繋ぎ目
若気の至りというのは素晴らしいもので、様々な好奇心を刺激してくれるし、自分をアクティブな感情にさせてくれる。ただ今回ばかりは、自分の年齢を恨んだ。
渓谷が立ち並ぶ枯れた山脈には、上手く整備されてない道ができていた。そこをロードバイクで颯爽と駆けていくことが僕にとっては夢で、そしてなによりも格好のいいものだと思っていた。友人を誘い、アメリカに飛んでいき、太陽に照らされながら、ゴープロを頭に着けて準備をした。グリップを握って、手汗に呼応して角度のついた道を駆ける。
友人は着地に失敗した。怪我を負ったわけではなかったが、状況は良くなかった。高度何メートルか、落ちれば即死か? 崖にぶつかりながら、たしかに痛みを感じながら落ちていくことになるだろう。僕は友人の手を掴んでいた。友人の筋肉の重みは知っていたし、自分が人一人を持ち上げることができないことも、よく知っていた。ガードレールもないカーブの道で、バイクを崖に投げ出すように友人は失敗したのだ。
宙ぶらりんになった友人は、ヘルメットを脱いで下へと落とした。汗が入った泣きそうな目で僕のことを見ていた。僕はヘルメットははずせなかった。右腕は崖で友人を掴んでおり、左腕は今にでも落ちそうな僕の体を、地面にわずかにできていた突起で支えている。僕の体は、みぞおちあたりまで崖をはみ出していた。じりっと少しずつ引きずられる感覚が、手汗をどんどん沸かして、グリップを握るための滑り止めの仕事を奪おうとしていた。僕はまばたきも忘れていた。ヘルメットの中に溜まっていく熱気と、首筋を通る汗、血管が頭の中で膨張しきって皮膚から飛び出しそうだった。
僕も友人もなにも言えなかった。どう転がっても、二人とも無事に助かることはない。お互いが責任を、お互いが他責を、頭の中に張り巡らした。ただ僕にはどうも葛藤があったのだ。この手を離すことは、できるのだろうか。
口火を切ったのは、友人だった。
「おれ、お前の彼女と浮気してたんだ」
僕はよくわからなかった。なにを考えていいのかわかってはいなかった。言葉は頭の中に入ってはくるけど、それを反芻することができなかった。
「お前が、インフルで寝込んでた時だ。あの時、あいつは看病しようとしてただろう? あれ、結局来なかっただろ。誰が止めたと思う?」
何もしゃべるな。と心の中で思った。今彼女のことを考えたら、この手を離してしまう。友人を落としてしまう。彼女と浮気? あの時、インフルの時? ああ、あの時、たしかに誰も来なかった。
「インフルがうつるからって、俺が止めたんだ」
そうか、だったらなんだ。
友人は僕のことを見ながら、少しにやっとしているように見えた。落としてほしいのだろうか。このタイミングで浮気のことを言うのは、こいつはとんだ変態だ。僕が落とせないから、でも彼女を信じているから、葛藤させにきてるんだ。
——落としてしまおうか?
「あの日に、一線を越えたんだ」
うるさい。揺さぶるんじゃない。僕を揺さぶるんじゃない。ここで落とせば残るのは偽りのカップルで、二人とも落ちれば、泣く演技に忙しいクズ女のできあがりだ。
頭の中に彼女と、友人のまさぐり合いが流れてくる。友人の焼けた大きな手が、彼女の服の中を蛇のように侵入して、体のあちこちを制圧していく。電気を薄暗くして、そこから始まる行為は、さぞかし良い物なんだろう。病気で苦しむその裏で、彼女は言葉巧みに連れ去られ、こいつと——
「もう死ぬんだろう、俺は。だから最後に言おうと思って」
見事だ。潔くてかっこいいよ本当に。僕は腕の筋肉がすでに筋肉痛を突き出していることを感じた。友人の顔を睨む余裕がなくて、目の前に転がっている、小さな石ころを精度のいい目でピントを合わしていく。
「はやく、落としたほうが良い。だろう?」
うるさい。何も頭に入れはしない、今僕はお前とも彼女とも、戦ってはいない。今僕は、僕を対峙して、僕を掴んでいるのだ。もはや友人ではない。宙ぶらりんになっているのは、優しい僕だ。その腕を掴んでいるのは、本当の僕だ。そう考えると、意外と選択は早くに決まった。太陽がどこかへ向かい始めた時——
僕は最大限、手の力を強めた。そして、目をつむった。




