降臨 (3)
「さて…」
ルーナにヒール(小癒)を受けて何とかカイも立ち上がったところで、ローブの男は言葉を止めた。
しかし、戦力としてはもはや期待できないほどのダメージをカイが負っていることを、その剣の構えで確認すると、男は自分に向かって、矢をつがえたまま弓を構えているセロの方に目を向けた。
「もうよいか?」
来る!そう五人が身構えた瞬間…その光は落ちた!
ルーナが最初に聖光を灯したくらいの位置に、夜の森の帳を吹き飛ばすほどの圧倒的な光量を放つ光の柱が立った。
その光の柱はどんどん太くなり、明るさも増して、その明るさが臨界に達したところで、辺りに生い茂る木々よりひときわ高い位置に、影を生んだ。それは一瞬にして、はっきり人とわかる形になると、大地にたぐり寄せられるようにゆっくりと落ちてきた。そして、音も立てずに、直立した姿勢のままで、ふわりと地上に降り立った。
ひときわ目立つ肩当てがあるので、遠くからでも鎧を纏っている人だとわかるが、それ以外は細く小柄。光で満ちた柱の中で、そこだけ夜の闇を残したような黒く長い髪。
辺りを見回すようにその黒髪がなびき、そして、こちらを見た。正確には、ローブの男に視線を止めたように見える。
「レイ!」
そう聞こえた。高く澄んだ女の声だ。その光の柱から舞い降りてきた女のその一声で、この絶望的な戦況が一変した。
十やそこらじゃない。夜の、森の闇を切り裂く、凄まじい数の光の矢が次々とその女から飛び立ち、次の瞬間、あちらこちらでゴブリンどもの断末魔の声に変わっていった。
そして、残ったのは、カイたち五人とローブの男。
「ひっ!」
男は腰を抜かして、その場に座り込んだ……と思った瞬間、消えた。テレポーテーション(転移)かなにかで逃げたのだ。
助かった?まだ確信してはいないのか、ゆっくり近づいてくる女に対して、弓は下ろしたが、セロは身構えたまま後ろ手に小剣の柄に手を添えている。
「助けてくれたのですか?」
そう問うたアインの言葉に反応したが、女はそのまま、膝をついていたカイのところまで歩を進めた。大きめの肩当て以外は胸当て程度の、金属製ではあるが超軽装の部分鎧を纏っているが帯刀していない。大きな水晶の半球のようなものが填められたブレスレットを左手だけにしている。耳の形にも特徴はなく、あの凄まじいまでの魔術を顕現しながら、エルフでもない只人のように見える。
女は手を伸ばし、カイの額に当てた。その手に淡い柔らかな光が灯る。
「え?」
カイが立ち上がった。その動作に、先ほどまでのダメージは微塵も感じられない。この女は、法術まで使えるのか?アインは驚愕した。
「あ、ありがとう」
あとで女が微笑んでいたことをカイから聞くのだが、まわりから見ると至極事務的に、そこまでのことを済ませ、そのまま何も言わず、街道の方に向かって女は再び歩き出した。
「あの…お名前だけでもお聞かせいただけませんか?」
そうルーナが言うと、その女は歩みを止めて振り返った。
「ル…ディー」
その言葉を残して、徐々に夜の静けさと暗闇を取り戻しつつあった森の中に、女は消えていった。