第1話 待ち望んだ異世界
「一応聞いておこう、何故ここに来た」
「…っ、そ、それは……」
必死に頭を回転させるが、返す言葉が何ひとつとして見つからない。
「まさかとは思うが、我と闘って勝てるとでも思っているのか?貴様は我に一方的に殺されるだけだぞ」
口角をあげ、こちらを見下す。そんな彼女の威圧感のせいか、先から身体が言うことを聞かない。
俺は……何の為にここに来たんだ?ひとつの答えが頭に浮かぶ。
(どうして俺なんかが魔王と闘いに来てるんだ…?そうだ…。そうだ……日本人の俺が急に魔王と闘えって言われても無理に決まってるだろ‼︎)
コンビニでのバイトが終わり、すぐに帰宅する。
そして買ってきた弁当を胃に無理やり詰め込むかのように食べ、しばらく休憩した後は、日課であるジョギングを始める。
(そろそろ日付が変わりそうだな…)
腕時計を確認し、靴紐を結ぶ。
ポケットの中には最低限の金額が入った財布と、充電を終えたスマホ。これさえ持っていれば安心だろう。
「今日も楽しいトレーニングの始まりだ!んじゃ、行ってきます!」
一人暮らしをしている為、別に誰かが言葉を返してくれる訳ではないが、俺は部屋を出る時には必ずこう言うようにしている。
——だって一回の外出が、いつ永遠の別れになるのかなんて分からないのだから。
なるべく大きな音を立ててしまわないように優しく扉を閉め、鍵を掛けずにアパートの外へ出る。
軽い準備運動を終え、街灯を頼りに走り出した。
日頃の体力づくりのお陰か、バイト終わりだというのに、まだまだ体力が有り余っている。
冷たく澄んだ空気が鼻を通り、身体を冷やす。少しオーバーサイズの半袖Tシャツを着ているお陰か、かなり風通しが良くて気持ちが良い。
しばらく走り続け、薄暗い路地にぽつんと立つ自動販売機の光を見つける。
(結局今日も見つけられなかったな…)
小銭を入れ、購入した天然水で喉を潤せる。
「いつまで続くんだろうな、俺の日常は」
力なく呟いた言葉のせいか、何だか虚しくなってしまう。
「やっぱり異世界転移なんて無いのかねぇ…。こう、急に目の前に謎のゲートみたいなのが開いて……そうそう、こんな感じのやつで——って、あれ?」
先程まで自販機があったはずの場所に、謎のゲートが開いている。楕円形の白い光で、大人が一人入る程度であれば余裕で通れそうな大きさだ。
「これって…もしかしたら異世界に転移出来るんじゃね?」
俺は慌ててスマホを取り出した。
別に記念写真を撮る為でも、SNSで呟く訳でもない。まずはバイト先の人たちのメールをブロックして……店長の電話は、迷うことなく着信拒否。これで良し。
「ま、俺なんかが居なくてもどうにかなるだろ。てか、どうにかならなくてももう関係ねーし。……じゃあな、地球!こんにちは、異世界!神乃涼太、二十歳。待ち望んだ異世界にいざ参る!」
ここには最初から未練なんてものは無い。俺は迷わずその光の中へと飛び込んだ。
「さぁ、目を開けたら辺り一面緑で包まれた草原!そこで襲われている少女を格好良く助けて街の人気者になる!」
——はずだったのだが、俺がやって来たのは、以前自分が住んでいたアパートの一室のように狭く薄暗い場所であった。
地面や壁はゴツゴツとした石で出来ており、お世辞にも良い場所というような印象は持てそうになかった。
周りには、ローブを着て大きな杖を持った三人が俺を囲むように立っており、鉄格子の向こう側からは、数人がこちらを覗き込んでおり『おおっ、ようやく成功したのか!』と言う声が聞こえてくる。
(なるほど、俺はこの世界の人に召喚されたのか。てことは、勇者としてこれから魔族か何かと闘えって展開か?)
そんなことを考えていると、一人の男が近くに寄って来た。
「あぁ…異国より来られし勇者殿よ。よろしければ、あなた様の名を教えていただけますかな」
「ん、俺の名前は神乃涼太です。よろしくお願いします」
「な、なんとっ!我々は勇者として神を召喚したのか‼︎これはとても心強い‼︎」
突然周囲の者たちがざわつき始める。
(何か勘違いされてないか…?俺が神ってどういうことだ…)
あまり考える必要は無く、すぐに答えに辿り着き、俺は羞恥心で顔が熱くなるのを感じる。
「い、いやっ!『神様の』っていう意味じゃなくて、『神乃』っていう俺の名前なんですよ!」
自分で神を名乗るのは流石に気が引けるぞ!
「…むむ、そうでしたか…。ですがあなた様が勇者であるということには変わりありません。早速ですが、あなた様にしてもらいたいことがあるのです」
真剣な眼差しを向けられ、俺はゴクリと喉を鳴らして小さく頷いた。
男たちは、『では、案内いたします』とギィ、と軋むような音を立てて鉄格子の扉を開ける。
(まるで監獄みたいだな…)
彼らに連れられていくつかの階段を上り、再び扉を開けるのだが、そこから射し込む光に驚いて反射的に目を細めてしまう。
どうやらこの世界では現在は昼間のようだ。
(あっ、これ…時差ボケは大丈夫かな…)
王宮の廊下にある窓から外を眺める。
当然ではあるが、見慣れない景色が広がっており、ようやく異世界に来たという実感が湧いてくる。そうやって外を眺めているのに気付いたのか、男が声を掛けてくる。
「気に入ってくれましたか?私たちはこの景色を…市民の笑顔を守る為に日々、魔族と闘っているのです」
「そうなんですね」
「神乃様、こちらで王がお待ちになっております。今後のお話は王から直々に」
先導していた老爺二人が大きな扉を開ける。
俺は言われた通りに中に入り、奥で派手な椅子に座っている男と対面する。
日本では悪目立ちしそうな程の大きな宝石が付いたアクセサリーを複数身に纏った、髭の長い男。白く染まり切った髪や髭とは裏腹に、力強さや威厳を感じさせるような体格と顔つきをしている。
如何にも、異世界の王様というような雰囲気だ。
「……勇者殿、我々人間は現在魔族と争っております。あなたには一ヶ月修行をしていただき、その後魔王討伐に向かっていただきたいと考えております」
「い、一ヶ月ですか…っ⁉︎」
(魔王って、その程度の修行で倒せるものなのか?そもそもただの日本人の俺の力がどれだけ通用するのか……)
「——あの、一つ質問があるのですが」
「うむ。どうしましたかな」
「魔王のステータスがどの程度なのかご存知でしょうか?」
「……ステータス、というのは聞いたことが無いな。ジョセフ、何か知っているか?」
王は眉を顰める。
「いえ、申し訳ございませんが、そのようなものは存じ上げません」
「そうか。勇者殿、そのステータスとやらは魔王討伐に何か関係が?」
「い、いえっ!やっぱり大丈夫そうです、ありがとうございます!」
(…もしかしてこれは俺にしか見えないのか?)
対象を凝視した時にのみ出現する『数値』を確認する。名前や性別、年齢、種族、そして上から順に筋力、魔力、耐久力、状態、スキルという項目がある。
俺自身のものはひとつを除いて全て表示されているのだが、ここで出会った者たちは何故か全て『???』で伏せられている。
名前:神乃涼太 性別:男 年齢:20 種族:人間
筋力:95 魔力:30 耐久力:58 状態:健康 スキル:スタン(2秒)、収納、気配察知、???
(俺のステータス…なんか弱い気がするのは俺だけか…?)