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第五話

自分がいわゆる不治の病だと知ったのは小学校五年生の時だった。


ある日、突然高熱が出て、病院に担ぎ込まれた。精密検査の結果、免疫系に異常があると診断された。いつまで生きられるかは分からないと言われた。一年後に死んでいるかもしれないし、五十年後も生きているかもしれない。夜中、母親が食卓のテーブルで泣いていたのを見たことがある。自分が泣かせているのかもしれなかったのが辛かった。

それからは陰鬱な日々だった。少しずつ白くなっていく髪の毛が自分を精神的に追い詰めていった。母親が買ってくる黒の毛染めの匂いが大嫌いだった。


転機は小学校六年生の時だった。ある日、突然思った。一年後に死んでいるかもしれないし、五十年後も生きているかもしれない。そんなの誰だって一緒じゃないか。皆、そうだ。車にぶつかられたら明日死んでてもおかしくないし、私にだって五十年後も生きている可能性が残されている。自分と皆、何が違うんだ。時折、出る熱も誰だってそうだ。風邪をひいたのと一体、何が違うんだ。風邪だって運が悪ければ死に至る。ただそれだけのことだ。


そう考えると白い髪が自分の誇れる個性のように思えた。私は毛染めを使うのをやめた。白い髪を隠さないことにした。友人には髪を金髪にしたんだと説明した。すると、不思議なことに男子から告白されるようになった。ギャルっぽくなったのが受けたのか、それともすべてさらけ出そうとしたことで魅力が生まれたのかは分からない。ただ人から好意を打ち明けられるというのは、自己肯定感を高めてくれた。病気に対して後ろ向きに生きるのではなく、それを肯定して受け入れることが正しいのだと信じさせてくれた。


しかし内面でいくら病気を受け入れようと、不定期に発生する高熱は私を肉体的に苦しめてきた。これが現実だと何度もたたきつけられた。

両親は良い病院はないかと探し求めた。北陸の田舎に名医がいると聞いて、定期的にそこに通うようになった。しかしそこでも画期的な治療法に巡り合うことはできなかった。

私の発熱の頻度は日々上がっていった。このままではいつ倒れてもおかしくない。家族は北陸の病院の近くに引っ越しすることに決めた。


母親からは学校は分かりやすいところにあると聞かされていた。街のどこからでも見える小山の麓にあるのだから迷うはずが無いと。でも万が一のことがあるからと思って、念のためネットで調べて地図を作ってカバンに入れておいた。


季節は真冬の二月だった。この日のために買ったダッフルコードを着込み、母親には無謀と言われたけれどあえて生足にローファーで学校に向かった。生足は確かに寒かったが、スノーブーツはいらないと思った。実際、家の周りには雪がほとんどなかったのだ。すぐ隣の駅は大雪だなんて、一体、誰が想像するだろうか。


転校初日ということで、登校は普通よりも遅い時間をしていされた。たぶん受け入れの都合等あったのだろう。通常の通勤通学時間をさけることができたので、駅から乗り込む人数はとても少なかった。ちゃんと覚えてはいないけど、数人くらいしかいなかったように思う。でも駅の時刻表を見る限り、この駅から出発する電車は一時間に一本だ。もともと使用する人の少ない電車だったのかもしれない。


電車の窓から眺める冬の空はどんよりしていた。雪を降らせる灰色の雲が世界を覆っていた。その中を電車が少数の乗客を乗せて走っていく。終末的な情景に意味もなく祈りたくなる。何を祈るかすら分からないまま、ただ世界よ良しかれと。


隣の駅に着いたとき、目を疑った。雪が腰を超える高さまで積もっていた。これが雪国というものかと驚愕させられた。母親が主張していた山も、ちらつく雪のせいか視界が悪くほとんど見えなかった。地図を作っておいてよかった。そう思いながらカバンの中を探した。が、地図はどこかに失せていた。私は駅前にしゃがみこんでカバンをひっくり返して探し回っていた。


そんなときのことだ。男性が私を凝視しながら通り過ぎて行った。一体、何を見ていったのだろう?ふと自分を確認するとしゃがみこんで太腿の上にカバンを乗せていたせいで、スカートが太腿の付け根辺りまでめくれあがっていた。乙女の太腿を不躾な視線で汚すなんて!私は立ち上がって声を荒げてその男を怒鳴りつけた。その男は身を竦ませながら去っていった。その男の着ていたのが大野高校の制服だったと気づいたのはその直後だった。


あの人に着いていけば大野高校に行けるかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。

でも怒鳴りつけてしまった手前、助けを乞うのは憚られた。

私は彼の後ろを5メートルくらい離れてついていった。道は除雪されたようだけど、それでも雪は5センチほど積もっている。都会に住んでいると俄には信じがたいが、きっと除雪した後にさらに雪が積もったのだろう。私の足の甲とほぼ同じ高さまで積もった雪は、あっという間にローファーを水浸しになった。雪が溶けてできた水だ。つま先が冷たさでジンジンと痛んだ。


不意に前を歩く少年が振り向いた。私を視界に入れる。きっと不審に思われたのだろう。


「あんた、大野高校の人?」


私は彼に聞いた。彼は少し挙動不審になりながら頷いた。私は彼に大野高校まで連れて行ってくれるように頼んだ。


しばらくの間、彼の隣を歩いていた。彼は木茂央太というそうだ。何を勘違いしたか分からないけど、私のことを雪ちゃん呼ばわりしたので睨みつけたら、その後は雪さんと呼ぶようになった。彼は私より一つ年上なのだけど、無礼者にちゃん付で呼ばせるわけにはいかないのでちょうどいいと思った。


その頃、私はすっかり足の先の感覚がなくなっていた。ローファーが雪解け水をためる入れ物のようになっていたのだ。もしかしたら歩き方もおかしくなっていたのかもしれない。木茂さんはそれに気づくと、自分の靴を履けと熱く主張してきた。正直、頭がおかしいと思った。出会ったばかりの男子の靴を履くなんて、いくらなんでも気持ち悪すぎる。私は断固として拒絶した。


すると業を煮やした彼は私を近くのバス停へと連れて行った。その時、突然、手を握ってきたので不覚にもドキッとした。


この地方のバス停は雪が降ることもあってか、ちょっとした小屋のようになっていて雪を避けることができる。風が入ってこないせいか外に比べて心無し温かく感じた。


「靴と靴下を脱いで」


木茂さんが強く要求するので私は渋々脱いだ。警察に通報すれば絶対犯罪として成立すると思った。でも私のことを思って言ってくれたことだ。甘んじて受け入れた。

すると何を思ったのか、この男は私の素足を手で温めようとし始めた。いや、さすがにそれはちょっと待て。つい「ちょっと!」と言い咎めた。ハンカチ越しとはいえ素足を触るなんて許せなかった。が、この男は何を勢いづいているのか行為を止めようとしなかった。下手に抵抗するとスカートがめくれあがってしまいそうで強く抵抗することもできず最終的にはなすがままになってしまった。もう諦めてしまった。結構長い時間、そうしていると次第につま先の感覚が戻ってきた。

「もう大丈夫だから」

そう言うと、木茂さんは手をどけてくれた。靴下を脱いだ瞬間は、真っ赤を通り越して真っ白になっていた指が色を取り戻していた。


私はバス停のベンチの上で三角座りして自分の手でつま先を温め始めた。そこに木茂さんがホットドリンクを持ってきてくれた。冷たくなった手足にそれは過剰な熱さだった。が、それを足先に当ててどれだけ自分の体が冷え切っていたか思い知った。


視界の端には脱ぎ捨てたローファーと靴下が転がっていた。とてもじゃないけどもう一度履きたいとは思えなかった。木茂さんに同じことを聞かれて私は首を振った。するとこの男はもう一度、自分の靴を薦めてきたのでやっぱり頭がおかしいのだと思った。さすがにキモすぎた。


すると木茂さんが学校まで靴を取りに行ってくると言い出した。女性教師の靴だったら抵抗ないでしょ?と言われた。私はブンブンと首を縦に振った。自分の靴はもう履けない。知らない男子の靴など死んでも吐きたくない。八方ふさがりだったのだ。そこに生じた一筋の光明だった。私にはそれを拒否することなどできなかった。


「じゃあ行ってくる」と言って少年は雪の中を駆けだしていった。

一人、取り残されたバス停の中から、私は雪景色を眺めていた。雪の白はそれ以外の色をすべて黒にする。世界はたったの二色で構成されてすべてを灰色に落とし込む。自転車よりも遅い速度で走る自動車、雪に逆らうように傘を立てる通行人。バス停の中から見える風景は映画の中の世界のように別世界だった。


木茂さんが戻ってくるまで結構な時間がかかった。たぶん30分くらいだと思う。手に持っていたのはベージュの可愛らしいスノーブーツだった。私もスノーブーツを買うときはこんなのを買おうと思った。


正直、木茂さんの印象はあまりよくなかった。でもこれだけ良くしてもらっているとさすがに悪くも思えなかった。何しろ私は駅前で不躾に彼を怒鳴りつけているのだ。それなのにこんなに一生懸命、私のために動いてくれるなんてすごくいい人なんだろうなって思った。事実、彼の頭からは湯気が上がっていた。いくら寒いとはいえ、普通、湯気なんか上がるわけがない。よほど一生懸命、学校まで走ってくれたのだろう。


「ありがとう」

学校に着くと自然と、その言葉が口から零れていた。彼が少し嬉しそうに笑ってくれたことが、私も嬉しかった。


だからなのかもしれない。彼にこの街に来た理由を聞かれたときに素直に本当のことを答えようと思ったのは。誰にも言ってないことを彼にだけ答えようと思ったのは。


「私、実は病気なんだよね」

見せつけるかのように白い髪を掌で持ち上げる。

優し気な彼の笑顔が凍り付いていくのがはっきり分かった。



その数日後のことだ。学校に登校すると玄関前の階段に座り込んでいる五人組を見かけた。


何してる人たちなんだろう?


見るともなしに見ていると、五人組の端に座っていたのはクラスメイトの相原君だった。


「あれ?」


つい声が出てしまった。相原君のほうも少し驚いた表情をしていた。何をしているのか聞いてみると玄関前の雪かきらしい。自主的にしているそうなのだから全く偉いとしか言いようがない。一体、どんな人がやっているんだろう、と五人の人を見て見ると、一番遠いところに座っているのは転校初日に助けてくれた木茂さんだった。


この間、助けてもらったんだし、ここは木茂さんに借りを返すいい機会かもしれない。

「自主的ってことは私がやってもいいのかな?」

そう訊いてみると返ってきたのは肯定の返事だった。


一旦、教室に戻って荷物を全部おいて、学校の玄関に戻った。木茂さんは私の恰好をジロジロと見ていた。木茂さんは良い人だと思うけど、やっぱりキモい人でもあるなって思った。


一方、クラスメイトの相原君は背の低めの可愛らしい印象の人だ。物腰も柔らかく話しやすい。雪かき用の重いスコップを平気で持っているのだから、外見と違い男の人っぽいところもあるのかもしれない。


初めてやった雪かきはとにかく重かった。ただでさえスコップが重いのに、その上にたくさんの雪を乗せるのだ。すくった雪をプルプルと震える手で作った道のすぐ隣にどさりと落とす。とてもじゃないけど、他の男子のように遠くに投げ飛ばすなんてできそうもなかった。


あまりみんなの助けになれてないかも、と思ったけど、僅かばかりとは言えまったく助けになれてないということはないはずだ。そんな思いでスコップを扱っていると、不意に後ろから声をかけられた。


「御国さんなにしてんの?」


振り返るとクラスメイトだった。「その髪ですぐ分かったよ」といわれた。雪かきのお手伝いをしてるというと、その子も手伝ってくれるという。それを雪かき隊のリーダーの生徒会長に伝えると大歓迎だと言ってくれた。


彼が一旦教室に行ってくる間に、木茂さんが彼のスコップを倉庫に取りに行ってくれた。本当、この人は良い人だなって思う。


そんな風に雪かきの手伝いを買って出てくれる人は断続的に現れた。その度に木茂さんがスコップを取りに行かせてしまい申し訳なかった。さすがにこれはまずいと思い、三人目のスコップを取りに行く際には私も木茂さんを追いかけて行った。


スコップを取りに行かせてしまってごめん、というと全然そんなことないよ、と木茂さんは首を振った。私が新調したスノーブーツの感想を聞いたら、見てないと嘘をついてきた。怒ると「可愛かった…気がする」ととぼけられた。あとからちゃんと問い詰めねば。


倉庫から取り出したスコップは重かった。どれもこれも金属製の物ばかりなのだ。女性向けの軽いプラスチック製がないのは、玄関の雪かきに協力する女子生徒が少なかったからかもしれない。

木茂さんに持たせるのはあまりにも申し訳なかったので、自分が運ぶと主張した。だがやはりスコップは想い。廊下に当てないように高さを保ちながらなので余計に重く感じる。杖のように使えたらもっと楽なのに、でもスコップの先が当たったらリノリウム張りの廊下は簡単に傷が入ってしまうだろう。そんな私の様子を見て心配になったのか木茂さんは何も言わずにスコップを引き受けてくれた。結局、また木茂さんに持たせてしまった。いつも助けてもらっている。「ありがとね」という言葉が自然と口から出てしまった。


そんなこんなで玄関までスコップを運んだのだけど、雪かきはそこで終わりになってしまった。折角運んだのになあと思ったのだけど、大半を運んでくれた木茂さんが笑顔だったので私も何も言えなかった。


最後にスノーブーツの感想を木茂さんに訊いてみた。「可愛い」と言ってくれて嬉しかった。でも一突きになったことがあった。どうしてあんなに暑そうにしているのだろう?また体から湯気が上がっていた。そんなことを思いながら自分の教室へ帰っていった。



都会にいた頃は結構な頻度で告白をされていた。田舎ではさすがにそんなことはなかろう、と思っていたのだけど、転校してからこれで二度目の告白を受けることになる。正直、気が進まない。今回もよく知らない人から呼び出された。旧時代のお見合いでもあるまいに、良く知らない人と付き合えるわけなんかない。体育館の裏口に進む足取りも重かった。


裏口の扉は人一人が通れるくらいの隙間空いていた。私はそこをくぐって外に出る。雪がぼんやりと輝いていて眩しく感じた。多分、電灯のともらない薄暗い体育館を通ってきたからというのもあるのだろう。眩しくてかすかに瞳が潤んだ気がした。


私を待っていたのは隣の暮らすの男子だった。まったく顔すら知らなかった人だ。これだったら釣り書きがある分、お見合いの方がましだと思った。


目の前の男の子は、色々と私を褒めてくれた。でもそれは私の耳には呪文のように聞こえた。魅了の呪文だ。でも残念だけど、目の前の人は知らない人なのだ。受け入れられるはずがない。


「ごめんなさい」

抑揚のない私の言葉はきっと機械でも吐けたに違いない。それくらい重みのない言葉だった。目の前の男の子にそれが伝わってしまったのかどうかは分からない。男の子はその言葉を聞くや、ちょっと恥ずかしそうに身をよじった後、裏口の隙間から体育館の中に戻っていった。


私は伸びをした後、気晴らしのように両手を伸ばしてその場でくるりと回転した。体育館の裏口付近はまったく雪かきがされていなくて、雪が自然のままに積もっている。いわば自然の雪垣で、自分だけのスペースのように思えた。そしてそう思ってしまうと、本当にそうなのか?という気持ちが自然に湧いてくる。体を回転させながら周囲を確認する。すると校舎の三階に人影があった。それも見覚えのある人影だ。


木茂さん。

なんであの人はこんな告白スポットを監視してるんだ。本当にキモいな。


私がスマホで乱暴に木茂さんを呼び出すと、彼はすぐさまやってきた。この人、先輩のはずなのになあ。私はつい笑ってしまった。


木茂さんを呼び出しはしたものの、実は半ば冗談だった。まさか本当に来てくれるとは思わなかった。やっぱり木茂さんは良い人だった。


でもそんなことより今は気が沈んでいた。告白を断られた側は当然辛いだろうが、人の好意を断るのも体力が必要だ。正直、断りたくなんかない。でも知らない人と付き合うのもいやだ。嫌だと嫌だを天秤に載せて軽いほうを捨てただけなのだけど、やはり捨てることにはどうしても罪悪感が残るのだ。


体育館の裏口から見える世界は眩しい。そんな眩しい世界で生きていけたら。悲しいことも辛いことも無い真っ白い世界。でも人が何かを望む生き物な以上、その望みが叶わないこともある。それが暗さを生むのならばいっそ何も望まなければいいのに。そうすればこの世から暗さなんかなくなる。そんなこと出来るわけないのだけど、そうであればいいと思ってしまう。


無意味だなあ。考えるだけ無駄だ。そんなことを思いながらぼうっとしているときに、木茂さんが裏口から外に出て行った。何しに行ったんだろう?外を伺っていると木茂さんは両手に雪を持って、私の方に下手投げで投げてきた。


はあ?


後ろ手に着いた私のおなかに雪が着地していた。私は怒った。裏口から外に出てお返しとばかりに、容赦なく顔面目掛けて雪を投げつけてやる。すると木茂さんは「ひい!」と妙な声をあげて逃げ惑った。だが結局、命中した雪玉は木茂さんの頭を白髪みたいにした。


ノリの悪い木茂さんはどうも私が本当に怒ったと思ったらしい。こんなことで怒ったと思われるのも失礼な話なのだけど、そうやって凹まれるのも失礼な話だ。痛かったか?と顔を覗き込むと、妙なキョドり方をしたので多分平気なのだろう。


木茂さんは全然悪い人じゃないんだけど、どうもノリが悪い。普通にやり返せばいいのに、というと女の子に雪はぶつけられないとか言い出したので、多分彼は侍か何かなのだと思う。それだったら最初から私に雪玉投げてこなければいいのに、と思ったけれど、あれはあれで木茂さんにとっては違う意味があったのかもしれない。正直、キモオタの考えることは理解できない。


好きなことを聞いても話題の弾むような答えは返ってこない。こちらとしては勢いとはいえ、呼び出してしまったのだから一緒に遊ぼうと思って色々話しかけているのだけど、どうもうまくいかない。雪の遊び方を訊くと、顔型を作るとか言い出した。実際に作るところを見せてくれたのだけど、何が楽しいのかよく分からなかった。


「じゃあ、雪だるまでも作ろっか」

私は手で作っていた雪玉を大きくしようと雪の上を転がしてみた。漫画やアニメだと雪玉を転がせばどんどん大きくなるものなのだけど、悲しいことに全く大きくならなかった。結局、雪をかき集めて作った雪の胴体の上に同じく雪を寄せ集めて作った頭部をのっけて完成ということにした。


その後、木茂さんが雪へダイブするのを見て、私は二階の窓から飛びおりても大丈夫なんじゃないかと思った。実際に木茂さんと二人で体育館のギャラリースペースに昇って窓から下を見下ろしてみた。大丈夫そうな気がした。実際にやってみると、全然平気だった。なにせ積雪は1メートル近くあるのだ。クッション性は十分にある。


ほぼ全身を雪にうずめた状態で、体を仰向けにし、体育館の窓からこちらを伺っている木茂さんを呼んだ。木茂さんはすっかり臆病になってしまっていたのだけど、結局飛んでくれた。私は両手で拍手した。また木茂さんの頭から湯気が上がっていた。これはどういわけなのだろう。


私は楽しくなって何度も体育館の窓から飛んだ。木茂さんは一応それに付き合ってくれた。でもそれに甘んじたのが良くなかったのかもしれない。危険なことはさっさとやめるべきだったのだ。


最後の一飛びで木茂さんが大けがをしてしまった。雪に埋もれた瞬間、木茂さんがとんでもない苦悶の叫びをあげた。雪を掻き分けて木茂さんの近くに駆け寄ると、木茂さんが抱えた右足の傍に金杭が突き出ているのが見えた。私は「先生呼んでくる」と言って職員室へと駆け出した。


先生は即座に救急車を呼び、木茂さんは病院へと担ぎ込まれた。


私が先生から事情聴取を受けている最中、「手術になるらしい」という声が聞こえた。病院から連絡を受けた先生がそう漏らしたのだ。手術。その単語が頭の中をぐるぐると回った。嫌がる人を二階から飛ばせた責任。私は目の前が真っ暗になる思いがした。



翌日、私は病院に木茂さんのお見舞いに行った。手には花屋であしらえたお見舞いの花束を持っていた。病室の前に妙齢の女性がいた。私の制服を見て木茂さんのお見舞いだと察したのだろう。私に話しかけてくれた。


私は咄嗟に謝った。私のせいで木茂さんが怪我をしたのだ。謝らないわけにはいかなかった。木茂さんのお母さんは柔らかい笑顔を浮かべた。「いいの。これは仕方ないことなの」お母さんはそう言ってくださったけれど、何が仕方ないことなのかよく分からなかった。


お母さんと一緒に病室に入ると、木茂さんはベッドの上に横たわったままだった。患部の足を三角巾で吊り下げていた。多分、そのせいで身を起こすこともできないのだろう。


幸い、木茂さんは怒っている雰囲気はなかった。でもそれを救いにした自分はズルいと思った。


私は謝った。申し訳なさ過ぎた。「ごめんなさい」そう言って頭を下げた。お見舞いとして花束を渡すとお母さんが先輩の代わりに受け取ってくれた。


少し待つとお母さんが花束を花瓶に移し替えて持ってきてくれた。木茂さんは花束に興味津々だった。花の名前と花言葉を教えると「へー詳しいね」と感心してくれた。全部、花屋さんの受け売りだとは言えなかった。


私はどことなく雰囲気のおかしさを感じていた。どうしてこの親子は私を一切責めないのだろう。私は無茶な遊びに息子を駆り出して大けがを負わせた張本人のはずなのに。


「自分で選んだんだから」


お母さんはそう言った。自分で選んだ?飛ぶことを選んだということなのだろうか?何かが違う気がした。だって、息子が大けがさせられて、そんな風に諦められないだろう。そして、仮にそう諦めたのだとしたら私に怒らなかったとしても、私を二度と息子に近づけないようにするだろう。


だとしたら、木茂さんは何を選んだのだろうか?

その問いは私の中に漠然とした疑問としていつまでも残り続けた。



先輩が入院して数日後、私は学校の購買でとんでもないイケメンを見かけた。たぶん二年生だと思う。男性アイドルみたいに中性的な容貌に柔らかな物腰。細身で背も高い。東京の街を歩いていたら芸能人としてスカウトされてもおかしくないと思った。


すっかり一目惚れだった。二年生ならば木茂さんが知っているかもしれない。聞いてみよう。


お見舞いがてら木茂さんにそのことを話すとどうやら木茂さんは知らないらしい。少なくともクラスが分からないとと言った。どうにかしてイケメンのクラスを突き止めないといけない。


木茂さんのつてが期待できないと言うので、同級生に聞いてみた。すると同級生はそのイケメン先輩のことを知っていた。やはり有名人らしい。後輩の間では「大輔先輩」と呼ばれているそうだ。でも残念なことに大輔先輩には彼女がいて、その名も尚子先輩というらしい。尚子先輩は生徒会に所属する学年トップの成績を誇る才女であり同時に超絶美人でもあるそうだ。スポーツ万能の大輔先輩とはあまりにもお似合いすぎて誰も羨ましがることもできないという。


しかし私は諦めることができなかった。この白い髪に賭けて諦めるわけにはいかなかった。人生は一度きりなのだ。


大輔先輩のことも尚子先輩のことを知らないふりをして、私は木茂さんに訊いてみた。イケメンはC組らしいのだけど繋いでもらえないかと。でもC組に知り合いはいるものの、大輔先輩と仲がいいかどうかは知らないという答えが返ってきた。木茂さんの線から大輔先輩に近づくのは難しそうだった。



少し前からずっと気になっていたことがあった。それは木茂さんの健康のことだった。

木茂さんと知り合ってまだ間もないが、木茂さんは何かにつけて発熱している。当初はそう言う人なのかと思っていた。だがあまりにも頻度が多すぎる。人は出来事の強度で物事の正常異常を判断しがちだけど、軽度の症状でも頻度が多ければそれは異常の症状の一つだ。


私は意を決して聞いた。「何か悪い病気になっているんじゃないか」と。

すると木茂さんは言った。「病気じゃないから大丈夫」だと。


木茂さんは優しい。自分が入院しているのに、私が入院させた張本人なのに、木茂さんは私のことを心配してくれる。私は素直に自分の健康について答える。「すごく健康だ」と。すると、木茂さんはそれがすごく良かったことのように微笑んだ。彼自身は病院のベッドに横たわっているというのに。私はそれがとても良いことのようには思えなくて微笑むこともできなかった。


その数日後、木茂さんは病院を退院した。私も本当は退院の日に駆け付けたかったのだけど、その日は家で用事があっていくことができなかった。


木茂さんとはその後、あまり関わることが少なくなった。というか、学校内で会う機会がそもそも無かったのだ。雪かきであるとか、告白中であるとかそういうタイミングにたまたま縁があっただけで、学年の異なる私と木茂さんは偶然や奇跡の力を借りない限り出会うことも無かった。


私は相変わらず大輔先輩に夢中だった。三学期の球技大会のバスケットボールで大輔先輩が大活躍したときは、私もコート外にかけつけてファンガールの一人になって大輔先輩を応援した。もっとも大輔先輩に一番近かったのはいつだって尚子先輩だった。大輔先輩の追っかけをしていると、尚子先輩の姿にもすぐに気が付くようになる。なにせ大輔先輩の視線の先を辿ればいつだって尚子先輩がいるのだ。超絶美人という評判のとおり、巷で可愛いと評判の私では完全に格負けしていた。私などは所詮庶民レベルの可愛さであり、尚子先輩は王侯貴族レベルの美しさだった。そのうえ、期末テストの成績は問答無用の学年トップ。私ごときでは手も足も出ない。


そんな時だった。大野高校に激震が走ったのは。


大輔先輩と尚子先輩が別れた。

そのニュースは一瞬で学校中を駆け巡った。

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