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転生先は「悪役令嬢の取り巻きB」でした。  作者: 秋月 もみじ


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第2話 聖女認定お断りします


翌朝、私はいつものように土まみれだった。

実家の裏庭にある古びたガラス温室。

ここが私の城だ。


「おはよう、バジル。今日は香りがいいわね」


プランターに並ぶハーブたちに挨拶をする。

昨夜の騒ぎが嘘のような静けさだ。

ローズ様がどうなったかはまだ情報が入ってこないが、廃嫡か修道院送りは免れないだろう。

取り巻きだった私にも、何らかの沙汰があるかもしれない。


けれど、植物たちはそんな人間の事情などお構いなしに葉を伸ばす。

その逞しさが好きだ。

私はピンセットを取り出し、新芽につき始めたアブラムシを一匹ずつ丁寧に取り除き始めた。

地味な作業だが、これが一番確実だ。


「マリー! 大変だ、マリー!」


温室のドアが乱暴に開かれた。

父様の裏返った声が響く。

ピンセットがズレて、危うく新芽を傷つけるところだった。


「お父様、温室では静かにお願いします。植物が驚きます」


「そ、そんなことを言っている場合じゃない! 帝国の……帝国の方がお見えだ!」


父様の顔色は真っ青だ。

帝国。

隣接する軍事大国、アインス帝国だ。

武力と魔道技術に優れ、我が国とは常に緊張状態にある。

そんな国の大物が、なぜ貧乏男爵家になど。


私は作業用エプロンについた土を払い、立ち上がった。


「私にご用でしょうか」


「そうだ! とにかく早く着替えて……いや、もう時間がない! こちらへ!」


父様に背中を押され、私は屋敷の応接間へと連れて行かれた。

泥がついたままの作業靴で絨毯を踏むのが申し訳ない。


応接間には、異質な空気を纏う男が一人立っていた。

黒を基調とした軍服に、銀の刺繍。

帝国の高官だけが着用を許される意匠だ。

神経質そうな銀縁眼鏡の奥から、鋭い瞳が私を値踏みしている。


「お初にお目にかかります。マリー・レグルス嬢ですね」


男の声は低く、そして冷ややかだった。

感情の温度を感じさせない、事務的な響きだ。


「はい。マリーでございます」


私は膝を折って礼をした。

男は眼鏡の位置を指で直しながら、単刀直入に告げた。


「帝国の内務尚書、カミルと申します。我が主の命により、貴女をお迎えに上がりました」


「お迎え、ですか」


「昨夜、学園のパーティー会場にて。貴女はある観葉植物に触れましたね?」


心臓が一度だけ強く打つ。

昨夜の銀髪の男性。

あの方が、帝国の関係者だったのか。

私は表情を動かさずに肯定した。


「ええ。枯れかけておりましたので、手入れをいたしました」


「手入れ、とは謙虚な」


カミル様は鼻で笑ったような音を漏らした。


「あのフィカス・ウンベラータは、一夜にして満開の花を咲かせましたよ。この時期にあり得ない、生命の奔流と共に」


「……花?」


思わず首を傾げた。

ウンベラータは観葉植物だ。花は咲くが、実の中に隠れて咲く隠頭花序という特殊な形態をとる。

外から見て「満開」と分かるような咲き方はしないはずだ。


「それは植物学的にあり得ません。何か別の品種とお間違いでは?」


「とぼけないでいただきたい。我が国の魔道測定器が、あの鉢から膨大な『生命活性反応』を検知しました」


カミル様が一歩、私に近づいた。

威圧的な影が落ちる。


「枯死寸前の植物を蘇らせ、理を超えて成長させる力。貴女こそ、我が国が長年探し求めていた『緑の聖女』だ」


聖女。

その単語が出た瞬間、後ろで父様が「ひっ」と息を呑んだ。

伝説やおとぎ話に出てくる、触れるだけで万物を癒やす存在。


私は冷静に、そしてきっぱりと答えた。


「いいえ、違います」


「何?」


「私はただ、剪定をして土をほぐしただけです。物理的な処置の結果、植物が本来の生命力を取り戻したに過ぎません。魔法も奇跡も使っておりません」


カミル様の眉がピクリと跳ねた。

私の答えが予想外だったらしい。

普通なら喜ぶか、あるいは恐縮するところだろう。

だが、事実でないことを認めるわけにはいかない。

園芸は科学だ。積み重ねた技術を、あやふやな奇跡などという言葉で片付けられては心外である。


「科学的な根拠はおありで?」


「ございます。あの鉢は根詰まりを起こしていました。呼吸不全の状態から回復すれば、一時的に成長が促進されるのは生理現象として説明がつきます」


私は淡々と述べた。

カミル様は数秒ほど沈黙し、私をじっと見つめた。

探るような、解剖するような視線だ。

やがて彼は、ふっと溜息をついた。


「……なるほど。噂通りの『地味で変わり者』なご令嬢だ。だが、問答をしている時間はありません」


彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、父様の前のテーブルに置いた。


「皇帝陛下の勅命書です。マリー嬢を、帝国の国賓として招聘する。拒否権はありません」


勅命。

しかも皇帝陛下の。

父様が泡を吹いて倒れそうになっている。

これはもう、一介の男爵家がどうこうできるレベルの話ではない。

断れば、国家間の問題になる。


私は状況を整理した。

目的は私の身柄。

理由は「聖女としての力」への誤解。

拒否は不可能。


ならば、取るべき行動は一つだ。


「承知いたしました」


「話が早くて助かります」


「ただし、条件がございます」


私はカミル様の目を真っ直ぐに見返した。


「私の道具を一式、持参させてください。それから、現在育てている苗のいくつかも。環境が変わると枯れてしまうので、私が管理しながら運びます」


カミル様は呆れたように口を開けた。

ドレスや宝石ではなく、土と苗を要求する令嬢など見たことがないのだろう。


「……許可します。ただし、出発は三十分後です」


「十分で支度します」


私は一礼すると、足早に部屋を出た。

感傷に浸っている暇はない。

移植ゴテと肥料の配合メモ、それに剪定ばさみ。

これらさえあれば、どこへ行っても私は私だ。


***


十分後、私は帝国の紋章が入った黒塗りの馬車に揺られていた。

父様との別れは慌ただしかった。

「出世だぞ!」と喜ぶべきか迷っている父様を見て、少しだけ気が楽になった。


馬車は王都を抜け、国境へと向かう。

カミル様は向かいの席で書類に目を落とし、私には一瞥もくれない。

扱いが雑で助かる。

下手に客扱いされるより、放置されている方が気楽だ。


窓の外の景色が変わっていく。

豊かな森と草原が広がる我が国を抜け、関所を越えたあたりから、風景が一変した。


「……これは」


窓ガラスに手を当てる。

目に飛び込んできたのは、乾いた赤茶色の大地だった。

木々は痩せ細り、草はまばらにしか生えていない。

風が吹くと、砂煙が舞い上がる。


帝国の国土が痩せているとは聞いていたが、これほどまでとは。

書物で読んだ知識と、目の前の現実は違う。

土の色が悪い。

有機物が圧倒的に足りていない色だ。


「酷い眺めでしょう」


書類から目を離さずに、カミル様が言った。

自嘲するような響きがあった。


「我が帝国は武力こそ大陸一ですが、大地は呪われたように実りを持たない。だからこそ、陛下は貴女のような存在を求めたのです」


呪い。

そんな不確定な言葉で、この惨状を放置しているのか。


私は窓の外を凝視した。

道端に生えている名もなき雑草が、必死に根を張ろうとしているのが見える。

植物たちは諦めていない。

ただ、条件が過酷すぎるだけだ。


「……呪いではありません」


小さな声で呟く。


「え?」


「土が、死んでいるだけです。手当てをすれば、必ず蘇ります」


私はギュッと拳を握った。

園芸家としての血が騒ぐ。

聖女として崇められるのは御免だが、この土地を放っておくのは、植物好きとして我慢がならない。


「到着まであと数時間です。覚悟を決めておいてください」


カミル様の言葉を聞き流し、私は痩せた大地を見つめ続けた。

やるべきことが、見えた気がした。

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