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現状維持

作者: 浜焼き三太郎
掲載日:2026/05/01

「恋」とは、今の自分を壊す劇薬だ。

誰もが口にする「彼女が欲しい」という言葉。けれど、いざ目の前に「運命」の輪郭が現れたとき、僕は恐怖で足がすくんだ。

踏み出せば、二度と今の自分には戻れない。

寮の食堂、騒がしい夕食の時間。親友・晴也の鋭い指摘に、僕は「勇気がない」という盾で自分を守ることしかできなかった。

逃げているのはわかっている。それでも、僕は僕のままでいたいんだ――。

変わりゆく季節の中で、立ち止まることを選んだ少年の、臆病で、切実な恋のプロローグ。

「夕陽っ、お前、後輩女子とデートするってマジかよ?」

ガタンっと音を立てて、夕食の乗ったトレイが僕の目の前に置かれた。

「え?あぁ、由香里さんのこと?別にデートってほどじゃあ……。」

興奮冷めやらぬ、そんな感じで鼻息を荒げているのは友人の晴也だ。

同じ寮住みでオタク趣味、仲良くなるのに時間はかからなかった。

「男女二人きりでカラオケだろう?それをデートと言わず、なんて言うんだ?」

「……うっ。でもさ、友達同士で遊びに行くってだけの可能性もあるだろ?

決めつけはよくないよ。」

近づいてきた彼の顔を、引きはがすように言い放つ。

そうして、一旦落ち着こうと、手元の味噌汁を一気に飲み干した。

「まぁ、それは別にどっちでもいいや。」

とうとう観念したのか、晴也の方も食事に手を付け始めた。

しばらくして。

「んで、結局どうすんの?付き合うの?」

「ブフォッ!!」

突拍子もなく彼が言うものだから、危うく口内のワカメを吹き出すところだった。

「おいおい、汚いぜ。」

「そっちが急に、変なこと言うからだろ!!ってか、

さっきの話聞いててどうしてそうなる?」

「いやだってそうじゃん。」

むせて涙目になった僕を見ながら彼は続ける。

「前に夕陽、可愛いオタクの彼女が欲しいって言ってたろ?」

「いや、言ってたけれども……。」

「高身長に高ルックス、おまけに性格も良いときた。

どうだ?なかなかの良物件だろ?」

まるであざ笑っているかのような晴也の態度に、若干の苛立ちを覚えた。

―――が、何も言い返せなかった。

「ハッキリ言って遠くからでも、その子、お前に気があるって分かるぜ。

こんなチャンス他にないんじゃねーの?」

「……」

そう言われて、僕はふと考える。

《確かに、由香里さんは所謂運命の人ってやつなのかもしれない。

それでも僕が拒む理由は―――》

「……現状維持。」

「……へ?」

「僕はこれでいい、このままがいいんだよ。」

聞いている晴也はきょとんとしている。

まるで、信じられないものでも見ているみたいに。

「いや、お前。彼女欲しいんじゃなかったのか?」

「そりゃあもちろん欲しいさ。いたらきっと、人生楽しいだろうなってつくづく思うよ。」

「だったら―――」

「でも、ダメなんだよ。」

彼の言葉に被せるようにポツリ呟いた。

「僕には……誰かと付き合う勇気なんて、持ち合わせていないんだよ。」

これが僕の本音だった。

「一度でも付き合ってしまえば、僕は多分、前までの自分に戻れなくなる。

それがたまらなく怖い。」

絞り出した声は、風に吹かれてしまいそう。

そのくらい、か細くて不安定なものだった。

「……“大人になる” か。そんなの遅かれ早かれ、誰もが通る道だろ?

気にしたってしょうがないぜ。」

机に指先を滑らせながら、彼が静かに諭してくる。

「頭では分かってるんだ、いつかは受け入れなくっちゃいけないって。

でも、そうだとしてもさ。」

自嘲気味にくしゃりと笑う。

「無理なんだよ。今日も、明日も、この先もずっと……。」

瞬間、僕らの会話がピタリと止まった。

うるさいくらいの彼の声が、いくら待っても聞こえてこない。

「……」

まっすぐ僕を見ている。

その顔は、呆れ?怒り?それとも同情か?

言葉と言葉の空白に、晴也は何を思っているのだろう。

《分かるわけないか、こんな僕じゃ到底……。》

空の皿を乗せた、トレイを持って立ち上がる。

「ごちそうさま。それじゃあ、お先に失礼するよ。」

そのまま彼の隣を過ぎていく―――

「……だから“勇気がない” か。」

晴也の言葉に、ふと足を止める。

「逃げてるだけじゃねえのか?」

次いで二言目が浴びせられる。

「……幻滅した?」

「どこまで行ったって僕は僕さ。……そういう自分が何よりも嫌いだよ」

それだけ言って、僕は食堂を後にした。


初めて投稿させていただきます。

読んでくださった方に、少しでも共感や面白さを感じていただければこれ以上の喜びはありません。

至らぬ点も多いかと思いますが、アドバイスや感想をいただけたらとても励みになります。よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
私も寮暮らしで親近感湧きました! 青春って感じでした
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