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転生先は「悪役令嬢の取り巻きB」でした。  作者: 秋月 もみじ


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第9話 枯れゆく世界樹と最後の選択


その日の朝、城は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

いつも冷静なカミル様が、額に汗を浮かべて私の部屋へ飛び込んできたのだ。


「マリー嬢! 緊急事態です。すぐに支度を!」


「おはようございます。……何かありましたか?」


私は作業着の紐を結びながら尋ねた。

カミル様の手には、私の商売道具であるスコップと剪定ばさみが握られている。

ただ事ではない。


「『世界樹』が、倒れそうです」


その一言で、私の眠気は吹き飛んだ。


世界樹。

帝国の広場に聳え立つ、樹齢一千年を超える巨大な神木。

この国の守り神として崇められている存在だ。

それが倒れる?


「急ぎましょう」


私は道具をひったくり、部屋を飛び出した。


***


現場は、お通夜のような雰囲気だった。

城壁に囲まれた広場の中央。

そこにあるはずの緑の巨塔が、無惨な姿を晒していた。


「……酷い」


見上げるほどの巨木だ。

幹周りは大人十人が手を繋いでも届かないだろう。

だが、その葉はすべて茶色く変色し、ハラハラと雪のように降り注いでいる。

枝は力なく垂れ下がり、幹の肌は灰色にくすんでいた。


木の周りには、ローブを着た魔導師たちが十人ほど集まり、杖を掲げて何かを詠唱している。

緑色の光が木を包むが、光が消えると同時に、またバサリと太い枝が折れて落ちた。


「駄目だ……魔力を注げば注ぐほど、拒絶される!」

「寿命だ。千年を生きた樹の命数が尽きたのだ」

「帝国の終わりだ……」


絶望的な言葉が飛び交う。

その中心に、アレクセイ様が立っていた。

背中を向け、微動だにせず枯れゆく木を見上げている。

その背中が、ひどく小さく見えた。


「陛下」


私が声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。

顔色が悪い。

目の下に隈ができている。


「マリーか。……すまない、こんなものを見せて」


アレクセイ様は掠れた声で言った。


「昨夜から急に枯れ始めた。魔導師たちの見立てでは、もう助からないそうだ。この木が枯れれば、民は動揺し、国は傾く」


彼は拳を握りしめ、血が出るほど爪を食い込ませていた。


「俺の力が至らないばかりに。俺が呪われているから、国の象徴まで……」


「陛下。場所を空けてください」


私は彼の自嘲を遮った。

感傷に浸っている場合ではない。

患者が目の前にいるのだ。


「診察します」


私は魔導師たちの輪を割り込み、木の根元へと進んだ。

「おい、何だあの娘は」「近づけるな!」という怒号が飛ぶが、カミル様が睨みを利かせて黙らせる。


私は巨木の足元に膝をついた。

まず、鼻を近づける。

湿った、重たい臭い。

腐った卵のような、硫黄の臭いが微かに混じっている。


次に、幹に耳を当て、小さなハンマーでコンコンと叩く。

ボフッ、ボフッ。

音が鈍い。

中が空洞化しているわけではないが、水が溜まってブヨブヨになっている音だ。


そして最後に、根元の土を手で掘り返した。

表面は乾いている。

だが、三十センチほど掘ると、じゅわりと泥水が染み出してきた。

冷たく、ドロドロとした黒い水だ。


「……やはり」


私は立ち上がり、服についた泥を払った。

原因は明らかだ。


「魔導師の皆様、魔力を注ぐのをやめてください。逆効果です」


私が声を張り上げると、全員の視線が突き刺さった。


「何を言う! 我々は必死に延命措置を……」


「溺れている人に無理やり水を飲ませているのと同じです!」


私は強い口調で遮った。

魔導師たちが口をつぐむ。


「この木は寿命ではありません。ただの『根腐れ』と『窒息』です」


「根腐れ……だと?」


アレクセイ様が目を見開いて近づいてきた。


「どういうことだ、マリー」


「地面の下を見てください。排水が悪くなり、地下水が溜まっています。根が水に浸かりっぱなしで呼吸ができず、腐り始めているのです。そこへ皆様が魔力という名の栄養ドリンクを大量に注ぎ込んだので、消化不良を起こしてトドメを刺されそうになっています」


私は足元のぬかるんだ土を踏みしめた。

この広場は石畳で舗装されすぎている。

雨水の逃げ場がないのだ。


「では、どうすればいい?」


「手術が必要です」


私はアレクセイ様を真っ直ぐに見つめた。


「木の周りの石畳をすべて剥がし、土を深さ二メートルまで掘り返します。腐った根をすべて切断し、炭と新しい土を入れ替え、排水用の溝を掘ります」


「切断……?」


老齢の魔導師が震える声で叫んだ。


「正気か! ご神木の根を切るなど! そんなことをすれば、木はショックで死ぬぞ!」


「このまま放置すれば百パーセント死にます。手術をすれば、五分の確率で助かります」


私は冷静に数字を提示した。

五分。

正直なところ、厳しい賭けだ。

これだけの巨木だ。根を切るダメージは計り知れない。

でも、やるしかない。


「ふざけるな! ぽっと出の小娘が!」

「陛下、騙されてはいけません! これは不敬罪です!」


周囲の反発は凄まじかった。

神聖なものにメスを入れる。

それは彼らの信仰への冒涜に聞こえるのだろう。


私は何も言わず、ただアレクセイ様の判断を待った。

私の命運も、この木の命運も、すべては彼の決断にかかっている。


アレクセイ様は、私と、枯れゆく世界樹を交互に見た。

長い、長い沈黙。

やがて、彼は静かに口を開いた。


「……マリー」


「はい」


「治せるか?」


その声には、縋るような響きはなかった。

あるのは、信頼。

私という人間への、揺るぎない確信だけだった。


私は深く息を吸い込み、答えた。


「私は樹木医です。患者が見殺しにされるのを、黙って見てはいられません」


「……そうか」


アレクセイ様は頷き、魔導師たちに向き直った。

その瞬間、彼の纏う空気が変わった。

絶対零度の、皇帝の覇気。


「聞いたな。これより、世界樹の治療に関する全権をマリー・レグルス嬢に委ねる」


「へ、陛下!?」


「石畳を剥がせ! 近衛兵総出で掘り返せ! 文句がある者はこの場から去れ!」


雷のような怒声が広場を揺らした。

誰も動けない中、最初に動いたのはカミル様だった。

彼は上着を脱ぎ捨て、私の持っていたスコップの一本を奪い取った。


「総員、作業開始! マリー嬢の指示に従え!」


その号令を皮切りに、騎士たちが走り出した。

躊躇っていた兵士たちも、主君の本気に当てられ、剣を置いてツルハシや鍬を手に取る。


ガーン! ガーン!

石畳が砕かれる音が響き渡る。

神聖な広場が、一瞬にして工事現場へと変わった。


「マリー、指示をくれ。どこを掘ればいい?」


アレクセイ様が袖をまくり上げ、私の横に来た。

その手には、あの革手袋が嵌められている。


「……陛下まで」


「言っただろう。一生、俺の庭を管理してくれと。ここも俺の庭だ」


彼は悪戯っぽく笑い、それから真剣な目で私を見た。


「責任はすべて俺が取る。君は、木を救うことだけを考えろ」


胸が熱くなった。

この人は、本当に。

国一番の無茶苦茶な、そして最高のパトロンだ。


「了解しました。……では、オペを開始します」


私はポシェットから一番大きな剪定鋸のこぎりを取り出した。


「まず南側の根元から掘ります。腐敗臭のする黒い根が見えたら、私が切ります。皆さんは土の搬出をお願いします!」


「応ッ!」


男たちの野太い声が上がる。

私は世界樹の幹に手を当てた。

ざらついた樹皮越しに、微かな脈動を感じる。


(まだ生きている。諦めてないわね)


私は心の中で木に語りかけた。


(少し痛いけど、我慢して。悪いところは全部、私が取り除いてあげるから)


太陽が高く昇る中、帝国史上最大にして最難関の「園芸」が始まった。

私の知識と、アレクセイ様の権力と、男たちの筋肉。

すべてを総動員した、命懸けの戦いだ。


泥と汗にまみれながら、私は不思議と高揚していた。

ああ、これだ。

私がやりたかったことは、これなのだ。

ただ綺麗にお茶を飲む人形ではなく、土に汚れ、命と向き合い、誰かと力を合わせて未来を掴み取る。


「ここの根、切ります!」


私が叫ぶと、アレクセイ様がすぐに切り取った根を受け取り、運び出していく。

その連携に、言葉はいらなかった。

私たちは今、確実に「二人で」同じ目的に向かっている。

それがどうしようもなく嬉しくて、私は泥だらけの顔で笑った。

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