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第12話 異世界で混浴

「魔王様から、神乃さんのお手伝いをするようにと言われてやって来ました。分からないことがあれば言ってください」

「あ、あぁ、ありがとうございます…」


 可愛い女の子と混浴するシーンは何度もアニメで観てきたけど、実際に体験すると嬉しいというよりも、困惑とか…緊張とかが勝つんだな。ヨーキさんは、いつの間にか隣で身体を洗い始めてるし…。

 腰は細くて、脚も長くて、これがモデル体型と言うものなのか。


「……あの、あまり見ないでください。私も少し恥ずかしいので…」


 横目でこちらの様子を見ていたのだろうか、そんな彼女の言葉でふと我に返る。


「わっ…、ご、ごめんっ」

(見惚れてた、なんて言ったら流石に引かれるよな…)


 慌てて視線を逸らし、一心不乱に石鹸を泡立てる。


「か、神乃さん…もう十分なのでは…?」

「うおおおぉぉぉぉぉぉっ‼︎」


 身体の汚れとともに、煩悩を捨て去らねば!

 痛みを感じてしまう程に激しく皮膚を擦り、次は頭を洗う。そして泡がまるでヘルメットのように頭を覆う頃、シャワーで全てを洗い流す。もちろん、心の汚れも一緒にだ。あぁ…スッキリ——。

 そして、ちゃんと掛け湯をしてから湯船に浸かる。

 ヨーキさんと距離を置けたことで、やっと気持ちが落ち着いた。

(隣にあるのは……水風呂で、その隣はジェットバスか…。やっぱりどの世界でも、風呂文化ってのは奥が深いんだなぁ)

 

「ふぅ…。良い湯だ…」


 目を閉じて湯を堪能していると、隣からちゃぷんっ、という音聞こえてくる。


「……お隣、失礼いたします」

「あ、あぁ、どうぞ」


 別に隣に入らなくても…、と思いはするが、いちいちそんなことを口にする必要も無いと感じ、黙って顔を反対側に少しだけ逸らす。目を閉じているとは言え、こうしていた方がヨーキさんも気が楽になるだろう。リリスに言われて来ただけで、自分から望んだ訳じゃないしな。


(——ところで、こういう時は何か会話のひとつでもするべきなのか?気の利いた話題なんてひとつも持ち合わせていないし…。俺の推しキャラについて語るべきなのだろうか?いや、そんなことをしていたら風呂で一夜を明かすことになるな…)


 そんなことを長々と考えていると、隣のヨーキさんが口を開けた。


「……神乃さん、私たちに何か隠し事をしているのではありませんか?」

「えっ…?」


 それってどう考えても、魔王が怖くて寝返ったって話のことだよな…?

 驚きのあまり、見ないようにしていたヨーキさんの方を向いてしまう。

 華奢な肩や、水面へと伸びる胸の緩やかな曲線が視界に入る。普通なら慌てて視界を遮るはずだが、彼女の真剣な眼差しに気付いた俺には、そんなことをする余裕は無かった。


「え、えっと…それは、その…」


 上手く言い訳が見つけらず、言葉を濁してしまう。


(もし嘘をついたとしてもそれがバレたらどうなるんだ…?だが、本当のことを言ったとしても、多分俺は殺される。そもそも何で気付かれたんだ⁉︎)


 ヨーキさんは人差し指を立て、指先で俺の胸に触れる。ちょうど心臓のある位置……なんかヤバい魔法で心臓爆発させられるのか⁉︎


「……別に無理に聞き出そうという訳ではありません。ただし、魔王様を傷付けるようなことがあれば、その時は問答無用であなたを追放します」

「わ、分かった…」

「それでは私は先に上がらせていただきます。神乃さんはごゆっくりどうぞ」


 隠し切れない程の動揺のせいで言葉を返すことが出来ず、俺はただ揺れる水面を眺めた。

 ヨーキさんに言われた言葉が、ずっと頭の中で繰り返される。


「リリスを傷付ける、か…。本当、何の為に俺はここに来たんだろうなぁ…」


 水面に映る自分に問いかけるが、当然返答は無い。

 そんなことは分かっていたが、何故だか腹が立ってしまい、手で荒波を立てた。


「異世界も案外楽じゃないなぁ。……あいつらは元気にしてるんだろうか」


 リリーやマリネ、ユキたちは今頃何をしているのだろうか。今の俺の状況を知ったら、やはり軽蔑されるのだろうか。


(使命を果たさずに逃げた勇者なんて、あいつらに笑われるよな……)

「……俺の使命って、いったい何だ?」


 小さく呟いた言葉が、一人の風呂場に虚しく反響する。


 ・ ・ ・ ・


「お帰り、お風呂はどうだった?なかなか風情があって良かったでしょ」


 リョータが部屋に戻って来た。

 今日のお出掛けで買った青色のパジャマ、早速使ってくれてるんだ。実は僕がもともと持っていたピンクの物と色違いなんだよね。ペアルックなんて初めてするけど、何だかちょっと嬉しくなるな…。


「あぁ、俺の故郷の風呂を思い出したよ」

「そっか。あれっ、髪は乾かせてないんだね」

「ドライヤーが見当たらなくてな。まぁ放っておいたら乾くだろ」

「それは駄目だよ。ほら、そこに座って」

「何をするんだ?」


 不思議そうな表情を浮かべながらも、僕の言う通りにしてくれる。そして僕は、椅子に座っているリョータの背後に立つ。

 それじゃあ、リョータの髪を乾かそうか。


「——ブロウ、ヒート」


 出力を抑えた『ブロウ』と『ヒート』を使って、後は髪を撫でるように優しく——。


「おぉ、やっぱり魔法って便利だな。すごく気持ち良い」

「今度リョータにも教えてあげるよ」

「俺にも使えるのか⁉︎」

「んー…素質があるかどうかにもよるけど、生活魔法くらいなら使えるんじゃないかな」

「まじか、それは楽しみだな!」


『俺ってどんな魔法使えるんだろうなー。やっぱ勇者補正で魔力無限とかあるのかなー』なんて楽しそうに言っている彼を見ていると、ついくすりと笑みを溢してしまった。顔は見えていないだろうし、バレてないよね?

 本当、リョータって不思議な人だ。


「よしっ、髪も乾いたしそろそろ寝よっか」

「そうだな。ところで俺はどの部屋で寝たら良いんだ?」


 あまりにも間の抜けた質問をされ、一瞬時が止まったかのように思考が停止してしまった。


「……ここのベッドで一緒に寝るんだよ?」

「えっ?いやいや、俺たちは異性の友人なんだぞ⁉︎それが同じベッドで寝るのは流石に…!」

「とは言っても、交際を前提とした友人じゃん。それくらいはするでしょ。正確には、結婚を前提とした交際を前提とした友人だしね」


 言い切ってみるものの、そんな前例を知らないから、真実がどうなのかは分からない。でもヨーキがそう言ってたし、きっとそうなんだよ。


「……そう言われると否定出来ないんだよなぁ。正直腑に落ちないけど…分かった、一緒に寝ようか」

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