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第5話 勇者の待遇

「あっ、勇者様起きたんだ〜!おはよ〜!」

「こら、リリー。勇者様にそんな言葉遣いはいけないわよ」


 ちょうどリリーとユキが戻って来た。


「いや、良いよ良いよ。皆んなが一番楽な感じで話してくれる方が俺も嬉しいから。それに、俺のことは勇者様じゃなくて、涼太って呼んでくれ。これは命令な」

「おっけ〜!リョータって呼ぶね!」

「リョータくんですね…分かりました」


 二人とも承諾し、早速呼び方を変え、更には口調までも普段通りに戻してしまった。なんだか不思議な感覚だ。私たちに、こうして笑える日が来るだなんて。


「——それで二人とも、準備は出来たのかしら?」


 外から芳ばしい香りがふんわりと漂って来ているから、答えはもう分かっているのだけれども。


「もうバッチリだよ〜!」

「リョータくんもちょうど良い時に起きてくれて良かったね。ほら、皆んなで食べましょう」


 そう言って二人がテントから出て行くと、隙間からオレンジ色の光が射し込む。もうこんな時間だったのね。


「リョータ様も行きましょう。先から何度もお腹が鳴っていたわよ」

「ああ、そうだな」


 ・ ・ ・ ・


 いつの間にか張られていたテントから出ると、いつかテレビで観たような光景が広がっていた。

 川原で焚き火をして、串を通した魚を丸焼きにする。そして、その周りには椅子代わりの大きな石が四個置かれている。

 川の流れる音と、木がパチパチと燃える音、そして見上げればオレンジに染められた空。こんな動画を投稿すれば、すぐに人気が出るんだろうなぁ…。


「リョータはここ!私の隣!」

「はいはい」


 すっかり懐いてくれたのか、リリーも今では本当の妹のように思えてしまう。彼女が小さな手でペチペチと叩いている石に腰を下ろし、渡された魚を手に取る。


「「いただきます」」


 声を揃えて言い、皆んな一斉にかじり付く。


(んん…!なんだこの絶妙な塩加減は…!それに、焦げた部分まで良い味を出している…!)


「う…っ、う、美味過ぎる!」

「こんな質素な物しか用意出来なくてごめんね、リョータくん」

「いやいや、城で出されたやつなんか正直全然美味くなかったし、こっちの方が良いって。もうあんな硬い飯は食べたくないな」

「えっ、硬い飯…って?」

「知らないのか?こっちの世界だとパンも肉もめちゃくちゃ硬いらしいんだ。サラダだって、ほとんど芯の部分食べてるような感覚だったし…。まぁ資源不足なら仕方無いよな」

「どういうことなの……?」


 ユキがそう呟くと、三人は目を見合わせた。そしてしばらくすると彼女は視線をこちらに向けた。


「そんな食事をしているのは、多分奴隷の人たちだけなんじゃないかな…。王様だけじゃなくて、街の人たちもかなり良い物を食べているはずだよ?」

「それじゃあ、俺のはどうして…?」

「……この世界について知らないリョータくんには、そんな食事を出してもバレないと思ってるんじゃないかな」

「いやいや、流石にそんなことは……あるのか……?」


 否定しようとすると、三人が真剣な表情でこちらを見つめ、うんうんと何度も首を縦に振った。


(確かに俺は、この世界では世間知らずということになるが、普通勇者にそんな扱いをするか?)


 考えても分からないことだらけだ。なんと言っても、俺は今日召喚されたばかりだからな。


「…与えられた部屋はかなり質が良かったし、今はそんなこと考えても無駄か。とりあえず、皆んなのお陰で俺はこんなにも美味い物を食べれたんだ、ありがとな」

「照れるな〜」


 リリーは大袈裟な反応を示す。

 それに続き、ユキやマリネも笑みを浮かべた。


「リョータくんが喜んでくれるなら、いくらでも作るよ」

「そうね。今度は私も手伝うわ」


 一ヶ月後は魔王討伐に向かうということを忘れてしまうくらい、俺はこの時間が幸福に思えた。


 ・ ・ ・ ・


 日が完全に落ち、今度は星たちが顔を出す。

 三人の中で最年少のリリーが一番先に眠りにつき、それに続いてマリネも眠ってしまった。

 そして私とリョータくんは、二人で川原の焚き火を囲んでいる。


「……綺麗だね」


 何の変哲も無いただの炎が、何故だか今日は綺麗だと思えた。


「そうだな」

「リョータくんと出会わなかったら、こんな火が綺麗だなんて思えなかったかも。だから、感謝しかないよ」

「そっか。そう思ってくれるなら嬉しいな」

「ブラックムーン・ベアに襲われた後もさ、スキルを試せた〜なんて嘘ついて私たちを安心させようとしてくれて、嬉しかったよ」


 そう言うと、何故かリョータくんはぽかんと口を開けた。何か悪いことを言っちゃったのかな。


「……えっと、あれは嘘じゃないぞ?実際にスキルは使ったし」

「スキル…って多分魔法のことでしょ?でもあの時は魔力なんて一切感じなかったよ?」

「魔法⁉︎この世界には魔法があるのか⁉︎」


 リョータくんが突然立ち上がって声を上げるものだから、私も驚いて背中を反らしてしまった。そっか、魔法の無い世界から来たのかな。

 彼はそのまま私の肩を掴み、少年のように輝かせた目をこちらに向ける。


「ユキは魔法使えるのか⁉︎俺にも見せてくれないか⁉︎」

「ごめんね、私たち獣人は首輪で魔力を制限してるから魔法はほとんど使えないんだ…。だからあんまり揺らさないで…っ」

「…首輪にそんな機能があったのか」

「そうなんだ、魔法を使うには絶対に魔力が必要だからね。だから、リョータくんが闘ってる時に魔力は感じなかったし、その『スキル』っていうのも嘘だったのかなって」

「うーん…。ステータスとかスキルとかは、俺だけの物なのか?魔法とは別物みたいだし、ユキに信じてもらうにはやっぱり…」


 まるで呪文を唱えるかのように、ぶつぶつと言い始める。


「ユキ、尻尾をずっと振ってもらうことは出来るか?」

「出来るよ?」


 言われた通りに尻尾を左右に振る。これくらいは獣人にとっては朝飯前だ。

 するとリョータくんが私の肩に触れ、『スタン』と呟く。


(……っ、あれ⁉︎身体が動かない…喋ることも出来ない…!これがスキルなの⁉︎)


「どうだ、びっくりしたか?俺のスキル『スタン』は、二秒間だけ相手を動けなくするんだ」

「ははは、本当にびっくりしたよ。確かに魔力は感じなかったけど……スキルって他にもあるの?」

「ん、あるぞ。これも初めて使うんだが——」


 リョータくんが自分の座っていた石に触れると、下から出て来た黒い霧の中へと飲み込まれてしまった。

 

「あれっ、何処に行ったの⁉︎」


 辺りをきょろきょろと見渡していると、今度はリョータくんの前に黒い霧が現れ、彼はその中に手を突っ込んだ。『重たいな…』と呟きながら、そこから先程の石を取り出す。


「ここだよ」


 当然のようにやってのけるが、これは魔法でもかなり上位の物になる。もちろん、これも魔力は感じられなかったけれど。


「リョータくん…それは何てスキルなの…?」

「ん、あー…えっと…、その『次元ディメンションドア』ってやつだ」


 照れ隠しなのか、何故か彼は頭を掻きながら目を逸らした。

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