弓引いてたわけ?ダメだなぁ。道理で今日のイロドリの矢どころは散在している訳だよ。弓引いている時は的のみに集中!これ基本なりけるよ。」と、新也は俺の質問に答えなかった。
ちなみに"イロドリ"というのは新也が俺に対して付けたアダ名である(まぁ新也以外そう呼ぶ人間は皆無なのだが)。
俺の本名、天満 色採の"色採"を音読みしてそう呼んでいる。"しきと"ではなく"イロドリ"とアダ名のくせに名前よりも長くなっているのはいささかどうかと思うのだが、何せ小学生の時に付けられたアダ名なので、今となっては違和感はほとんど無くなってしまった。
ふと、的の方を見る。新也の言うとおり、俺の今日の矢どころは注意力散漫を意味しているが如く、てんでバラバラだ。
「今年が最後の年なんだよ。そんな事を考えている暇があったら少しは練習に打ち込むこったね。」と新也はにやけてそういいながら矢を2本持ち、再び射位に立った。
「そもそもイロドリは、『友人なんて糞食らえ、人間なんて俺一人で十分だー!』とか言ってなかったっけ?」
「俺は人間としてそこまで廃人じゃない…ていうかそんな事一言も言ったことないだろうが!俺の性格を勝手に改変するな!」
「あり?そうだったっけな?なはは…。」と新也は笑った。
「そうやってふざけていると、お前がさっき俺に言ったことを俺がお前に言うことになるぞ。」
パァン…タァァン…。
「………………。」
「僕はイロドリのように初心者じゃないからね。さっきも言ったろ?体に叩き込まれているって。」新也の顔からは自信の笑みが溢れ出ていた。
「………ふむ、ならばその自信に溢れるその顔を俺が崩し去ってやろう。」
「え?」
「久々にやろうぜ。100本射詰め総的中数勝負だ!」
「いいのか?イロドリこの勝負一度もかったことないだろうに。」
「ふん、舐めてかかると痛い目見るのはそっちだぜ。」
「うぅむ…。まぁいいか、どうせ二人だけだし、久しぶりにやるか。でも、負ける気はさらさらないよ。」
にやりと新也は笑った。
「よし!じゃあ早速始めようぜ!」
二人は矢を持てるだけ持って、スッと同時に射位に立ったのだった。