二話 死んでいた村
村への道は平原である程度整っており、モルネラのような子供の身体でも歩きやすいものだった。言伝を頼んできた死者曰く、道なりに進み、やけに目立つ大木に刻まれた印に従って右に進めば良いという。
しばらくしてその大木が見えた。平原の中にそびえる幹は太く、枝は広がり、葉が陽光を受けてきらめいている。
『印があるな。しかし…新しいように見える』
リオネルの言葉を気にしたモルネラは、よく見える目でふと、大木の根元に目を落とした。
土の上に、白っぽい細かい木くずが散らばっており、それはまだ彫られてから数日以内であることの証明だった。
「たしかに新しく彫られてる」
『問題はこれが何もない状態から彫られたのか、それとも…書き換えられたのか』
「書き換えって出来るの?」
『植物魔法に長けた者がいたらな。生長を促して修復するようなものがあると聞いた』
どちらにせよ、二人はこの一点だけを確信していた。
──これは間違いなく罠だと。
『どうする?』
「相手は間違いなく敵意を持ってて、ここを通る人の道を誘導してる」
『だが、確かに彼は右と言ったぞ』
そこがモルネラにとっても気がかりだった。死者である彼が嘘をついているわけでなければ、右というのは確かなことだ。
「…進もう」
意を決したモルネラは、リオネルを連れて道を進み始めた。
しばらくして、何もない道が続いた先に異様な雰囲気を感じた。リオネルはそれに気付いていないが、モルネラは明確な嫌悪感を見せた。
その様子をリオネルが問おうとすると、モルネラは走り出した。
『モルネラ!?』
あまり足の早くないモルネラの後を追うと、目の前の光景にリオネルは自身の目を疑った。
確かに村はあったが、しかし廃村と言うべきほどの廃れ具合であった。
『これは…』
「あの死者、まさか…」
考え事をしているとき、ふと視線を感じた。今度はリオネルも気付いたが、けして動くようなことはなかった。
視線の先には、数多の死の匂いが漂っているところ。死者を弔うところである墓地が見えたからだ。
そして、二人が追っている相手もまたネクロマンサーである。
「リオネル、隠れて」
『すまない』
死者からの認識を阻害しているとはいえ、ネクロマンサー相手には最悪勘づかれると考えたモルネラは、リオネルを村から遠ざけさせた。
リオネルは死者であり、最悪使役される可能性がある。
隠れるリオネルを視線で追っていたとき、墓地のほうからこちらに迫る気配を感じとった。
「なにが出るかな」
段々と見えてきたものは、骸骨の狼が六匹だった。しかしどれもこれも使役されている、死霊の類と言っていいだろう。
わざわざこれを寄越すような相手は、ネクロマンサーの他にいない。
「当たりか」
飛びかかってくる狼を避け、杖を向けて冷静に魔力を弾にして打ち出すと、まずは一匹がバラバラになった。
残った狼がその様子を見て怖気付くことはない。既に死んでいる彼らに恐れるものはないからだ。
同時にモルネラも一切恐れることはなかった。なぜなら地面に忍ばせていた魔力が、足先で地面を軽く叩いたのを合図に、土の杭となって狼の身体を外すことなく貫いたからだ。
骨の身体と魂が耐えられなくなった狼たちは、塵となって跡形もなく消え去る。既に死んだ身とはいえ、彼らのことを思うとモルネラは、「安らかに眠れ」と、胸の中で呟いては祈りを捧げた。
そんなとき、拍手の音と共に、奥で様子を伺っていた誰かが歩いてきた。長身で華奢だが、なぜかその顔が見えず、どことなく不気味さを漂わせている。
「ずいぶん癖のある見目の子供だ。鹿の面に大した杖、子供が着るには少々大きなローブ。低級とはいえ俺の死霊を容易く屠るとは…」
低く、どこか恐怖をまとうような、まるで墓の底から響くような男の声で、モルネラの容姿を淡々と語る。その様子はけして、ただの人間から醸し出されるものではなかった。おまけに動きも仰々しい。
そしてネクロマンサーに必要であるはずの杖を持っていない。
「お前はネクロマンサー?」
モルネラは若干の平静を失いつつも、目の前の男に問いただす。かえってきた答えは、「イエス」だった。
「ハッ、不思議なことを聞く。死霊を手向けたのは俺しかいないだろうに」
「他人任せで逃げる臆病者だと思ってたから」
突如として少女から繰り出された毒舌に、男は眉をピクリと動かす。その背景にモルネラと、拳を握りしめて隠れていたリオネルはあることを確信した。
――この男が第二王子殺しの主犯だ、と。
「墓地でなにしてたの?」
また投げられるモルネラの問いに、男はまたも仰々しい動きとともに、嬉々として喋り出す。
「フ、聞けばここには二十年ほど前、魔物に蹂躙されて滅ぼされたと聞いた。その当時、かのウェルデンはここへの派兵をしなかったそうじゃないか」
遠くで隠れてこの会話を聞いていたリオネルは、この死んだ村のことを理解した。死霊の男との会話に齟齬があったのは、この時間のズレが原因なのだと。
「この村に埋められている死体からは、ウェルデンに対する憎悪を強く感じる。なぜ見殺しにしたのか、とな」
「まさか」
「俺の死霊として使役するに充分だ」
男の見えない顔が歪んだように見えたと同時に、なんの合図もなしに地面に敷き詰められた魔法陣から、数多の骸骨戦士が召喚される。しかしモルネラにはこの骸骨たちの正体が分かっていた。
「…罰当たりだね。神罰が下るよ」
「この世界に神の痕跡は一つでもあったか?」
「いいや、ないね。だから私が代わりに下すよ」
昼下がり、死んだ村を舞台に、陽の下にはとても似合わないネクロマンサー同士の戦いに、骸骨戦士たちが剣を一斉に掲げる音で火蓋が切られた。
読んでいただきありがとうございます。
…はい、前の投稿から実に二週間ぶりです。グダグダとやっていたら何故かすごく期間が開きました。
まあモチベの維持と、リアルがそれなりに多忙なこと、単純に文章の構成に少し手間取りました。
次はもう少し早く書き上げたいなと思いつつも、もっと期間が開く気がしなくもないです。
ちなみに今回もレビュー等お待ちしております。些細なこと、気になったところ、感想もぜひぜひ。




