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第11話 魔王領の民

 リョータは果物が好きだから、まずはそれを売っているお店に向かおう。

 見知らぬ土地で彼が迷子になるといけないから、手を繋いでおく。

 ふと僕が隣を見ると、リョータは慌てて顔を逸らすけど、彼の赤くなった耳が視界に入って何だか嬉しくなる。


(今日は絶好のお出掛け日和だなぁ)


 雲ひとつ無い青空を見上げ、ふと思った。

 初めてのお出掛けが土砂降りの日なのは避けたいからね。けど、もしそうなった時は、二人で同じ傘に入ってみるのも良いのかな。

 城から出て少し歩き、目当ての場所を見つける。相変わらず、新鮮で美味しそうな物でいっぱいだ。


「ほら、あそこの果物屋さんのはとっっっても美味しいんだよ。それに、安くて主婦のお財布にも優しい。最高でしょ!」

「主婦のお財布って……まさか魔王からそんな台詞を聞くことになるとはな…」

「んもー、僕だって別に金銭感覚は他の人とそんなに変わんないよー。あっ、おばちゃん、このマンゴー二個ください!」

「お嬢ちゃんまた来てくれたのかい。隣のは……初めて見る顔だね。彼氏でも出来たのかい?」

「い、いやっ、俺たちはまだそういう関係じゃないんです…!」


 慌ててリョータが弁明する。

 彼が言っていることは正しいと分かっていても、何故だか少しだけ拗ねてしまいそうになる。


(そんなに必死に否定しなくても良いじゃんか…。むぅ…)


 おばちゃんは、僕たちが繋いでいる手をじっと眺めて『そうかい、そうかい。まだなんだね。頑張りなよ、兄ちゃん』と揶揄った。

 そして続けて『今日はかなり上質なリンゴが入ってね、一個おまけしとくよ』と、マンゴー二個とリンゴ一個を入れた袋を渡してくれる。


「ありがとうございます!おいくらですか?」

「千五百リンだよ」


 ポケットから財布を出し、ちょうど渡す。


「はいはい、ありがとさん。次二人が来る時はもう結婚してんのかね」

「おばちゃんったら気が早いですよ。…それじゃあ、また来ますねっ」

「ああ、いつでもおいで」


 あそこのおばちゃんにはいつも元気を貰ってるなぁ。今日はリンゴまで付けてくれたし、次行った時はもっといっぱい買わないとね。帰って食べるのが楽しみだな〜。


「リリス、それは俺が持つよ」

「良いの?ありがとっ」

「……にしても何だかすごいな。皆んな魔王が居るってのに全然気にしていないみたいだ」

「そりゃあ皆んな気付いてないからね。僕が人前に出る時は、基本指輪で姿を変えているからさ」

「なるほどな。……ところで、『リン』ってのがここの金銭の単位なのか?」


 あまりにも予想外の質問をされ、一瞬思考が止まってしまった。冗談を言っているようには見えないし…本気、なんだよね?


「そうだけど……、『リン』って人間たちも同じ単位を使っているはずだよ?」

「向こうに居た頃は、金なんて一切触ったことがないんだよなぁ」

「へっ?じゃあ王様からの報酬は、どうやって貰ってたの?」

「報酬ぅ…?そんなの貰ったことないぞ?そもそも、必要な物とか食事とかは出されてたからな」

「そ、そうなんだね…。無賃勇者だったんだ…」

「無賃勇者って、あのなぁ…」


 人間たちの国に対して魔王の僕がどうこう言えるものなのかは分からないけれども、流石にそれはどうなんだろう。

 でも今は、そんなことよりもこのお出掛けを楽しまないとね。

 

「ね、お腹空かない?お昼ご飯食べようよ」

「おっ、良いな。出来ればリリスのおすすめを食べてみたいんだが…」

「もちろんっ、任せてよ」


 リョータの手を引き、次の目的地へと向かった。

 最近僕がハマっていて、よく食べている物があるんだ。それは——。


「リリスのおすすめって、もしかしてクレープ…なのか?」

「そうだよ。もしかしてリョータの国でもあったの?」

「ああ、見た目が良いし、若い女の子たちに人気のある食べ物だったよ。俺は食べたことないんだけどな」

「それなら良かった。ここはね、昼間だけ作るクレープがあって、少し塩っぱい味付けで、手軽に食べられるお昼ご飯として人気なんだ」

「へぇ、惣菜クレープって感じかぁ」


 食べ過ぎてヨーキに注意されたこともあったな…。そんなことを思い出しながらも、それを二個購入した。

 近くのベンチで腰を下ろし、『いただきます』とリョータは大きな一口でクレープをかじった。


(口に合うかな…?)


 心配してその横顔を眺めていると、突然彼は滝のように涙を流し始めた。もしかして美味しくなかった⁉︎


「これ…めちゃくちゃ美味い…」

「そ、そっか…良かった。リョータは大袈裟だなぁ」


 不意に笑みが溢れてしまう。あぁ、すごく楽しいな……。


「これ食べたらさ、次はペットショップに行ってみようよ」


 ・ ・ ・ ・


 リリスに連れられ、今日はかなり充実した一日を送ることが出来たと実感している。

 はぐれないように繋いでくれている手も、今では緊張感よりも安心感を抱くようになった。

 晩御飯を食べ終え、俺たちは城へ向かっている。この道も昼間は多くの住民たちが行き交っていたのだが、今はもうそんな面影もない。

 薄暗くなった街を、街灯が照らす。

 住宅街ということもあり、時折り何処からともなく子どもたちの笑い声が聞こえてくる。


「……リリス、今日はありがとう。リリスが街を案内してくれたお陰ですごく楽しかったよ」

「ふふっ、どういたしまして。そう言ってくれると僕も嬉しいよ」


 昼食を食べた後、ペットショップや雑貨屋、そして服屋にも行った。

 まるでデートをしているような気分になれたが、まさか異世界でそんな初体験をすることになるとは……。


「…また、一緒に来れたら良いな」

「来れるさ。例えきみが拒んだとしても、僕が無理やりにでも連れて来てあげるよ」

「その時は手加減はしてくれよ」

「骨の一本や二本くらいは諦めてね?」

「……魔王が言うと冗談に聞こえないな」


 長いような、短いようなそんな時を過ごしながら、俺たちは部屋に戻った。そこで待っていたヨーキさんに勧められて風呂場へとやって来たのだが、これはもう、ちょっとした銭湯みたいだな…。

 リリスは、『五年くらい前に造られたんだよ。すっごく気持ち良いから、ちゃんと癒されてきてね』と言っていた。


「やっぱりこれって、どう見ても銭湯だよな…」


 数人が横並びになって同時に身体を洗えるような洗い場。俺は一番奥のバスチェアに腰を下ろす。誰一人としてこの場にはおらず、孤独を感じていると、ぺたぺたと何者かの足音が近づいて来た。

 

「——神乃さん、何かお困りごとはございませんか?」


 振り返らずとも、それがヨーキさんの声だと気付き、呼吸が乱れる。


(こ…、こ、ここここここ混浴ですかッ⁉︎)

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