異変 (1)
「さて……腹も満たしたところで、状況を整理しましょうか。」
結局、あの後、街道沿い近くまで戻り、回復したとは言っていたが、ダメージを受けたカイと、女性であるルーナとファムを休息させ、セロとアインはその間、寝ずの番。
日が完全に昇って、三人が目を覚ましたところで、ニコに向かって出発、今度は何事もなく、日が沈む前には到着できたので、早々に宿を取り、今度はセロとアインが少し仮眠を取って起きたところで、時間的にかなり遅くなったが、街の食堂で夕食となった。
焼きたての柔らかいパンも、たくさんの野菜が煮込まれた温かいスープも久々、なによりこの辺りの名物だという鴨料理まである。そんな何日ぶりかの至極、まともな食事に舌鼓を打つ……など言う優雅さは、アインとファム以外はかけらもなくがっついたために会話も少なく、思いのほか早く夕食は終わったところで、アインが切り出した。
「ルディーのことか?」
カイは真顔でそう切り出すが、彼女に関しては整理するほどの情報はない。とにかく、あの数のゴブリンを一瞬にして蹴散らすほどの魔力量、しかも、そんな膨大な魔力を放出しながら消耗があるようにも見えなかったところを考えると、あれですら彼女の魔力のごくごく一端。
この一つの事実すらアインには信じがたかった。
加えて、現れたときのあの光の柱。
ニコの町からも見えたらしく、食堂でも話題にしている客がいた。それだけの光量を放っていた光の柱そのものから、魔力はかけらもアインには感じられなかった。しかし、あんな辺鄙な森の中に現れた事を考えても、行ったことのある場所にしか移動できないテレポーテーション(転移)程度の魔術でもないはずである。
そもそも彼女の装備からして謎だらけである。
あの半球の水晶のような石が装飾されていたブレスレットに関しては五人とも印象に残っているが、アインは、それに加えて、あれだけの魔術を顕現しながら、軽装とは言え鎧を纏い、それでいながら帯刀はしていなかったことも疑問だった。
何より旅の装備すら持っていなかった。あの場から、歩いて去ったということは、あの辺りの土地をよく知る人間でもないはずにもかかわらず、あんな時間に、そんな装備の、しかも女性が一人、当てすらなく歩いて去って行ったのだ。
自分たちが助けられたという事実があるにもかかわらず、彼女の存在や、その成したこと、何一つとして事実として受け入れがたい。すでにカイは彼女のことを「ルディー」と呼称しているが、その言葉も、彼女の名前なのかどうかすら断言できないとまで、アインは考えていた。
おまけにカイが彼女の話をすると、ルーナの機嫌が明らかに悪くなるという目先の問題からしても、彼女について話は、しても成果はないし、するだけ時間の無駄だろう。
「また出会えることがあったら、礼を尽くすことをわすれてはいけませんが、あの御仁に関しては、今、考えたところでわからないことが多すぎます。それより明日以降、どう動くか……それを先に考えませんか?」
当たり障りのない柔らかい口調で、ファムが正しい方向に話題を修正してくれた。
基本、カイたちにとって、外見こそ年は変わらない程度に見えるが、カイたちの倍以上の人生経験のあり、小さい頃から姉であり母であるようなファムに対しては口答えなどしないのだ。