降臨 (2)
ルーナが唱えたホーリー・ライトが、真っ暗になった野営跡を再び照らす。それに合わせて、ファムが指し示す方向を確認して、すでに詠唱を終え、あとは放つだけとなっていたレイ・ボウ(光の矢)をアインが放った。
『くッ!』
本来、ファムが火を消す前に方向を指し示していたはずで、消えると同時にアインの魔法、ルーナの法術の順のはずであった。この順序が逆になったことにアインは、辛うじて音にはならなかったが、舌打ちしそうになった。そのことが頭に黒い布を被されたかのように、嫌な予感となってアインの脳裏に被さってくる。
まわりがさらに明るくなって、光の矢が飛んでいった方向に向かって、今度はルーナがアインの横を走り抜けていった。
「行くぞ」
その声色にはまったく焦りのような感情は感じられないと言うよりそれが欠如しているような、木の上から降りてきたセロの言葉に促され、アインも走り出した。
魔術師とはパーティーの中で誰よりも冷静でなければならない存在であるはずなのに、セロの感情の起伏を感じさせないクールさには、自分の至らなさを見せつけられているようで、ときどき気分を逆なでされているように感じるときが、アインにはある。今がまさにそれで、頭に被された黒い布でくるまれて、さらに負の感情を育まれているようにすら感じる。
放った光の矢は 3 本。何にも当たらなかったようだ。
ゴブリンの悲鳴どころか、炸裂音すら聞こえてこない。牽制でなればいいはずのもので、いくら知能の低いゴブリンとは言え、身を隠す場所もない獣道が踏み固められただけのような道だとしても、獲物を狙っている最中に、そこに突っ立っていることは有り得ない。
だから何に当たらなくても当然……だが、炸裂音は突然した。
そして、前方から吹き飛ばされてきたのはカイだった!
装備していた皮の胸当てが焼けただれて、倒れ込んで起き上がってこないカイの元に駆け寄ったルーナ、その二歩先で身構えて、ファムが右手に灯した聖光でファムが照らした行く手には、数十匹のゴブリンの群れ。そして、その群れの中に、ひときわ背丈のあるローブを纏った……
「やれやれ…手間をかけさせてくれる」
そのセリフが終わるか終わらないかという刹那に、ファムがレイ・ボウを放った。が、そのローブを纏った男の前で、それは弾けて消えた。男は微動だにしない。
「一撃で頭を吹き飛ばして、楽にあの世に送ってやろうとしたものを、あの距離から飛んできた火球を盾で弾いて直撃を避けるなど…なかなか見所のある坊主だ」
アインは全てを理解した。
この男がチャーム(魅了)か何かで、このゴブリンの群れを操っているのだ。
でなければ、追い立て役には囮程度の数を置いて、向かってくるであろう街道へ向かう方向に、全ての戦力を集中させる……そこまでの知恵がゴブリンごときに働くはずはない。
これだけの数のゴブリンを魅了し、ファイア・ボールでカイを吹き飛ばし、その上、ファムのレイ・ボウを防ぐほどの魔力を使いながら、それでもこの男は姿を現したのだ。
この男はすでに自分の勝利を確信している。そして、それを覆す戦力は自分たちにはない。この男がゴブリンどもに合図を送れば、それで終わる。血を流すのは自分たちとゴブリンだけ、この男はかすり傷一つ負うことはないだろう。
そこまでアインは理解させられてしまった。