prologue 嘘に沈んだ冠
王族主催の夜会、「大貴族会議」
この国の全貴族が集う、一年で最も華やかな宴が王宮で開かれていた。
けれど、それは私たちにとって終わりの始まりだった。
第一王子、ジョージ・カラシエン殿下の演説が、すべてを覆したのだ。
「今日は、この国の貴族が一堂に会する貴重な日。皆に耳を傾けてほしいことがある。」
厳かな会場に殿下の声が響き渡り、静まり返った空気を切り裂いた。
「私の婚約者、プリメリア・ルサリエル公爵令嬢の部屋から──
人を洗脳する魔道具が発見された。」
「……なにを仰って……?」
誰かの震える声が漏れ、会場中がざわついた。
プリメリア様は聡明で、美しく、何より民を心から慈しむお方。
その品位と気高さは学園でも、社交界でも、誰もが知るところだった。
だからこそ、その言葉は信じ難く、貴族たちは互いの顔を見合わせた。
「すでに城内の何人かは洗脳されていたが、魔術師たちの手により解術に成功し、事情を聞いたところ──
プリメリア令嬢と共に行動していたミレイユ・ブレネ男爵令嬢およびその使用人たちに、謎の魔道具を見せられてから記憶が途切れている、との証言が得られた。」
……私の、名前が。
突然、自分の名を呼ばれたことに頭が真っ白になる。
周囲の視線が一斉に私に向けられた。まるで犯人を指差すように。
もちろん、そんなこと、した覚えは一切ない。
「最終的には、第一王子である私をも洗脳し、国家を裏から操ろうとしていたのだろう。」
誰も言葉を発せず、沈黙が落ちる。
「この陰謀にいち早く気づき、密かに計画を暴いたクラリス・ヴェルセーヌ公爵令嬢の功績を讃え──
プリメリア令嬢との婚約を破棄し、クラリスとの新たな婚約を、ここに宣言する!」
ジョージ殿下は堂々と宣言し、その隣には清楚な衣をまとったクラリス令嬢──この国の聖女が微笑んで立っていた。
「殿下、どうかお待ちください!」
プリメリア様が声を上げた。強く、けれどどこか震えていた。
「誓って申し上げます。私も、ブレネ男爵令嬢も、そのようなことは決して──。」
「見苦しい。」
殿下は冷たく言い放った。
「すでに証拠は揃っており、陛下もすべて把握しておられる。お前たち、伝統派貴族の者たちは、国家転覆を企てた罪に問われることとなる。──諦めるがいい。」
「そんな……私たちは無実です……!」
「殿下!どうか、再調査を──!」
騒然となる会場。伝統を重んじる貴族たちの悲痛な声が飛び交うが、王の一声がその全てを封じた。
「これにて、宴はお開きとする。
今、第一王子が語ったすべては事実であり、私自身も証拠を確認した。
該当する貴族は、それぞれの屋敷にて待機せよ。
―― 追って沙汰を下す。」
その場の誰も、逆らうことはできなかった。
貴族たちは沈黙の中、静かに王宮を後にする。
それから数日後、ミレイユ家にやってきたのは、大勢の騎士たちだった。
「国家反逆の罪により、ブレネ家当主およびその娘ミレイユ、ならびに使用人一同を捕える事とする。」
私たちは何度も無実を訴えた。
父も、母も、使用人たちも、誰一人として罪など犯していない。
けれど、聞き入れられることはなく、城下の牢へと連行された。
拷問されることもなく、ただ、時間だけが過ぎた。
そして次に外の光を浴びたとき──
私たちは処刑台に立たされていた。
父と母の隣に並べられ、私の視線の下には、忠義を尽くしてくれた使用人たちの列があった。
「伝統貴族は根絶やしにしろー!」
「国を乗っ取ろうとした裏切り者め!」
「早く首をはねろ!」
群衆の怒号が飛ぶ。
その声にかき消されるように、使用人たちの嗚咽が混じっていた。
「旦那様……奥様……お嬢様……!私たちは、なにもしていないのに……!」
「どうして……どうしてこんな……!」
恨み言のひとつでも言ってくれればよかったのに。
それでも皆、最後まで私たちの無事を案じてくれていた。
逃げようと思えば逃げられたはずなのに、誰一人、逃げなかった。
プリメリア様は──もう処刑されてしまったのだろうか。
あのお方は、誰よりもこの国を愛していた。
民を大切にし、未来を憂い、確かに“国母”となるにふさわしい方だった。
私も、そんな彼女の傍らで、小さな力でも支えになれたらと願っていた。
「最期に……一目だけでも、お会いしたかった……」
その願いが叶うことはなかった。
ミレイユ・ブレネは、そのまま処刑された。
読んでいただき、ありがとうございます!
初めての転生系作品です。気に入って頂けると嬉しいです!
【次回予告】
目が覚めると、ミレイユは自分の布団で眠っていた。
「…どういうこと?子供の姿じゃない…。」
何故、平凡な私が転生したの!?
絶望するミレイユだったが、日常を送る中で、とある違和感に気づきます。その違和感とはーーー??
次回投稿予定日 2025/06/19/18:00〜