第10話 理解と受容
「リョータは優しいんだね。獣人の子だったから心配だったけど、杞憂だったみたいだ」
リサちゃんが淹れてくれた紅茶を一口。
そんな僕に合わせるかのように、リョータも一口飲む。
「あー…元の世界では獣人って存在しなかったし、そもそも俺の知る限り、奴隷制度って無かったんだ」
「なるほど。ちなみに、この魔王領でも奴隷制度は無いよ。向こうでは獣人の子たちは皆んな首輪をされていただろうけど、こっちの子はしていないでしょ?」
「言われてみれば、そうだな。向こうでも奴隷制度が無ければ良かったのに…」
独り言のように小さく呟き、リョータはもう一口紅茶を流し込んだ。彼の言葉は、僕の考えと全く同じであり、何だか親近感が湧いた。
「……そうだね。でも、人間たちは僕たちとは考え方が違うから、奴隷制度を廃止するのは難しいかな」
「どういうことなんだ?」
「ずっと昔はさ、『人間』と『魔族』なんて分類するような言葉は無くて、元は一緒に生活をしていたんだよ。そんなある日突然、人間は自分たちの間にある『違い』に気付いたんだよ。角や獣の耳、鋭い牙や羽は自分たちには無いじゃないか、その上あいつらは寿命も長いじゃないか、ってね。それから、人間と魔族とで分裂して争いが始まった。人間たちは、魔族という共通の敵を見つけたんだ。そこで生まれた考え方が、『人間は人間以外を受け入れない』。獣人は、人間と魔族との間に生まれた子の子孫だから、そんな場所では奴隷として扱われてしまうんだよ」
・ ・ ・ ・
リリスの話を聞き、俺は以前にマリネが言っていた『穢れた血』という言葉を思い出した。怒りと罪悪感、そしてやるせなさを感じ、膝の上の拳を強く握り締めた。
「種族が違うってだけでそんな風に……っ!」
「……こっちの人間たちも、リョータの住んでた世界の人たちみたいだったら良かったんだけどね」
「どう、なんだろうな…。正直俺のいた世界でも生まれが違うってだけで酷い扱いをされることはあるし、同じ生まれでも少数派ってだけで見限られることもあるんだ。何処の人間もそういうもんなのかな、自分たちとは違うっていうだけで、否定して、排除するんだよ」
全員が等しく幸福になれるなんて世界は存在しない。何処に居ても、等しく与えられるのは不平等であるということだけだ。
(だから俺は、あんな世界から逃げ出したんだ…ッ!)
消し去りたかった過去を思い出し、俯いてしまう。
「——じゃあさ、ここに来てくれたのがリョータで良かった」
「えっ…?」
優しい声で紡がれた言葉に驚き、俺は顔を上げた。
リリスは、まるで俺の全てを受け止めてくれるかのようなとても柔らかな表情を浮かべている。
対して俺は今、どんな表情をしているのだろうか。とても醜い顔をしているに違いない。
彼女の優しさに甘えたいと思ってしまう自分への嫌悪。俺を信頼してくれていたリリー、マリネ、ユキへの罪悪感。そして、元の世界で受けていた苦痛。全てが胸の中で混ざり合う。
こんな俺を見せてしまうと、きっとリリスを困らせてしまうだろう。両手で顔を隠して殻に籠る。
あぁ、こんな自分が嫌になる。
「……僕じゃ、頼りないかな」
隣にやって来たリリスが、こんな俺をそっと抱き寄せた。ほんの少しの温もりと、柔らかな感触を額に感じる。
「僕はリョータじゃないからさ、きみからどんな話を聞いて、きみの気持ちを知ることが出来たとしても、理解してあげられるとは限らない。それでもさ、受け止めるくらいはしたいって思ってるんだ。……僕なんかじゃ、頼りないかな?」
耳元で囁かれ、くすぐったさを感じながらも、同時に安心感を得ている自分がいた。
彼女の細い腰に腕をまわし、深呼吸をする。
「……ありがとな。いつか必ず言うから、もう少しだけ待っててくれないか」
「もちろんだよ。きみの言いたいと思った時に好きなだけ言ってくれれば良いさ」
「リリス……」
「あら、お二人とも、もうそのようなご関係に?」
「「…へっ?」」
声のする方を向くと、ヨーキさんが『ノックはしましたよ』と扉の前に立っていた。
いつから居たんだ?もしかして話を聞かれてたか?
そんな疑問に答えるかのように、彼女が言う。
「ご安心ください。今来たばかりで、扉を開けた頃にはお二人はもう抱き合っていましたから」
「ちょ、ちょっと…!ヨーキったら、言い方ってものがあるでしょ!ちょっと、聞いてるのーっ⁉︎」
リリスはヨーキさんに抗議しに行くが、全く相手にされていない様子だ。
(もしかしてヨーキさん、リリスで遊んでいるのか?確かに怒っているリリスは可愛いが……)
そんなことを思っていると、ヨーキさんはこちらに向けてサムズアップをしてみせた。
(えっと…やっぱり俺の予想は当たってたんだな…)
リリスよりもヨーキさんの方が背が高い分、まるで妹が姉に文句を言っているようにも見えてくる。
ヨーキさんはそんな彼女を放置して、こちらにやって来た。
「兵士たちには事情を説明しておきましたが、納得していない者がいるのは事実です。私は、神乃さんと魔王様の関係を応援しておりますが、全員が全員そうではないということは、肝に銘じておいてください」
「大丈夫だよっ。それは僕が何とかするから、リョータは安心してね」
「……いや、これは俺の問題だ。ただ、一人で見知らぬ土地をどうこう出来る程の力は俺には無い。だからリリス、手伝ってくれるか?」
「うんっ、もちろんだよ。これは、リョータと僕の問題だからねっ」
リリスは胸をドンと強く叩く。
(本当は俺一人の問題なんだけどなぁ。そもそもリリスが怖くて寝返っただけだし…)
この先のことを考えると、何だか頭が痛くなる。どうしたものかと頭を抱えていると、ヨーキさんがとある提案をしてくる。
「……とりあえず、二人で街に出掛けてみてはどうですか?」
「それは良いね。リョータにもこの街のことをもっと知って欲しいからね。行こっ、リョータ。ここってね、美味しい物がいっぱいあるんだよ」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
悩んでいても仕方が無いしな。今は目の前のことだけを考えよう。
「それは楽しみだな。ここって甘い果物はあるのか?」
「リョータは甘い果物が好きなんだね。もちろんあるよ。例えばね、マスカットとか、パイナップルとか、他にはサクランボとかがあってね、どれもすっごーく美味しいんだよ!」
「へえ、こっちにも同じ名前の果物があるんだな」
こうして俺とリリスは、ヨーキさんに見送られながら城を後にした。