第13話 優しい言葉
「……意外と広いな。もっと窮屈になるかと思ってたんだが」
リョータの言う通り、二人で寝てもいくらかベッドのスペースに余裕がある。
「そうだね」
「だからさ、そんなにくっつく必要は無いんじゃないか…?」
「僕には必要なのー」
「それなら仕方無いか…」
こうやってくっついてると、なんだか安心するんだよね。リョータも嫌がってはいないみたいだし、このままで良いんだよね?
互いの鼻息が聞こえそうな程の静寂が街を包み込む。そんな中、彼は大きな欠伸をした。
(今日はいろんなことがあって疲れてんだろうな。……本当、いろんなことがあったな。リョータも、僕も)
「ねぇリョータ、ちょっとだけ、お話しても良い?」
「ん、良いぞ」
「……今日はさ、楽しかったね」
「あぁ、そうだな」
二人で街に出掛けた時のことを思い出す。
「ペットショップに入った途端、リョータが動物たちに囲まれた時はびっくりしちゃったな」
「確かにな。向こうの世界だと動物と触れ合う機会が無かったから、なかなか良い体験が出来たな」
「ふふっ、あんな体験は僕でもしたことないよ」
「にしてもすごい可愛いやつばっかりだったな」
「そうだねぇ。可愛いと言えばさ、服屋でリョータが可愛いって言って選んでくれたやつ、あれはすごくエッチだったね…」
思い出しただけで顔が熱くなる。
胸の上半分くらいまでしか布地が無い短いトップス。あれはブラがほとんど見えてたし…。あとは、少し動いただけでパンツが見えちゃいそうになるスカート。恥ずかしくて買わなかったけど、リョータって、ああいうのが好きなのかな?
「あ、あれは俺も知らなかったと言うか…。でも、悪くはなかった」
「本当に感想はそれだけなのかな?」
「……っ、か、可愛いと思った。これで良いだろっ」
「うん、すっごく満足した」
嬉しくなってしまい、ついリョータの腕に抱きつく。驚いたのか彼の身体がぴくりと反応するけれども、振り払おうとせずに受け止めてくれる。
「……今日買った果物、明日リサちゃんに剥いて貰おっか」
「それくらいなら俺がやるよ。世話になりっぱなしは流石に悪いしな」
「そっか。リョータがやってくれるの楽しみだなぁ」
「……今日はさ、ありがとな」
「急にどうしたの」
「よそ者の俺を受け入れてくれてさ、街の案内もしてくれて、新鮮なことばっかりで楽しかったからさ…」
「そっか」
(それなら…それならどうして…時折りあんなにも苦しそうな表情をしてたの…?)
お出掛け中、ふとリョータの顔を見た時、彼は時折り苦しそうな表情を浮かべていた。
口では『楽しい』とか『新鮮だ』とか言っているのに、どうしても素直にそう感じられているようには思えなかった。
気付かないふりをしていたけど、彼が何かを隠していることは分かっていた。だから、そんな表情を見る度に、僕の胸も締め付けられたように苦しくなった。
それは触れて良いものなのだろうか。今こうして同じベッドで寝ているけれども、僕たちは今日出会ったばかりの仲だ。だからこそ、迷ってしまう。
——でも、きみのことを知りたい。
「……あのね、リョータがさ、お出掛け中に暗い表情をしていたの、実は気付いてたんだ」
・ ・ ・ ・
「そ、そんなことがあったのか…。それは悪いことをしたな…」
あくまでも知らないふりをする。それが無意識であったというようなふりをする。
そうやって顔を逸らす俺の腕を、リリスが強く引っ張った。
二人、吐息が当たってしまう程の距離で顔を向かい合わせる。視線を上げると、彼女は真っ直ぐな眼差しを俺に向けていた。
「誤魔化さないで。僕で良ければ、リョータの話を聞かせてくれないかな?それとも、やっぱり僕じゃ頼りないかな…?」
「……っ!」
(その言い方は狡いだろ…。でも、逃げ続ける訳にはいかないんだよな…)
まだ本当のことを話せそうにはないが、ほんの少しだけ、自分の気持ちを明かすことにする。
「……俺はさ、人間たちに勇者としてここに召喚されて、最初は魔王を倒すって使命に疑問を抱くこともなかったんだ。それが当たり前なんだって」
本人に対してこんなことを言っても良かったのだろうか。何か選択を間違ってはいないだろうか。そう震える手を、リリスは優しく握ってくれる。
彼女は何も言ってこないが、恐らく最後まで話を聞いてくれるつもりなのだろう。
「——魔王を倒す。それはこの魔王領を支配することを意味するんだと思うが、今日この街を見て、当然だけどここの人たちにも家族が居て、愛する人が居て、そして日常があるってことに気付かされたんだ。だから、この平和を壊さなくて良かったと思う反面、俺を召喚して、期待していた人たちを裏切ったことへの罪悪感が消えなくて…。どうすれば良いのか分からなくて…怖かったんだ」
本来勇者としての俺は、魔王を倒すべきなのだろう。だが、今日見た景色を壊すべきだとは思えない。これは、都合の良い言い訳なのだろうか。
(きっと、向こうに戻ったらリリーたちには幻滅されるんだろうな…)
今すぐにでも全て忘れて逃げ出したいが、リリスはそんな俺を捕まえるかのように、そっと抱き寄せた。
俺と同じ、石鹸の匂いがする。
彼女は俺の背中をぽんぽんと優しく叩く。
「……リョータ、ありがとう」
「俺は別に…何もしてないけどさ」
「ううん、この街の人たちをちゃんと見て、考えてくれた。魔王としてはとても嬉しいことだよ。リョータはさ、元の世界で生まれた頃から勇者だったの?」
「いや、元はただの人間だよ」
「それならさ、ここの人間に押し付けられた『勇者』なんて肩書は捨てれば良いよ。…きみは、きみの心の思うようにすれば良い。もしそれが駄目なことだと感じたら、その時は僕が止めるから。……けど、これは一方的な価値観の押し付けでしかない。だからもし、きみがそれに不満を持った時は、いっぱい喧嘩をしよう。そして最後には笑って仲直りをしよう。そうやって、ちょっとずつきみと分かり合えたら、僕はすごく嬉しいかな」
「……っ‼︎」
俺の心の思うように…。
『ここに居ても良い』と言われたように感じられた。そして、俺は独りではないということに気付かされた。例え勘違いだったとしても、それがとても嬉しかった。
途端に目頭が熱くなり、涙を堪え切れなくなってしまった。こんな情けない姿を見せたくなくて、自分の顔を隠すように、リリスに強く抱きつくと、彼女はまた俺の背中をぽんぽんと叩き始めた。
「——リョータ、よく頑張ったね。きみの気持ち、伝えてくれてありがとう」