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第一章 ep.3


ソフィアの告白から一夜明けた。


昨晩は色々と考えすぎて、なかなか寝付けなかった。鏡を見ると、目の下にうっすらとクマができていて、

少しやつれたようにも見える。

(昨日ソフィアが言ってたこと……考えてみたけど、まだ混乱してる……)


今、はっきりしているのは――

・私が“過去から戻ってきた”ということ。

・ソフィアを含む使用人たちが、それぞれの前世の記憶を持った“何かしらの偉人”だということ。

・彼らは皆、未来を変えようとしているということ。


うーん、と唸っていたとき、ソフィアが朝の支度のために部屋へ入ってきた。


「おはようございます、お嬢様。」


明らかに寝不足なミレイユを見て、ソフィアは少し苦笑する。


「昨晩、一気に話しすぎてしまいましたね……申し訳ございません。」


そう言いながら、彼女はいつものように温かいタオルで私の顔を拭き、優しくマッサージしてくれた。


「ありがとう……ねぇ、あなたのこと、ソフィアって呼んでいいのかな?」


彼女の中身が“別人”であることを知ってしまった今、そう呼ぶのが正しいのか、少し心配になったのだ。


ソフィアは一瞬驚いたようだったが、

すぐに穏やかな微笑みを浮かべて答える。


「ええ、大丈夫ですよ。今世での私は“ソフィア”として生きております。他の使用人たちも、どうかこれまで通りに呼んであげてください。」


その笑顔は、以前の“優しいお姉ちゃん”というより、どこか慈愛に満ちた母の様な雰囲気を湛えていた。


ああ、本当に――彼女の中身は、もう“別の存在”なんだな……そう実感してしまった。


支度の間、ミレイユは思い切ってソフィアの前世について尋ねた。


「ソフィアは、どこの国の聖職者だったの?」


「サルヴァデル神聖国というところで、聖女をしておりました。ただ、前世ではアマレギア王国のことを存じ上げなかったので……おそらく、大陸が異なるのかもしれません。」


ごく普通の口調で、すごいことをさらっと言うものだから、思わず私は声を上ずらせてしまった。


「……聖女様だったの……?」


アマレギアは比較的信仰が自由な国だが、我が国にも“聖女”は存在する。

女神ザリアを信仰し、教会に仕える存在であり、

その中でも未来の聖女――クラリス・ヴェルセーヌ侯爵令嬢こそ、我々がやったとされる“悪事”の告発者だ。


そのせいか、“教会”や“聖女”という言葉には、どうしても苦手意識を抱いてしまう。


その気配を感じ取ったのか、ソフィアが真剣な表情で話し出した。


「教会の主神である女神ザリア様の教えでは、どれほどの罪を犯した者であっても、神の監視のもと、二度の更生の機会が与えられるはずです。

……最終的な判断は国家にあるとしても、教会側は、その更生の機会を求めて訴える義務があるのです。」


ソフィアは少しだけ表情を曇らせ、静かに吐息をこぼす。


「……けれど、この国における女神信仰には、私も違和感を覚えることがあります。」


そう告げる口調には、どこか迷いがあった。


「もっとも、私のソフィアとしての記憶は使用人だったこともあり、内政に関しては詳しくありませんが……。」


ミレイユもまた、当時は教会について深く知る立場ではなかった。

結局、この謎が解ける日はまだ遠そうだった。


そんなふうに会話をしている間に、支度は終わってしまった。


「……お嬢様。三日後の夜、またお伺いします。

昨夜のこと、どうかそれまでにご決断ください。」


扉を開ける手を止めずに、ソフィアは続ける。


「もちろん、旦那様や奥様がご不在の時に、他の使用人へご相談いただいても構いません。」


そう言い残して、彼女は静かに退室していった。



この三日間、ミレイユは使用人たちと二人きりになる時間を少しずつ作り、言葉を交わすことができた。


最初に会いに行ったのは、料理人のハンスだった。

彼の前世は、ある国の兵士だったという。

とはいえ、彼は前線に立つよりも、進んで炊事係を引き受けていたそうだ。

「戦場で腹が減ってちゃ、士気も上がらんでしょう。」と笑う彼の作る料理は、実際に兵たちの心と体を支え、幾度も戦を乗り越える力となった。

やがて彼は、「スープで国を救った男」とまで言われるようになったのだという。


ミレイユは、ふと尋ねた。

「あの……どうしてオムレツの味、変わってなかったの?」


ハンスは、顔をほころばせて言った。

「そりゃあ、お嬢様がオムレツを美味しそうに頬張るのを見るのが、ハンスにとっての幸せだったからですよ。

私もその記憶を共有してるんです。だから……味は、変えちゃいけないと思ったんです。」


「まあ、ハンスの不器用さはちょっと受け入れられませんでしたが。」

その笑顔は、昔のハンスと重なり、懐かしいぬくもりと愛情を湛えていた。


次に話をしたのは、執事のレオール。

かつて彼は、類まれなる商才を持ち、一代で巨大な商会を築き上げた男だった。

その名を聞いたミレイユは驚いた。なんと、彼の著書を読んだことがあったのだ。


「お嬢様も、動いてくださるのなら……これほど心強いことはありません。

我々は転生者とはいえ、立場は使用人ですので。」

と、レオールはにこやかに、まるで商談のような笑みを浮かべて言った。


他にも、次女見習いのニコラは大国の書記官だった過去を持ち、庭師のジークは東国で名を馳せた隠密者だったという。


聞き込みを進めるうちに、いくつかの共通点が見えてきた。


全員が、この屋敷に「仕える初日」で記憶を取り戻していたこと。

ブレネ家が爵位を授かり、使用人を雇い始めたのは二年前。

彼らもまた、そのときから今世を生き始めていたのだ。


お互いの正体を知った経緯も似ていた。

元の記憶を持ちながら過ごすうち、他の使用人の所作や言動に違和感を覚え、「まさか……」と気づいていったのだという。


また、ソフィアの神聖力やジークの隠密術といった特殊な能力を持つ者は、肉体との適応が取れず、まだ本来の力を使うことができないでいる。

頭脳を用いる技能の持ち主も、思うように頭が働かず、もどかしい状態にあるという。


つまり今は、能力に見合う肉体を整える準備期間にあたるのだ。


レオールは最後にこう告げた。

「我々が本格的に動けるようになるまで……お嬢様にも、過去より力を蓄えていただきたいのです。」


――今から準備を始めれば、十年後の未来は変えられますよ。

その言葉に、ミレイユの胸にも、微かな光が灯り始めていた。


「やれるかも……。」

まだ小さな希望だけれど、それでも確かに、彼女の中に芽生えていた。

「プリメリア様を、救えるかもしれない……。」


だが同時に、別の不安が顔を覗かせた。

本当に、未来を改変してしまっていいのだろうか――?


ミレイユはしばらく考えた後、静かに、しかし強く心に決め、拳を握った。


「……よし。決めた。」


そして迎えた、三日目の夜。

ミレイユは、ついにその決意をソフィアに伝えることにした。


自室で、ソフィアと二人きりになる。

月明かりが窓から差し込み、部屋の中を青白く染めていた。


心臓が胸の奥で激しく鳴っていた。

まるで太鼓のように。息をするのも難しいほどだ。


静かな沈黙のあと、ミレイユは大きく息を吸い込むと、震える声で告げた。


「……私、決めたよ。未来がどう変わってしまうかわからないけど……それでも、プリメリア様を助けたい。

だから……私も、みんなの仲間に入れてほしい。」


涙が、瞳にたまっていた。

それでも彼女は、泣かなかった。

月光を受けたその瞳は、確かな意志の光をたたえていた。


ソフィアは、そっとミレイユのもとに歩み寄った。

彼女は主人の手を取り、そっと微笑む。


「――よろしくお願いします、ミレイユ様。」


私たちの未来を賭けた、人生の再挑戦が始まった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


実は私、某「刀」と「乱舞」するゲームを約10年ほどプレイしている影響で、「過去の出来事を変えてもいいのか…?」と、執筆中にずっと悩んでいました(笑)。

でも、物語が進むにつれて、そうした葛藤やテーマにもきちんと向き合って描いていこうと思っています。


これで第一章は完結です!

次回からはいよいよ第二章に突入します!


【次回予告】

「未来を変えてみせる!」と意気込んだミレイユ。

……だったのだけど、実際何から手をつければいいのかわからず、ぼんやりしているとーー

なんと母から、思いもよらないひと言が!?



次回投稿予定:2025/6/26 18:00〜



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