第三章 ep.4
魔獣襲撃事件が起こった後、学園では全授業が休講となり、生徒たちは自宅に待機することとなった。
今頃、教授たちは原因と対策を思案しているのだろう。
ミレイユも、寮の自室へ戻り、ソフィアとニコラに事件のことを話していた。
「お嬢様が狙われていたのでしょうか……。とにかくご無事で何よりです」
「一応、守りの加護をつけておきましょうね」
そう言ってソフィアは、ミレイユの肩甲骨あたりに手を当て始めた。
温かい力が流れ込んでくるような、とても心地よい感覚だった。
「今回の召喚術は魔法の基礎とはいえ、予期していなかった事件だけに、先生方も忙しそうですね」
ニコラは分厚い本のようなものを開き、何やら魔法を展開していた。
どうやら教授たちの動向を確認しているようだ。
「あの短剣がなかったら、私も危なかったかもしれないね……。本当に良かった……」
「でも、誰が助けてくれたんだろう?」
ミレイユがつぶやくと、ソフィアとニコラが同時にくすくすと笑い出した。
なぜ二人が笑い始めたのかわからず、ミレイユはぽかんとした顔をする。
「え? なに?」
ソフィアが意味ありげに笑い、ふっと天井を見上げた。
「一度、出てきたらどうですか?」
ミレイユも訳が分からず、つられて天井を見上げる。
「な、なに……??」
すると――天井の一部が「ゴトッ」という音を立てて動いた。
ひと一人が入れそうな穴が一瞬で出現し、中から黒い影がするっと姿を現した。
それはあっという間にミレイユの目の前に降り立ち、目元以外を布で覆った、黒ずくめの男が彼女を見下ろしていた。
「お嬢様、俺ですよ」
ミレイユは誰なのか見当がつかず、呆然とする。
男は目を細めて言い、顔を覆っていた布を外した。
そこでようやく、ミレイユはその正体を認識する。
「ジーク!?」
男は、ミレイユの家の庭師であるジークだった。
本来は屋敷の庭の木々を剪定しているはずの彼が、見慣れない装束を身にまとい、まさか天井からやってくるなんてー!
ミレイユが混乱するもの無理はなかった。
その様子を察してか、ジークは困ったように笑った。
「万が一のために、お嬢様の護衛を陰ながら行っていました。家のことは、他の者たちがうまく誤魔化してくれています」
「じゃあ、あの短剣もジークが……?」
ミレイユの問いに、ジークは満足げにうなずいた。
「間に合ってよかったです。あれは東洋に伝わる、投擲用の武器です。便利でしょう?」
彼は腰のあたりから、あの魔獣に突き刺さっていたのと同じ武器を取り出して、ミレイユに見せた。
「そうか、ジークは東洋で隠密者をしていたって言ってたもんね。……ありがとう」
もし彼がいなければ、あの場で自分は――と想像して、ミレイユの全身に震えが走った。
「いいえ」
ジークは短く答えたあと、教授たちの動向を確認しているニコラに声をかけた。
「それにしても、あの獣はいったい何だったんですかね? ただの生徒の失敗ってことで終わるのか……」
ニコラは相変わらず、分厚い本とにらめっこして唸っていた。
「うーん、どうやら生徒が五芒星の向きを逆に書いてしまったようですね……。
悪魔召喚の劣化版のような紋になってしまい、必要以上に魔力を吸われて、魔獣が現れた……という見解のようです」
「星の向きを逆に……? 逆五芒星が悪魔召喚の印だって、何年も前から言われてるのに……」
ニコラが真実を話し、ソフィアが嘆く。
魔法陣に使われる五芒星は、向きが大事なのだ。
力の流れの順番を間違えると、悪しき力を呼んでしまうと言われている。
今回の事件も、その典型的な例だということだった。
「倒れていた人は……大丈夫だったの?」
ミレイユが恐る恐る尋ねると、ニコラは眉間にしわを寄せた。
「今のところ、彼がどうなっているかは不明です……。
魔力の枯渇は、たとえ意識が戻っても後遺症が残る可能性がありますから……」
彼の将来が気になり、ミレイユは未だに自分の背中に手を当てているソフィアを見た。
ミレイユの記憶が正しければ、回帰前にはこのような事件は起こっていなかった。
もし今回の騒動の発端が、自分の行動の影響によるものだとしたら――。
そう思うと、罪悪感が込み上げてきた。
「まずは、この国の専門職の方に委ねましょう。幸い、“聖女”も学園に滞在していますしね……」
それは、「あなたが動かなくても大丈夫ですよ」と言われているように聞こえて、ミレイユは少しムッとした。
「確かに、クラリスさんなら助けられるかもしれないけど……」
その瞬間、ソフィアの動きが止まった。
「…………」
言葉こそなかったが、空気が冷えたように感じた。
だが、その雰囲気はすぐに消えた。
「はい、終わりましたよ。今日はもうお疲れでしょう。早めにお休みください」
ニコラとジークも、何かソフィアの異変を察したのか、顔を見合わせていた。
「おやすみなさい」とソフィアは足早に退室し、それに続いて他の二人も部屋を出ていった。
「……何よ、どうしちゃったの……?」
ミレイユはベッドに飛び込み、半ばふて寝のようにそのまま眠りについた。
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部屋を後にした三人の使用人は、それぞれの寝室に戻っていた。
「おい、ソフィア。さっき急に妙な気を放ってただろう。どうしたんだ?」
ジークが、やれやれといった様子で口を開く。
ニコラもジークに同意するようにうなずいた。
ソフィアはしばらくの間、二人の顔をじっと見つめる。
その表情は無表情にも見えたが、どこか戸惑いが感じられた。
「まだ、私の推測に過ぎませんが――――――」
ソフィアの話を聞くうちに、二人の表情は険しくなり、驚き、やがて青ざめていく。
「ソフィアさんの話が本当なら、これは相当な事態ですね……。黒鳥様がいらっしゃったのも納得です」
緊張のあまり口の中が渇いたのか、ニコラの声はかすれていた。
「……俺は屋敷に戻って、レオールあたりに話してくる……。こちらでも少し調べておく」
そう言い残し、ジークは音もなく姿を消した。
「お嬢様には、時が来るまで今の話は内密にお願いします。
私も、いろいろと準備をしておかねばなりませんね……」
二人だけが残ったその部屋には、重たい空気が静かに漂い続けた。
夜は、そんなままに明けていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
学園に入ってからイベント一つ目、終わりました!
ミレイユ達の学園生活は、3章でまとめてたんですが、そうなるととんでもない量になっていく気がして、どうしようかなと思っております(笑)
次回もよろしくお願いします!




