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第三章 ep.2


過去の回想にふけっていたミレイユは、正門前でボーッとしていたらしい。

 

「ミレイユさん。」


後ろから、優しいそよ風と共に凛とした声に呼び止められてはっと我に返る。

振り返ると、そこにはプリメリアが立っていた。


まだ幼さは残るが、ミレイユにとっては一番馴染み深い、懐かしい面影だ。

今世では、九歳の頃から定期的に交流を続けており、今では幼馴染と言っても差し支えない関係になっていた。


(今の私は、貴方の思う“有能な人材”になれているでしょうか)


ミレイユはそっと、心の中で呟いた。


「こんなところでどうしたんですか?もうすぐ殿下の新入生へのスピーチが始まりますわよ。」


プリメリアに歩幅を合わせ、ミレイユも歩き出す。


「すいません…、緊張してしまって……。」


そう言って、恐縮したように視線を落とす。


「親の権力に頼って入ってくる方より、貴方の方が十分素質はありますわよ。何か言われるなら私に相談しなさい。」


「その方に一言物申してあげますわ。」


冗談めかしたその言葉に、ミレイユは思わず吹き出してしまった。

普段はあまり冗談を言わないプリメリアの口から出た一言だったからこそ、心が軽くなったのだ。


「緊張はほぐれたかしら。」


――その一言に、ミレイユはようやく彼女の気遣いに気づく。

感謝の気持ちを胸に抱きながら、ミレイユたちは入学式が行われる大広間へと向かった。


大広間には、ミレイユたちと同学年と思われる新入生たちがすでに集まっており、思い思いに交流を始めている。

プリメリアとはそこで一度別れ、ミレイユは近くの席に腰を下ろした。


その時――「ぱん、ぱん」と、手を打つ音が会場に響き渡る。

ざわめきが静まり、壇上に現れたのは、白髪の老紳士。コルヴァリエ魔法学園の学園長だった。


深く息を吸い、落ち着いた声音で語り始める。


「……学びとは、種を蒔くことです――」


長く、そして重みのある言葉が静かに会場を包み込む。

話を終えた老紳士は一礼し、壇を降りた。


続いて壇上に現れたのは、生徒会長であり第一王子でもある、ジョージ・カラシエン殿下だった。


ミレイユの二学年上にあたる彼は、その立場も考慮され、生徒会長に選ばれている。

会場を静かに見渡しながら、丁寧に言葉を紡いだ。

 

「生徒会長を務めている、ジョージ・カラシエンだ。

まずは、コルヴァリエ魔法学園への入学、誠におめでとう。


ここは、選ばれし者のみが学ぶことを許された、王国随一の学び舎。

この学園で学べるという誇りを胸に、己の資質と責務を自覚し、この地で知識と技を研鑽してほしい。


ここに集うのは、未来のこの国を背負う者たちだ。

互いを尊重し、高め合うことでこそ、真に貴き者となる。


この学園での時が、君たちをより強く、より賢く、そしてより気高く育ててくれることを願っている。」


今の殿下は得におかしな点は無い。威厳ある、立派なこの国の王子だ。

現時点でクラリスとの接触は無いと考えて良いのかもしれない。入学前にミレイユは何度か社交の場に参加したが、一度も会ったことはない。

クラリスは3年前に教会にて神聖力を与えられたことがわかり、聖女の称号を手に入れた、と公式に発表されたものの、一度も表に姿を見せることは無かった。

つまり、彼女にとってこの学園生活が初めての社交の場であるのだ。

今は彼女の特徴である真珠のような肌と藍色の髪の少女は見つけることが出来なかった。

2人は親密な関係ではないかと噂が始まったのはミレイユの知るかぎり、彼が五学年の時からだった。今のうちに警戒しておいて損はないとミレイユは密かに決意するのだった。


ジョージ殿下の話が終わり、次に登壇したのは一学年を代表生徒であるプリメリアだった。

婚約関係にあることもあり殿下にエスコートされての登場だった。周りからも、

「彼女はルサリエル公爵令嬢ですね。」「お綺麗だわ。とても絵になるお二人だわ。」

という声が上がっている。プリメリアの黄色い髪が、陽の光と壇上の照明に反射してキラキラと光っているように見えた。

彼女もジョージと同様に、私たちを見渡してから口を開いた。


「ご入学、おめでとうございます。

新入生を代表し、私から一言ご挨拶を申し上げます。

プリメリア・ルサリエルと申します。


私も含め、皆さまはこれより、魔法だけでなく、多くの出会いと経験を積まれることでしょう。

どうか、見た目や家柄だけで相手を決めつけず、心に目を向けてください。

友を持つことは、自分を知ることにも繋がります。


この学園での日々が、皆さまにとって実り多きものでありますように――心より願っております。

これからどうぞ、よろしくお願いいたしますね。」


会場は拍手に包まれ、入学式は和やかな空気のまま幕を閉じた。


ミレイユは王都から距離のある場所に住んでいるため、このまま寮の案内へと移ることになった。

一方、王都に邸宅を持つプリメリアは自宅からの通学となるため、今日のうちに会うのはこれが最後だろう。


寮の管理人に案内されながら、ミレイユは大広間を後にした――。


学園の寮では、個人に一部屋ずつが与えられている。

ミレイユの部屋は、ブレネ領にある彼女の自室よりも立派で、その豪華さに「さすがはこの国随一の魔法学園だな」と思わざるを得なかった。


付き添いには、ソフィアとニコラが専属侍女として同行していた。

使用人たちに偉人の魂が宿っていると知ってから今日まで、彼らは日々研鑽を積み、魔力や技術にも違和感がなくなってきたという。


神聖力が使えるソフィアは、力そのものが特殊であるため、今の身体で使用できるか不安に思っていた。

しかし、それは杞憂に終わった。


「神聖力は神が直接与えてくださる、ギフトのようなものなので。今の身体でも使えてよかったです。お嬢様のお役に立てますね」


――そう言って、ソフィアは学園へ向かう前に笑顔を向けてくれた。


一方のニコラは、「頭の回転が転生前とほとんど変わらない」と断言し、今では習得が難しいとされる「記録魔法」を使えるようになっていた。


「そういえば、前もよく使ってました!」

と、片手を後頭部に添えて肩をすくめてみせる。


――元々の性格なのか、本来のニコラという人格に引っ張られているのか。

彼女には、ミレイユがよく知るニコラと重なる部分が多いと感じる。


ミレイユは、荷解きをしているふたりの様子をぼんやりと眺めていた。

すると、ふいにソフィアと目が合う。


「そういえば、お嬢様。クラリス公爵令嬢様には、もうお会いになれましたか?」


「ううん。見た限りでは見つけられなかったけど……」


ミレイユがそう答えると、ソフィアは少し考え込むような素振りを見せた。

しかし、すぐにその表情を消し、


「まあ、本人がいなかったようですし、気のせいでしょう」


と、さらりと言った。


その言葉に、ソフィア以外のふたりは顔を見合わせて首をかしげる。


「確信に変わった時にお話しますね。お嬢様は明日から学園生活なのですから、今はゆっくりなさってください」


そう促され、ミレイユは明日に備えて休むことにした。


 

 


場面は変わって、とある邸宅。

ひとりの少女が夜の庭園を見つめていた。

月明かりに照らされた藍色の髪は、明るい夜空に溶け込んでしまいそうなほどだった。


「……クラリス、こんな遅くにどうしたんだい。明日は早いだろう?」


少女の“父親”が声をかける。

すらりとした背に精悍な顔立ち――高貴な身分を感じさせる人物だった。


「あら、お父様。明日が楽しみで眠れなくて。今日は入学式にも参加できませんでしたし」


すっと目を細めた少女――クラリスは、その可愛らしい見た目とは裏腹に、鋭く冷たい視線を送る。


「……馬車が壊れてしまったんだから、……仕方ないだろう。明日までには修理も終わるはずだ。…機嫌を直しておくれ」


父の言葉に、クラリスはひとつため息をつくと、そのまま部屋へ戻っていく。


「お作法の講義はとっくに終わっているのに、お父様ったらなかなか社交の場に連れていってくださらなかったんですもの。明日から楽しみだわ」


去り際にそう小言を呟いてみせる。


クラリスの姿が見えなくなると、彼女の父――セドリック・ヴェルセーヌ公爵は片手で頭を抱えた。


クラリスは、かつて孤児院から、ひょんな巡り合わせで養子に迎え入れた一人娘だ。

愛らしく朗らかに笑う彼女は、見る者に可憐な印象を与える。

さらに、たまたま祈りに行った教会で神聖力の持ち主だと判明し、王国教会の“聖女”という立場を手に入れた。


血のつながりはなくとも、セドリックは彼女を自慢の娘だと思っている。


だが一方で、先ほどクラリスがふと見せた冷たい視線に、少し恐れを抱いているのもまた事実だった。


彼女を迎える少し前から、日に日に悪化していった体調不良――

それが彼の疲れを増幅させ、余計な不安を掻き立てているだけなのかもしれない。


そう思いながら、彼もまた静かに自室へと戻っていった。




読んでいただきありがとうございます。

何とか今週は続けて更新出来そうです…!


小説を毎日更新出来る方って、どうやって執筆してるんでしょう…??

とんでもない集中力が、羨ましいです笑

次回も更新できるように頑張ります!



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