王都 (2)
「さて……戻ってきたばかりで悪いが、そっちからの話を先に聞いた方が良さそうなんで、話してくれるか?」
その夕方、昨日と同じ食堂で、すでにセロはエールを、ルーナとファムは葡萄酒を口にしながら、例のジャガイモ料理をつまんでいたところに、合流したカイはエールを、アインは葡萄酒を注文したところで、ルーナがひとまずコップに入れた水を差しだしてくれた。
カイとアインがあの野営で聞き回ったところ、ほぼ全員がキリルからの難民であること、そして、王国軍への入隊か移民の希望者であることがわかった。つまり、一般人である。
カイたちがニコを到着していた頃には、すでに王都から派遣された先遣隊は、マケロン男爵領に到着しており、早々に男爵の兵と連携して、国境警備を強化していた。
これは事実上の国境閉鎖にもなりかねない話だったのが、同時に街道の関所で、王都から運んできた物資で炊き出しを行い、さらにけが人の治療に当たった。さらに、国境沿いのキリル側の村への誘導に加え、王都軍への入隊か、キリシア辺境伯領への移民を希望すれば、入国も許可した。
自分の領土を混乱させまいと、一方的な国境封鎖を行おうとしていた男爵の顔も立てながら、王国側からの人道的な配慮も見せたわけである。
そうして、先遣隊に随行していた文官が指示しながら、入隊、移民、それぞれの希望者の名簿を作成し、ある程度の数が集まったところで、テナンに向けて希望者を出発させたその集団が、数日前からテナンまでたどり着き、あの野営の集団となって、徐々にその規模を大きくし始めているのだという。
「キリシアって王国の南の果てでしょ?遠すぎやしませんが?」
ファムの疑問に思ったのは当然で、キリシア辺境伯領はファムが知っていたように、王国の南端にある。しかも、大きな町は辺境伯が居を構える町しかない。さらに年中、比較的温暖なここテナンとは違い、夏冬の気温差は大きく、冬は雪も積もるような領土のほとんどが未開拓地。まさに辺境を絵に描いたようなところで、テナンからでも優に三十日以上は旅をしなければならないだろう。
どう安く見積もっても、災害で家財を失った難民が身一つでたどり着ける場所ではない。
「キシリアまでは王国軍の護送付きらしいです。現地では、すでに開拓村の建設が始まっていて、行きの旅程も含めて半年は最低限の補助金が王国から支給されるそうです。」
ファムの疑問へのカイの回答に続けて、手を上げれば誰でもいけるものではなく、男女は問わないが健康な成人で、家族の場合は、長期で旅することが困難な幼い子供がいないことが条件らしいと言うことをアインが補足した。
「なるほどな……それでいろいろ納得いった。」
午前中、ルーナやファムとともに道具屋を訪れたあと、二人を教会に帰して、セロは一人でギルドで掲示されていた依頼書を一通り確認したのだという。手軽に受けられそうな依頼のほとんどが、その難民に関わる案件で、各地から集まってくる物資や、集まった物資の輸送の護衛、城外の野営群の警邏から薬草などの調達まで、王国からの依頼も多いので細かい依頼でも、日銭稼ぎには筋は悪くないものばかりなのに、その案件数が昨日から減っている様子がない言うことは、まったく人が足りていないという事だろう。どんどん冒険者が王都に集まってくる理由も、門番を騎士が肩代わりしているという理由もわかる。
「どうする?いくつか案件を受けてみて稼ぐか?」
そうセロが投げかけたところで、今度はルーナが口を開いた。
「その前に教会で聞いた話もしていい?」
町中で人手不足である。当然、教会も人手が足りておらず、カイたちもただで寝泊まりさせてもらっているだけでは居心地も悪いので、セロたちが道具屋に行っていた午前中は、カイとアインが、午後からは昼前に戻ってきたルーナとファムが、教会の雑用を手伝っていた。
「ピレス公爵領?あの三大公爵の、海のピレス卿のか?」
「ええ。まだピレス領から支援物資が届かないらしいの。」
カイの言う三大公爵の一人 ピレス卿は、王都の南西にある領地を持ち、公爵の中で領土としては最も狭いながら、海に面し、その居を構える最大都市 ピレスノアは王国最大の港にして、唯一、他の大陸との交易を認められており、経済力では王都をも凌ぐとも、他国の人間ですら知るこの大陸の海の玄関と言われる大都市である。
当然ながら、今回も一番に支援の要請が行われたはずで、テナンとの間にも街道がしっかりと整備されているピレス公爵領から何も届かないというのである。すでに東の辺境 キーロスから届いているにもかかわらずである。
ピレスノアからテナンにやってくる商人らに聞いても、道中でそれらしき集団は見なかったというのだから、おそらくピレスノアを立っていないと思われる。
なにか良くないことでも起こっているのか?と言っても、あくまで支援は厚意であり、催促するものでもない。ただ教会の物資だけではなく、ピレス公爵領からはまだ派兵もされておらず、宮廷内からも、相手は王国を支える三大公爵 ピレス卿で、迂闊な催促もできず、困り果てて教会に相談があったという。
「つまりはピレスノアまで様子を見に行けと。」
「まあ、セロの言い方はどうかと思いますが、端的に言うとそうです。宮廷の人間が行けば角が立つ、教会の人間はすぐには割けない。そこに渡りに船の人がいると言うことです。」
カイたちがその内容を吟味していると、ファムはさらに続けた。
「 五人で行ってくれてかまわない。路銀も十日分いただけて、馬車も借りれるのだそう。そのままピレスノアからの物資運搬の護衛をしてくれれば、成功報酬も別途用意してくれるとまで言ってくれています。」
そこまで聞いて、アインが最初に応えた。
「その依頼、我々にいただける費用から手数料を引いてもらってもかまわないので、ギルドを通してもらうことは可能でしょうか?」
「なるほど……相談してみようと思うがどうします?」
冒険者を指定して依頼を出すことは珍しいことではないし、ギルドとしても、冒険者の評定に関わってくる依頼の難易度は厳正に審査するので、手数料さえもらえれば、どんな意図があろうとも詮索はしない。またギルドがどんなに低く評定しても、それがないよりはましな登録したばかりの駆け出し冒険者のカイたちにとって、ギルドを通してもらうことだけでも意味がある。
たとえ教会がその面倒を嫌がっても、特に断る理由も特に見当たらないのだが、教会も二つ返事でギルドに正式な依頼書を出してくれ、カイたちは二日後、ギルドからの最初の依頼として、ピレスノアに向けかうことになった。