第18話 小さな嫉妬
「神乃さん、少しお聞きしたいことが——」
「ん、なんだ?」
「神乃さん、先日言っていた——」
「神乃さん、そういえば——」
「んんんんん‼︎だあー‼︎もうっ、最近ヨーキはリョータとくっ付きすぎじゃないかな⁉︎事あるごとに『神乃さん、神乃さん』って!」
(リョータも満更でもなさそうだし…!)
「リョータは、少し僕のことを放ったらかしすぎなんじゃないかな⁉︎」
二人は目を丸くする。どうやらこうなるとは想像していなかったようだ。
というか、どうして二人は急にそんなにも仲良くなってるの?どちらかと言うと、僕の方がリョータと過ごした時間は長いよね?ヨーキだって、僕と過ごした時間の方が長いよね?
頬を膨らませ過ぎて少しだけ皮膚が痛くなる。
けど、何とか僕の機嫌を取ろうと困った顔をしているリョータを見れるのは、なんだか嬉しいかも。僕のことをちゃんと考えてくれているっていう証拠だもんね。
「えっと…俺と葉紀さんって同じ出身だからさ、それでこう…いろいろと話が盛り上がることがあってさ…」
必死に言葉を紡ぐ彼を見て、『ふふっ』と笑みを溢してしまう。
「——冗談だって。魔王の僕がそんな小さいことで怒る訳無いじゃないか」
「そんな変な冗談はやめてくれよ…」
「ごめんねっ」
そう言って舌先をぺろりと出してみせる。
そう、これは冗談なんだ。とりあえず今だけは、そういうことにしておいてあげるね——。
・ ・ ・ ・
(リリスめ…急に変な冗談言いやがって…。危うく土下座するところだったぞ)
小さくため息をつくと、隣の葉紀さんが俺の肩を叩いた。
「冗談で良かったですね。危うく神乃さんを去勢してしまうところでした」
「いやいやっ、それも流石に冗談……だよな?」
どこから出したのか分からないが、彼女の右手には鋏があった。刃が光を反射させ、きらりと輝く。『ふふふふふふふふふ…』と不気味に笑っているが、冗談であることを願いたい。
そんな彼女を止めようと、リリスが割って入る。
「それは絶対に駄目だよ…っ!えっと、その…リョータの…それ、は…多分、いつか僕と…い、一緒に使う時が来ると思う…から…っ。だから切り落としたら駄目なんだからねっ!」
頬を赤らめてまでして、彼女が何を言おうとしたのか。そんなことはすぐに理解出来たが、自分を疑ってしまうような答えなので確認してみる。
「な、なぁ、リリス…?それって、もしかしてセックs——」
「言うのも絶対に駄目ーッ‼︎」
慌てて俺の口を両手で塞ぐ。この行為こそが、その答えだと言えるだろう。
しかし、口を塞がれていない葉紀さんが追い打ちをかける。
「魔王様は、もうそこまで考えているのですね。流石です」
「さ、先のことを見据えるのは…魔王として必要なことだから…」
恥ずかしいのなら、別に無視しても良いのに…。それっぽいことを言ってるけど、内容はアレだしなぁ…。
ただ、リリスもそういうことを考えてるんだな……。何故かこちらまで恥ずかしくなってくる。一人の男としては嬉しいことのはずなのだが、手放しで喜べない、そんな現状だ。
そんな言い合いをしているところに誰かがやって来たようで、扉がノックされる。
「魔王様、失礼します」
中に入って来たのは、額に一本の角が生えた青年。尻尾は無いが、リリスとは別の種族なのだろうか。中性的な顔立ちに、涙ぼくろ。絵に描いたような美男子だ。
(異世界ってこんなのばっかりなのか…?)
「ルークか、帰って来てたんだね」
どうやら彼は、ルークという名前のようだ。何処かに出掛けていたのか、リリスは『お帰りなさい』と声を掛ける。
「はい。そして重要な報告があります。——人間の兵士数名と、その奴隷である獣人十数名が領地を出て森へと進軍を始めました。進行方向から推測しますと、目的地はここ魔王城かと思われます。恐らく、あと二週間もせずに到着するでしょう…」
「それってもしかして…」
「はい。奴らの目的は間違いなく襲撃です」
ルークさんは淡々と報告をする。どうやら人間たちを偵察していたようだ。
「そんな…この数日は攻めて来なかったのに…。もしかして、また新しい勇者を召喚したのかな…?」
「その可能性は…否定出来ません…」
その言葉を聞き、リリスは不安そうな表情をこちらに向ける。
「……安心しろ、とは言い切れないが、向こうが勇者を出すならその時は俺が闘う。何があってもリリスだけは絶対に守ってやるよ」
正直俺なんかに守られる必要も無いだろうが、彼女が不必要に前線に立つ必要も無い。例えそれが魔王だったとしても。
「——なんせ、俺はお前の騎士だからなっ」
「う、うん…ありがと…」
「ああ、あなたが噂の騎士様でしたか。僕はルークと申します。敵戦力の偵察を主な仕事としています。…正直、あなたには嫉妬してしまいますね」
「もうそんなにも噂になってるんだな…。俺はご存知の通り、リリスの騎士をやっているんだ。よろしくな」
(……嫉妬って何のことだ?)
疑問を抱きながらも、差し出された手を拒まずに握手を交わした。その間、ずっと笑みを浮かべている彼を気味悪く思ってしまった。
周囲から見れば何も変わったことは無いのだろう。笑みを浮かべて握手をする。そう、何も悪いことではないはずだ。それでも、何故だか俺にはそれが胸に秘めた何かを隠す為の物だと感じられた。
「それでは魔王様、僕はまた仕事に戻るとします。何かあった際には、逐一報告させていただきます」
「うん。気を付けてね」
「……期待しているよ、騎士様?」
すれ違い様に、俺にだけ聞こえるような声量でそう伝えられたが、この言葉は素直に受け止めて良いものなのだろうか。振り返ると、そこにはもう彼の姿は無かった。
(何だか胸騒ぎがするな……)
「神乃さん、どうかされましたか?顔色が優れないようですが」
「…いや、そういえば今日は楽しみにしてたアニメの放送日だなって思って悲しくなってただけだ」
「そうですか。それは確かに悲しいことですね」
葉紀さんは、うんうんと何度も頷く。彼女は、この手の話をすれば簡単に騙すことが出来るようだ。しかし、問題はこれだけでは済まなかった。
「まーた二人だけで僕の知らない話してる〜。今度こそは拗ねちゃうからね〜っ」
リリスは、血相を変えて頬を膨らませる。
「ごめんごめん、リリスにも『アニメ』の話してやるからさ」
「ほんとのほんと…?」
「ああ、もちろんだ。何なら朝から晩までずっと付きっきりで話してやっても良いぞ。……だから葉紀さん、鋏構えるのだけはやめてくれないか…?」
『ふふふふふふふふふ…』という不気味な笑い声が、リリスの部屋を支配した。




