第3話 奴隷と勇者の修行
鎖を外され、三人の女性が中から出て来る。
頭には所謂ケモ耳と呼ばれるものがあり、ふわふわとした尻尾が付いている。やはり獣人であることには間違い無いようだ。
「左から順に、リリー、マリネ、ユキでございます。いかがでしょうか」
いかがでしょうか、と問われてもどう返すのが正解なんだろうか。
細身でショートヘアのリリーは、童顔な上に小柄でなんだか妹みたいだ。
マリネも同じく細身ではあるが、身長は三人の中で一番高く、俺とほとんど変わらなさそうだ。切れ長の目と長い髪の相性が抜群だな。
最後にユキは、二人とは違って出るところは出ているというような体型だ。ふんわりとした髪をしており、柔らかい雰囲気からか、なんだか放っておけない近所のお姉さんという感じだな。真ん丸の瞳が可愛らしい。
つまり何が言いたいかというと、全員最高だということだ。ただ、この世界ではこういった価値観は持たれていないようだし、少しだけ考える素振りを見せる。
(皆んな可愛いし、獣人の子って言ったら日本ではかなり人気あるんだがなぁ…。とりあえず適当に返しとくか)
「——はい。彼女たちで何も問題ありません。それで、俺はこれからどうすれば?」
「勇者様には、これより修行を始めていただきます。一ヶ月後には魔王討伐という任務が与えられております故、あまり時間はございません。最悪の場合、一ヶ月が経つ前に我々の物資や資源が枯渇するということも考えられます」
「確かに、それなら急がないといけないな…。実際修行っていうのは何をすれば良いんですか?」
「それは歩きながらご説明いたします」
こうして俺と獣人三人組は、ジョセフに先導してもらう。通ったことのない廊下を進み、城の外へと出る。しかし、建物から出たと言ってもまだ敷地内で、そこには殺風景な土地が広がっていた。
黙々と剣を振っている人たちがちらほらと見えるが、彼らも魔族との争いに備えて鍛錬しているのだろう。
足音がジャリッという砂の音に変わる頃、ジョセフの説明は終わり、俺は耳を疑った。
「……えっとそれで、ほぼ一ヶ月間、独学で技を磨く為に街の外の森に出るというのが俺の修行内容ですか……?」
「はい。もし物資に困れば何度でも帰って来ていただいて構いません。奴隷たちが気に食わなかった場合もご相談ください。……そして、現在資源が枯渇している為、装備品はこちらの剣のみの支給となってしまいます。——どうか、ご無事で」
こうして気が付けば俺たちは、街の外にある森へとやって来ていた。
まさか本当に自分と奴隷三人組だけでやって来るとは思いもしなかった。少数精鋭ってやつなのか?そんなことよりも、女の子三人に大きな荷物を持たせて俺だけ手ぶらってなんだかなぁ……。
罪悪感のようなものを抱いてしまうが、とりあえず今は修行をするべきだ。
(言われた通りに来てみたのは良いが、修行って結局何をすれば良いんだ…?)
俺の疑問に気付いたのか、マリネが口を開けた。
「一度私たちと勇者様で手合わせをする、というのはどうでしょうか」
「なるほど。確かにそういうやつだよな…」
少年漫画でよく見るやつだ。けど、渡された刀でするのはちょっと気が引けるな…。こんなときに身内同士で削り合うのは、一切意味が無い。
「流石にお互いに怪我するのは良くないし、剣の代わりに枝か何かを使っても良いですか?」
「はい、もちろん構いません。しかし我々奴隷の身体の心配は不要です。私たちは所詮、使い捨ての身なのですから」
「……っ、わ、分かりました」
「ところで勇者様、我々奴隷に敬語などおやめください。どうか、お願いいたします」
三人に軽く頭を下げられた。
何か思うところがあるのだろう。こちらとしては断る理由も無いし、もちろん快諾する。
「分かった。それじゃあ三人とも、よろしく」
「「よろしくお願いいたします」」
三人とも、なんだかよそよそしいんだよな。仕方の無いことなんだろうけども……。
「これを使ってください」
「ありがとな、リリー」
「いえ、そんな…」
リリーが折れた枝を持って来てくれた。
腕の中には他にも数本抱えており、一度や二度折れる程度なら気にしなくても良さそうだ。そもそも森の中だからすぐに手に入るしな。
それにしてもちょうど良い太さだ。形もほぼ真っ直ぐで、今回の用途にぴったりだ。もっとリリーを褒めても良いんだろうが…あんまり目を合わせてくれないんだよな。
「——勇者様、準備はよろしいでしょうか?」
俺といくらか距離を置いたところで、マリネが既に構えていた。
リリーとユキは離れて木の下で体育座りをしている。なんだか学生時代を思い出すな。こんな美少女と学生生活を送れたら少しは楽しかったかもしれないな。
そんなことを考えながら、俺も構える。
(異世界に来た日の為に鍛え続けたんだ。ようやく力を発揮できる…!)
木漏れ日が互いの顔を照らし、風に揺られて舞う木の葉が地に落ちる。まるで、それを合図にすると示し合わせていたかのように、二人は同時に距離を詰める。
一番躱しづらい攻撃はこれだ!
相手の腹部を狙って横に薙ぎ払う。当然この一撃でどうにかしようと考えていた訳ではないが、かなり姿勢を低くしてそれを躱されたことには驚きを隠せない。
「やばっ…!」
マリネの狙いは脚か…!
彼女は、姿勢を低くしたまま俺の脚に蹴りを入れる。その瞬間、目に映る光景が全てスローモーションになって見えた。
姿勢を崩されて横に倒れそうになる俺の胸にそっと手を添え、マリネは一切表情を変えることなく俺を突き飛ばした。
「うぐ…っ!」
あぁ、今日ってこんなに天気良かったっけ。木の葉の隙間から見える空は、青く透き通っていた。
不甲斐無く息を切らす俺の元へ、土を踏む足音が近付いて来る。
「お怪我はございませんか?」
前屈みになったマリネが俺の顔を覗き込む。
その背には、揺れる緑の葉と木漏れ日。とても綺麗な光景なのだが、俺は羞恥心からか目を背けた。
「……だ、大丈夫。それより続きをしよう。次はリリーか?それともユキか?」
「いいえ、次のお相手はどうやらブラックムーン・ベアのようです」
「なんだそれ」
起き上がって、マリネの視線の先を確認すると、そこには大きな黒い熊の姿があった。心無しか目が合っているように感じる。
アイドルのコンサートみたいに、ただの勘違いだって信じたいけど…。
「熊と出会った時ってどうすれば良いんだっけ…?」
リリーやユキ、そしてマリネが腰の剣を抜く。
「流石にそれは、俺の世界では無かったパターンだな…」
これはまじで闘う雰囲気だ。流石に俺にも分かった。ステータスを確認しようとするが、名前以外は『???』としか表示されていない。
俺も同じように剣を抜くが、その手が震えていることにようやく気付く。
「急に熊と闘えって言われても、日本じゃそんな経験したことねぇんだよな…」