第8話 勇者の裏切り
まるで海外のスポーツ選手のような長身。真っ白で艶のある長い髪と、それに劣らぬ程の透き通った白い肌。頭には黒い角が二本生えている。
そして、魔王は胸元が大きく開いた赤いドレスを着ており、そこから豊満な胸が溢れ出そうになっている。
スラリと伸びた脚を組み、頬杖をついている。まるで俺のことなど一切恐れていないというような姿勢だ。
そんな彼女は、切れ長で力強い瞳でずっと俺を睨みつける。
その隣には、細身の女性が立っているが、恐らく魔王の付き人だろう。綺麗な金髪に凛々しい目鼻立ち。まるで外国人のようだと感じるが、俺にとってはこの世界の人は全員そうだった。
彼女たちとはかなりの距離があるが、それでも手足の震えが止まらない。そんな身体を無理やり動かし、俺は前に進む。
「——貴様が勇者か?」
「ああ、そうだ。お前は魔王で合ってる…よな…ですよね?」
「はっはっはっ、我が魔王以外だとするのなら、何に見えるのだ」
声を聞いただけだというのに、俺は何をこんなにも怯えているんだ。ダメ元でステータスを確認するが、全て『???』と表示される。
「一応聞いておこう、人間の勇者よ。お主は何故ここに来た」
「…っ、そ、それは……」
必死に頭を回転させるが、返す言葉が何ひとつとして見つからない。
「まさかとは思うが、我と闘って勝てるとでも思っているのか?貴様は我に一方的に痛めつけられ、殺されるだけだぞ?」
「……っ!」
「さぁ、答えよ」
口角をあげ、こちらを見下す。そんな彼女の威圧感のせいか、先から身体が言うことを聞かない。
俺は……何の為にここに来たんだ?ひとつの答えが頭に浮かぶ。
(どうして俺なんかが魔王と闘いに来てるんだ…?そうだ…。そうだ……日本人の俺が急に魔王と闘えって言われても無理に決まってるだろ‼︎)
——よし、寝返ろう。
「……っ、俺は…!俺は!魔王様と、結婚を前提にお付き合いをさせていただく為に、ここにやって来ました‼︎どうか、お願いいたします‼︎」
そう言い切った俺は、勢い良く頭を下げた。リリーたちへの罪悪感と自己嫌悪で潰されてしまいそうだ。
「……そ、そうか。だが貴様は、異界より召喚された勇者なのだろう?どうして遠く離れた我に惚れたのだ」
「人間の街であなた様の人相書きを見つけた時、とても美しい方だと目を奪われました!それから、書物にて偉大なる過去を学び、気が付けば恋に落ちていました‼︎」
「はう…っ」
『はう…っ』ってなんだ…?何か動物の鳴き声か?
顔を上げて確認すると、魔王がその白い頬を赤く染めて口元を手で隠していた。
あれ、意外と信じてくれてるのか?というか、隣の付き人まで顔が赤くなってないか?
「理由は……それだけなのか?」
心無しか、声色が優しいものになっているように感じる。
「いえ!今ここでこうして出会ったことで、更なる魅力に気付きました!その、澄んだ紅の瞳に映されるのが自分だけでありたいと、身勝手にも、そう感じてしまいました!」
「ふっ、ふーん…そうかそうか…。だが、貴様は我の仲間たちを殺した。我との交際を望みながら、何故そのようなことをしたのだ!」
「それは、親愛なる魔王様へと続く道を阻もうとしたからです!俺の愛は誰にも止められないという証明です!しかし、魔王様にとって大切な存在であるということは承知しております。ですので、彼らは殺しておりません!」
よくもまぁ、こんなにも嘘が次々と並べられるな…。自画自賛するべきなのか、いや、俺はただの裏切り者だ……。
俺の言葉に怒りを覚え、ついに魔王は玉座から勢い良く立ち上がった。
「嘘は大概にしろ!兵士たちが跡形も無く消え去る様を我はこの目で見ていたぞ‼︎」
「……ご安心ください、魔王様の気高き兵士たちはここにいます」
手をかざし、スキル『収納』を使用する。そして手の先に現れた黒い霧から、気絶した兵士たちが出てくる。
「こ、これはどういうことだ…?」
「俺のスキルを使っただけです。気絶させて別の空間にて保管していました。愛する魔王様の御心を傷付けるようなことは、決してしたくありませんから」
これは修行中に編み出した技だ。
自分よりも格上の存在でなければ、気絶させるか『スタン』の効果中だけは『収納』の対象とすることが出来る。つまりそれを利用して、まるで跡形も無く消し去ったかのように見せていたのだ。
ただし、その場合は重量か人数に制限があるようで、あまり乱発できるものではない。恐らく、これ以上の兵士が来た場合は対応出来なかっただろう。
ただ、これで魔王の怒りの原因は取り除けたはずだ……!
「……ふむ、やはり勇者というのはなかなか面白い存在だな。そのスキルとやらは何と言う名のものなのだ?」
「ディメ……『収納』です」
「そうかそうか、兵士たちは収納されていたのか。まあ、己の弱さを知る良い機会だったろう。……ところで、勇者。お前は、私と結婚を前提に交際したいと言ったな」
そういえば、そんなこと言ってたな、俺。
「はい!俺は貴女が欲しくて堪りません‼︎」
(それで闘わなくて済むのなら…‼︎)
「そ、そうか……」
魔王は人差し指に着けていた指輪をそっと外した。
すると今まで目の前に居たはずの女性が幻影のように消え、俺と歳の近そうな少女へと姿を変えた。
白く透き通った肌や髪は先の女性と同じだが、顔付きが若干幼くなったような…。それに、胸もちょっとだけ控えめに…?服は同じだけど、身長は低いし…もしかして魔王の妹なのか?
「えっと……どちら様でしょうか」
「ひどいなぁ…。先まであんなに愛してるって言ってくれたのに。ま、仕方無いか。この姿では初めましてだね、勇者。僕はリリス・レイ・ニルヒール。きみの親愛なる魔王だよ」
「ま、魔王なのか⁉︎」
「うん、そうだって言ってるじゃん」
姿を変えられる指輪を着けていたということなのか。マジックアイテムってやつか?というか姿だけじゃなくて、口調まで全然違うし……。人前では威厳がある感じにしているのか。この前観たアニメでもそんな設定があったな。
魔王が近付いて来るが、今は一切恐怖を感じることはない。そして俺の前に立ち、細い人差し指の先でそっと俺の唇に触れた。
「……きみからの告白はとても嬉しかった。今までされてきたのとは違って、とてもドキドキしたよ。けど、僕はまだきみのことをよく知らないし、きみもまだ僕のことをあまり知らないと思うんだ。だからまずは…交際を前提とした友人として、僕の側に居てくれない…かな?」
俺と目を合わせては逸らし、もう一度合わせては逸らしを繰り返しながら、彼女は優しく言葉を紡いだ。