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第一章 ep.1


目が覚めると、ミレイユは自分の部屋のベッドで眠っていた。

チュン、と小鳥が囀り、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。


ミレイユは跳ね起き、まず自分の首がちゃんと繋がっているかを確認した。


「はぁっ、はぁっ……。……生きてる……? ……あれ……?」


民衆の罵声、首筋に刃物が触れた感覚――。

それらは夢にしてはあまりにも鮮明すぎた。

息を荒げ、衣服が汗でじっとりと湿っているのが気持ち悪い。

ベッドから飛び降りた彼女は、部屋の鏡台へと駆け寄った。


「……どういうこと? 子どもの姿じゃない……。」


鏡に映った幼い自分の姿に、息を呑んだ。

そこにいたのは、処刑された十八歳の自分ではなかった。

見た目はどう見ても七歳前後。

少し癖のある栗色の髪は寝癖で広がり、黄金色の瞳は涙で潤んでいた。


小さな手で頬をつねってみる。

痛い。…これは夢じゃないみたい。


「あれは夢だったの? それとも、私……過去に戻ってきたの……?」


瞬間、ミレイユの心を絶望が覆った。

なぜ、平凡な自分が過去へ逆行などしてしまったのか。


床に膝をつき、両手もついて崩れ落ちる。

涙がぽたぽたと床に落ちた。

体から力が抜け、言葉にならない呻きが喉の奥で震える。


もしも本当に過去に戻ったのだとしたら。

もし未来が既に定められているのだとしたら――

私に、いったい何ができるのか。


これがプリメリア様であれば、何か手立てを見つけられたかもしれない。

だが、一男爵家の令嬢で、特筆すべき才能もない私が、なぜ記憶を持ったままこの時代に戻って来てしまったの?


このまま、プリメリア様が貶められ、

自分は謂れのない罪を着せられ、

家族すべてが処刑される未来に怯えながら生きるしかないのか――。


そんな考えが頭をぐるぐると駆け巡っていると、

部屋の扉をノックする音がした。


「失礼します。お嬢様、おはようご……

あら、大丈夫ですか?」


入ってきたのは、ミレイユの専属侍女・ソフィアだった。

彼女はミレイユが五歳の頃から仕えており、

十歳ほど年上。

年の近さもあって、姉のような存在だった。

自身にも妹がいるというソフィアは、面倒見が良く、

使用人というより家族のように接してくれていた。


「うぅ……ソフィアぁ……。」


あのとき、自分と一緒に処刑されてしまったであろうソフィアが、今こうして元気な姿で目の前にいる――。

その事実だけで、胸がいっぱいになり、涙が溢れて止まらなくなった。

ソフィアを困らせるとわかっていても、ミレイユは感情を抑えきれなかった。


「どうされましたか? 怖い夢でも見たんでしょうか。」


ああ、目を擦ってはいけませんよ、と優しく嗜められる。


ふと、ミレイユは首を傾げた。


「……ソフィア……?」


涙を拭いながら、じっとソフィアを見つめる。

彼女は温かいタオルを手に取り、優しく顔を拭いてくれた。


――あれ……?

ミレイユの記憶の中のソフィアなら、「どうしたんですか、ミレイユ様。怖い夢でも見ちゃいましたか?」と、もっとくだけた口調で抱きしめてくれた気がした。


けれど、今のソフィアはまるで教本に載っている

ような、お手本の侍女そのものだ。


タオルで顔を拭き終えると、手早くミレイユの着替えを手伝い、流れるように髪を整えてくれる。

朝の支度が、何もかも見事に整ってしまった。


「ミレイユ様、もうすぐ朝食のお時間です。

 食堂へ向かいましょう。」


どこか距離を感じる態度に、違和感が拭えないまま、ミレイユは言われるままに食堂へ向かうのだった。

 

食堂へ着くと、お父様とお母様がすでに席に着いていた。


「おはよう、ミレイユ。今日も可愛いなぁ。」

「もう、あなたったら……。そんなに甘やかしていたら、そのうち嫌われてしまいますよ。ミレイユ、よく眠れたかしら?」


和やかな朝。両親は温かな笑顔でミレイユを迎えてくれた。

もう二度と見られないと思っていた光景に、

胸の奥がじんわりと熱くなる。

それをごまかすように、ミレイユは笑顔を作った。


「お父様、お母様、おはようございます。」


席に着いたミレイユは、しばし両親の顔をじっと見つめた。


我が家、ブレネ男爵家はもともと平民の出だ。

けれど、父の商才が国に認められ、男爵の地位を授けられた。

――いわゆる“成り上がり貴族”である。


父がただの商人だった頃、この国では感染症が流行し、多くの民が命を落とし、働けなくなり、国の財政も大きく傾いていた。

そのとき父は、かつて旅商人だった経験を活かし、固形石鹸や清潔な包帯、月経用の布などを製造・販売し、時には寄付も行った。

その取り組みは次第に効果を発揮し、「清潔を保てば病を防げる」という意識が民の間に根づいていったのだ。


石鹸のパッケージには、百合の模様が描かれていた。

そのことから、父は“白百合石鹸のブレネ”として、この国で知られるようになった。


元平民だったこともあり、ミレイユも前世では社交界で肩身の狭い思いをすることもあった。

けれどプリメリア様が、「国を救った男爵家に、なんという態度をとるのですか。この方々がいなければ、感染症によって国は衰退していたでしょう。」と声を上げてくださった。


それ以来、ミレイユの目の前でブレネ家を蔑む者は現れなくなった。


ミレイユはあのときから、プリメリア様に強く憧れるようになった。

学園でも、ずっとお側にいたいと思って、彼女とともに過ごしていたのだ。


そんな思い出に浸っていたせいか、ミレイユは少しぼんやりとしていたらしい。


「ミレイユ? まだ夢の中かしら? ほら、食事が来ますよ、お寝坊さん。」

と、母に優しくたしなめられてしまった。


ちょうど朝食が運ばれてくる。

卵の香ばしい香りに、ミレイユは反射的に“オムレツだ”と思った。


料理人のハンスは、奇をてらった料理は作らない。

けれど、その味は素朴で、身体に染みわたるような優しさがあった。

ただ少し不器用なところがあり、オムレツの形は歪だったり、切れてしまっていたりするのが常だった。

ミレイユは幼少期から「ハンスのオムレツが食べたい!!」とよく駄々を捏ねていたので、朝食の卵料理はオムレツと決まっていたのだ、


“ハンスのオムレツ、なんだか久しぶりに食べる気がする……”と心を躍らせながら皿に目をやると、思わず息をのんだ。


そこには、色とりどりの野菜とともに、見事に綺麗な形のオムレツがのっていたのだ。


「……。」


料理を運んできたソフィアと、目の前のオムレツを交互に見比べる。


「お嬢様? いかがなさいましたか?」


不思議そうにソフィアがのぞき込む。


「ハンス……腕を上げたのね! こんな綺麗な形、初めて見たわ!」


つい口に出してしまった。

どうやら身体が幼くなっているせいで、心に浮かんだことがそのまま言葉になってしまうようだ。


「ミレイユ。ハンスの料理は、いつも綺麗だぞ? どうしたんだね?」

父が不思議そうに問いかけ、母も「本当にねぇ」と同じような表情を浮かべる。


ソフィアに続いて、今度はハンスの記憶も違っていたというのか?


ミレイユは頭を抱えそうになったが、ふと学園時代の記憶

――ハンスのオムレツが歪だったこと――

を思い出した。


(……もう、よくわからない。)


「あはは、なんだか寝ぼけてたみたい。」


そう誤魔化しながら、ミレイユは朝食に手をつけた。


味は、確かに

――記憶にある、あのハンスの味だった。




読んでいただきありがとうございます!



ミレイユはオムレツを食べながら(よくわかんないけど、美味しいわね。)と不機嫌になればいいのか、美味しさに顔を綻ばせていいものかわからず、ちょっと複雑な表情をしていると思います( ^ω^ )

可愛いですね。


【次回予告】

侍女のソフィアと料理人のハンスの違和感に気づいた

ミレイユ。しかし、数日経つと他の使用人達もなんだか

様子が違う様な…?


「……みんな、どうしちゃったんだろう。」


夜に、寝室で考えているとソフィアがやって来てーー?



次回投稿予定日 2025/06/21/18:00〜




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