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第二章 ep.1


ミレイユが「未来を変える」と宣言してから、

一月が経とうとしていた。

あれから何をするというわけでもなく、

使用人たちはそれぞれ、自分に合った鍛錬に励んでいた。


(どうしたものかなぁ……。)

ミレイユは静かにため息をつき、自室の窓際で頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。


お父様に、「マナーについて早いうちから学びたい」と懇願してみようか。

それとも「勉学に励みたい」と申し出るべきか――。

七歳の子どもにできることなんて、たかが知れている。


(……後でソフィアに相談してみよう。)

そう思ったところで、ふと庭に目をやると、

母が花を愛でている姿が目に入った。


色とりどりに咲き誇る花々は、庭師ジークの手によるものだ。

前世よりもずっと身軽な動きを見せる彼は、庭中をくるくると駆け回り、芝生や庭木までも完璧に手入れをしていた。


「昔は隠密業だったので、日の光の下を動き回るのは性に合わないと思っていたんですがね。案外、楽しいもんです。」


ジークは以前、そんなことを爽やかに笑いながら話していた。


見つめているのがバレたのか、母がふいにこちらを振り返り、ミレイユと目が合った。


「あら、ミレイユ。どうしたの?」


「庭を見ていたら、お母様がいらしたので。

 いつ気づくかなあと思って見ていました。」


「いたずらっ子ね」と母は笑い、ミレイユもつられて笑った。

何とも平和な時間だ。


ちょうどその時、執事のレオールが手紙を携えて母の元へやって来るのが見えた。

母は手紙を受け取り、その場で封を切った。


形状からして、どこかの貴族からの招待状のようだった。

内容に目を通した母は、何かをレオールに伝えたあと、再びミレイユのほうを向く。


「ミレイユ、十日後にルサリエル公爵夫人が主催するお茶会があるの。あなたも一緒にいらっしゃいな。ご子息、ご令嬢もどうぞご参加ください、ですって。」


「ええっ!?」


ルサリエル公爵家は、プリメリアの生家だ。


思いがけない知らせに、ミレイユは思わず声を上げてしまう。

そんな娘をよそに、お母様は「何を着ていこうかしら~。」と、のんきに悩んでいる。


(またソフィアに相談することが増えそうだなぁ……。)

そう思いながら、ミレイユは引きつった笑みを浮かべるのだった。

 


「……お茶会、ですか?」


夜。ミレイユはソフィアを部屋に呼び、昼間の出来事を話していた。


「私、プリメリア様と初めて会ったのって、学園に入ってからだったと思ってたんだけど……。こんな時期に、お茶会なんてあったかなぁ。」


何もしていないのに、未来が変わるなんてことがあるのか。

ソフィアもミレイユも首を傾げる。


「少しお待ちくださいね。覚えがありそうな者にも確認してみます。」


そう言って、ソフィアは一度部屋を出た。


しばらくして、彼女は見習い侍女のニコラを連れて戻ってきた。


「お嬢様、こんばんは。失礼いたします。」


ニコラは見習いとは思えない、落ち着いた様子で挨拶をすると、ミレイユの前に立った。


「ニコラは、ルサリエル侯爵夫人のお茶会について、何か覚えているの?」


私が尋ねると、ニコラは頷いて答えた。


「前世でもこの時期に招待状は届いていましたよ。

 ですが……お嬢様、前日の急な冷え込みで、体調を崩して行けなかったんです。ぐずっていたのを、よく覚えています」


「そういえば……。」


ソフィアも思い出したようだった。


「初めての交流の場だったので、楽しみにしていらしたんですよね。かなり熱が出てしまって、それどころではなかったような。」


「……全く覚えてない……。」


当人だけが取り残されたような気分になる。


幼い頃、季節の変わり目に体調を崩しやすかったのは確かだ。

ならば――。


「その寒暖差に備えれば、プリメリア様のお茶会に行けるということよね?」


「はい。充分に注意すれば、問題ないかと。」


「お嬢様の体調管理、私たちにお任せくださいね!」


ソフィアとニコラが微笑んだ。

これが、ミレイユにとっての初めての未来改変だった。



そして翌日から、私たちの「風邪予防作戦」が始まった。


朝は日の光をしっかり浴びて、庭を散歩。

帰ってきたらすぐに手洗い。石けんの香りがすっかり馴染んでしまった。

ハンスには、喉に良い食材を使った料理をお願いし、

ソフィアとニコラには、夜間の室温をしっかり調整してもらった。


二人の記憶通り、お茶会の前日は季節外れの冷え込みとなったが――


風邪の兆候は、どこにもなかった。


そして私は、咳一つせず、熱も出さずにお茶会当日を迎えた。


(よし、なんとかなった……!)


だが――


「ミレイユ、近づいてはいけないよ。移ってしまうかもしれないからね。」


代わりに、父が頬を赤らめて咳をしていた。

どうやら、父が風邪を引いてしまったらしい。


父は仕事を休み、部屋で静養しているとのこと。


心配ではあるけれど、貴族社会の動きを知る大切な機会だ。

「お父様、今日はしっかりと休んでくださいね。」

とお父様に声をかけ、ミレイユは母と共に、ルサリエル公爵家のお茶会へと向かうのだった。


アマレギア王国は、青年と黒鳥の神話もさることながら、その国土の形もまた、特筆すべき特徴を持っていた。

よく見ると――

まるで一羽の鳥が、西へと羽ばたいているような輪郭をしているのだ。


王都は、ちょうどその鳥の胴体部分、いわば“心臓”にあたる位置に築かれている。

ミレイユが暮らすブレネ男爵家の領地は、鳥の尾羽の一部にあたる地域。

そして、いま彼女が向かっているルサリエル公爵家は、左の翼の付け根から羽の下面にかけて横に長く広がる地を領している。


ルサリエル家は代々、武に優れた家系だ。

幾度となく戦場で功績をあげ、王国を守ってきた名門である。

今では戦もなく平和な時代が続いているが、現侯爵もまた武術に秀でており、騎士団の育成や国防に尽力している。

ルサリエル公爵とは何度か社交場でお見かけしたことがあるが、プリメリアと同じく、民を思う心がそのまま瞳に映し出されているような、澄んだ目をしていた。あの親子は、まなざしまでもよく似ていて、思わず微笑んでしまった記憶がある。

 

それに対し、クラリスが暮らすヴェルセーヌ公爵家は、知略と交易において王国随一の力を持つ。


「王国の頭脳」とも称される家柄だ。


冷たい印象を持つ雰囲気を感じる見目をしているが、民が快適に暮らせる様尽力した人物である。

ミレイユの父の石鹸を広め、爵位を与える様に国王に進言したのも、彼だと聞いている。


そのような家門が、なぜクラリスの虚偽の報告を黙認し、国を危機に晒すような事態を招いたのか――。

それとも、ヴェルセーヌ家全体が何かしらの思惑を持って国を裏切ったのか?

 

信じたくはないが、あの断罪は、クラリス一人の力で到底実行できる規模ではなかった。

 

昔は、伝統貴族派や信仰至上派といった派閥など存在せず、貴族たちはもっと和やかに協力し合っていたはずだ。


今日のお茶会には、ヴェルセーヌ侯爵夫人も出席しているという。

ミレイユ、クラリス共に7歳という幼い年齢。

 

果たして、ヴェルセーヌ家はいつからあの断罪を計画していたのか……。

情報が少しでも得られれば――。

 

そんな思いを胸に、ミレイユはルサリエル公爵邸の前にたどり着いたのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

第二章が始まり、ついにミレイユは初めての「未来改変」を果たしました。

未来を変えることには、もしかすると何かしらの“代償”があるのかもしれません……?


今回はその代償(?)として、ミレイユの代わりにお父様が風邪を引いてしまいました。

ちょっと気の毒だけど、何とも微笑ましい未来のズレですね。


【次回予告】

ついにルサリエル公爵家へ足を踏み入れたミレイユ。

クラリスに関する情報は得られるのか!?

そして――ついに、プリメリアとの初対面も……!?


次回投稿予定:2025/06/28/18:00〜

楽しみにしてくださると嬉しいです!



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