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幻想神戦 ティアナ  作者: 川端 大夢
第一章 勇者が死んだこの世界で
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異変 (3)

「歴史の流れを決める場所に行きたい」


 五人が村を旅立つきっかけの一つとなったのは、カイのこの言葉だった。


 三つの大国がこの大陸を治めるようになっても、領主同士や国同士の小競り合いに巻き込まれることが多かった国境沿いの小さな村の教会の門前に、『カイ・ハイザード』と書かれた紙と幾ばくかの銀貨と一緒に、生まれたばかりのカイは捨てられていたという。


「一つ岩を動かせば、流れが変わるせせらぎも、集えば一つの街も飲み込む大河となる」


 似たような境遇で一緒に同じ孤児院で育ってきたルーナやセロの記憶では定かではないのだが、物心がついたころに、カイが村に流れてきた吟遊詩人が奏でた詩のそんな一節を聞いて、カイは自分の運命を翻弄しているものの正体を「時代の流れ」であると考えるようになり、それに抗うために、力をつけようと小さい頃からできる限りの鍛錬を続けてきた。


 そんなカイが村を出る決意した遠因は間違いなく昨年、孤児院を運営し、カイたちを育ててくれたフォロンが亡くなったことだった。


 村一番の長老でもあったが、何か病を患っていた様子もなかったフォロンが、ある日、突然倒れ、そのまま息を引き取った。倒れたときに一緒に居た者の話だと、特に苦しんだ様子もなかったという。医者の見立てだと、心臓の病だろうという話だった。


 フォロンの葬儀も終わって、しばらくしてからファムからフォロンの遺言と言う封書を四人それぞれに渡された。封書は別々だったが、書いてあることは皆一緒だった。


「自由に生きなさい」


 その言葉とともに一枚のキリル金貨が同封されていたことも同じだった。


 それはフォロンが存命だったときから、何度かそれぞれに聞かされた言葉だった。

 孤児院で育てられたことを感謝することはいい、ただ縛られることはない。やりたいこと、目指すことができたら自由にそこを目指しなさい……自身が司教でありながら教義を説くこともなく、小さい頃からそう言って、カイが剣術を習いたいと言えば、村にいた引退した老騎士に指導をお願いし、セロが村人から狩りの仕方などいろんなことを見よう見まねで覚えてくると、しきりに褒めてくれた。対して、教会の手伝いをする以外、何か他に興味を持たなかったルーナにも何も言わず、教会のために、それに救いを求める人のために、一生懸命尽くすルーナを優しい目で見守り続けてくれたフォロン。


 そんなフォロンが与えてくれた言葉と一枚の金貨を握りしめ、各々が自分の未来のことを、少しずつではあるが真剣に考え始めていたある日、先般のリオキリルの大地震が起こったのだ。震源であるリオキリルから遠く離れているにも関わらず、カイたちの村でも人的被害はほぼなかったが、石造りの家屋でさえいくつも倒壊するほどの巨大地震だった。


 その発生から二、三日して、リオキリル近辺の街に在中していたエレーニアの大使の使いと名乗る騎士風の身なりの男が、馬を換えるために村に立ち寄った。その男から被害の甚大さをカイ達は知ることになる。


 首都 リオキリルでは同時に凄まじい爆発も起こったらしく、上がった火の手も納まらずほぼ壊滅。

 近隣の町や村でも、地震の被害は甚大で、そこから避難する難民の移動が始まっていた。その状況の報告と、今後の対処について王の指示を仰ぐために、男は替えの馬を確保し、半日、仮眠を取って再びテナンヘ向かって旅立っていった。


 時代が動く。


 そう予感したカイの中で、フォロンの遺言を受け取ってから、薄らぼんやりと考えていた村からの旅立ちが、いきなり確固とした決意に結実して『歴史の流れを決める場所に行きたい』と言うカイの言葉になった。


 大きな戦がなくなった今の平穏を支えていた三つの国の一つが、瓦解の危機に瀕したのだ。カイの予感も、あながち的外れなものではない。

 その言葉を聞いたアインも、自分が学んだリオキリルの魔法学院がどうなったのかも気になり、駆け出しの魔術師一人でこの混乱の最中に旅をするより、カイとともに行った方が危険も少なかろうと考えた。そうして二人で、まずはどこへ向かうかという話をしていると、今度はその話を聞いたルーナがついていくと言い出した。


 アインからしてみれば、ルーナが聞けば当然、そう言うだろうと思っていたが、カイはかなり驚いたようだった。いろいろ理由を並べ立てて、ルーナを思いとどまらせようと説得しているところに、次はファムがやって来て、そもそもまずはどこに向かうとつもりなのだと問われ、即答できないカイともども引き留めるのかと思いきや『それならまずはニコに向かうのはどうだ』と、ずいぶんと前向きな提案をくれたのである。


 ニコは辺境領の町とは言え、その大きさはこの村とは比べものにならず、少なくともそこで情報収集はできる。それを元に、次の行動を検討するもよし、エレーニア国内のギルドに登録して、そこに集まる依頼をこなしながら力を蓄えてから行動を起こすもよし。フォロンの葬儀の際に、わざわざ出向いて出席してくれたニコの教会の司祭にも礼を返しに行きたいと、ファムも少し前から考えていたらしい。


 これで、男二人の旅に、女一人を連れてはいけないと言う論法は通用しなくなって、早々にカイは手詰まり。カイとアインで決めた出発日には、旅支度をしたルーナとファム、そして、他の村人と狩りに出ていたはずのセロまでいて、結局、五人で村を出ることになったのである。


 ニコまでたどり着いたら、用を済ませたファムと一緒にルーナも、セロを護衛につけて村に送り返そうと思っていた節がカイにはあった。

 しかし、テナンヘの馬車の手配を取り付けてくれたのはファムであって、ファム抜きでは、また徒歩でテナンを目指さなければならなくなる。さすがに徒歩でもひと月はかからないだろうが、それだけ時間が経つと、この混乱が収束しているかもしれないし、何より教会の伝手なく大都会 テナンヘ行って、いよいよカイとアインだけでどうするのか?と考えると、もう 五人で行くしかないとアインは考えたのだが、どうもカイの頭の中からも、女性二人を村に送り返す算段はすっかり消えていて、アインと同じ結論に達したようである。


 それから二日後の朝、カイ達も同乗したテナンヘ向かう教会の馬車が、ニコを出発した。前日の夜は、アインのたっての希望で、もう一度、あの食堂で鴨料理を全員で、今度はゆっくりと味わった。


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