チフスまんじゅう食わせて重過失致死罪なら、ちょっと論破してくれんか。
これはエッセイです。
小説だと思って読みに来てくださったんなら申し訳ない。
4分くらいで読めますんで、よかったらぜひ。
ごめん、4分は無理かも。
10分くらいでなんとか。
チフスまんじゅう食わせて重過失致死罪なら、ちょっと論破していただけませんか。
えー、まずあなたはこのタイトルで、なんの話をしてるかお判りでしょうか。
たぶんご存知だからこそ、これを読んでくださってるんだと思います。
NHKの朝ドラ「虎に翼」でもエピソードとして描かれましたが、それ以前に非常に有名な事件ですね。
私はこの事件を……たぶん大昔にネットで知りました。
現在でも検索すれば、扱った記事がいくつも出てくるはずです。
ざっと事件について紹介しましょう。
殺人事件で起訴されたAは、女性医師でした。
被告Aは、まんじゅうにチフス菌を塗ったんですね。
チフス菌にも種類があるんですが、Aが用いたのは腸チフス菌でした。
いわゆる食中毒菌の一種です。
死亡率は1939年当時、10%から30%ほどと言われています。
このチフスまんじゅうを食べた12人が感染し、残念ながらそのうちの1人が亡くなられました。
もちろんAは殺人罪で逮捕、刑事告訴されることになります。
この事件が令和の現代でも語り継がれるのは、Aの犯行理由があまりにも同情すべき動機だったからです。
医師のAは、おなじく医師のBと結婚生活を送っていました。
結婚生活を送っていたという表現も変ですが、AとBが婚姻関係にあったのは事実です。
しかし事実上、AはBの金ヅルというべき立場でした。
夫であるBは、当たり前ですがすでに医師免許を持っていました。
しかし、さらに医学博士の資格を得るために進学しました。
そこで妻Aが地元に帰り診療所を開業します。
そしてBの学費を全面的に援助しました。
自分は必死に医師として働きながら、夫に仕送りを続けていました。
もちろんこの間、AとBは離れて暮らすことになります。
Aは倹約を重ねながら、夫Bに送金を続けました。
その甲斐あって、Bは5年後に医学博士号を取得しました。
援助した金額は、現在のレートで900万円近くになります。
さてようやくAのワンオペ労働も終わり、念願の博士となったBと、ひとつ屋根の下で夫婦生活がはじまることになる
はずでした。
なんとこのタイミングでBはAに離婚を突きつけました。
Aは拒否しましたが、結局は5年間に貢いだ金額とほぼ同額の慰謝料を受け取るという条件で、離婚は成立します。
そしてAは、まんじゅうのひと箱にチフス菌を混入させました。
チフスまんじゅうは、元夫の家に偽名で郵送されました。
さて。
ここからの流れが、事件をセンセーショナルにしたわけです。
まず元夫Bと、その弟Cがまんじゅうを食べました。
そしてあろうことかBの妹が、残りを勤務先に持って行ったのです。
妹は勤務先でこれを配り、妹をふくむ職員10人がまんじゅうを食べました。
すなわち12人が腸チフスに感染したのです。
そして元凶とも言えるBは死亡……しませんでした。
死んだのは弟のCでした。
不幸中の幸いというべきか、まったく無関係の人たちは一命をとりとめたことになります。
もちろん重篤な後遺症が残ったかもしれません。
ですが当時の新聞にはほかの被害者の続報は無く、残念ながら不明です。
少なくとも私は知りません。
かくしてAは逮捕されました。
Aは法廷で全面的に罪を認めました。
夫Bへの復讐、それが動機のすべてでした。
日本中が注目する裁判の結果、Aに下された判決は懲役3年の実刑判決でした。
殺人ならびに殺人未遂としては、前例がないほど軽い判決です。
と言いますのも実際にAに下された罪状は、傷害致死罪と傷害罪でした。
事実上、罪が軽減されたという表現が正しいでしょう。
しかし検察はこれを上告。
結局、Aは懲役8年になりました。
ご愛読、ありがとうございました!
すいませんウソです。
ここからが本題です。
すいません、ここまで長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
まず私はAに同情します。
私だけじゃなく、当時も現在もAに対して同情的な考えの人が圧倒的多数のようです。
それに引き換え、Bに対して好意的な意見を私は見たことがありません。
ていうかBだけ死んでりゃ話は簡……
なんでもない。
Bは助かり、その弟が死亡しました。
そのほかBの妹と、まったく無関係の8名が被害にあったわけです。
結果だけを見れば、バイオテロとしか言いようのない事態を招いてしまいました。
実際、検察がAに求めたのは無期懲役でした。
3年から8年に刑期が伸びたものの、求刑にはほど遠いくらい軽い刑だと言えます。
すべては、AがBに受けた仕打ちを考慮した結果でしょう。
端的に言って、Aに同情するべき事情があったから減刑されたことになります。
……ごめんなさい。
これがぜんぜん納得できないんです。
私は法律のことも歴史のことも詳しく知りません。
ですので、まったく個人的愚見でありますが。
これ2つの事件が同時に裁かれてませんかね?
① Bに対する殺人未遂
② その他に対する殺人と殺人未遂罪
①については、大いに減刑してあげてください。
なんだったら無罪でもいいです。
重ねて言いますが、個人的にはです。
ただそのことと②は関係なくないですか?
何度も言うように、私はAに同情してます。
しかし②が情状酌量される余地ってあります?
Aの味方してる私ですら擁護のしようがないんですが。
えーっとですね。
問題をややこしくしている原因は、チフス菌だと思うんです。
仮にAの用いた凶器が、機関銃だったらどうでしょうか。
Aが機関銃をBに向けてブッ放しました。
ですが、幸いなことにBは軽傷で済みました。
しかし背後にいた11名が流れ弾で負傷し、うち1名は死亡しました。
はい、Aの事情を考慮して懲役8年です。
……マジで言ってんのこれ?
いや、機関銃の例えがまずかったですか?
もっと単純に、B宅への放火で隣家まで焼けたとかでも結構です。
だって結果おなじだし。
え、同じ結果でしょ?
なんなら感染することを考えたら、チフス菌のほうが恐ろしい凶器じゃありません?
「B以外の人間を殺害した罪が、Bとの関係を考慮して減刑される」
↑
これがまったく納得できないんです。
それとも1人毒殺、11人を毒殺未遂した罪にふさわしいのが8年ってことなんでしょうか。
個人的にはAは死刑、もしくは無期懲役が妥当だと思うんですが。
でも私はAに同情してましてね……だってかわいそうじゃん。
5年もBに利用されて、そのうえ8年も服役する羽目になってかわいそうだなと思います。
恐れ入ります、さすがに私見が入りすぎました。
法律ってそういうもんじゃないですよね。
じゃあこの事件、やっぱ判決のほうがおかしくありません?
私が死んだCの立場なら、なんならほかの被害者の立場でも納得いかないと思います。
最後になりましたが。
私はどうしてもAの8年の刑に納得したいんです。
公平かつ正しい刑罰が下されたんだと信じたいんです。
ですので当時の弁護士の発言を要約しつつ、チフスまんじゅう食わせて重過失致死罪なら、ちょっと論破してくれませんか。
Aの弁護人:
「被告は医師であり、チフス菌の死亡率が30%と低いことを知っていた」
「すなわちチフス菌の混入をもって、殺意があったとは言い難い」
「これは殺人ではなく、傷害致死に相当する事件である」
私:
「じゃあ6連発のピストルに2発だけ装填して撃っても過失致死か?」
「これもう無差別殺人ちゃう?」